一次予選:ハリキリスタジアム 1
「異世界に行きたいかーーーーーっ!!」
「「「「おおおおおおーーーーーっ!!」」」」
ドームの天井が震えた気がした。
太鼓腹のおっちゃんのコールに合わせて、外野席を埋め尽くさんばかりの老若男女がレスポンス。
あ、老若男女は言い過ぎた。
参加資格は18歳から50歳だからね。
それにしても……
「ペナしおきは怖くないかーーーーーっ!!」
「「「「おおおおおおーーーーーっ!!」」」」
なんというどよめき。
なんという熱気。
音の塊が、波みたいに押し寄せてくる。
ところでお前ら、お仕置き宣言にすら嬉しそうにレスしてんの?
俺なら「それはちょっと……」って一歩後ずさりしたいところなんだが。
ここは巨卵球場―― ハリキリスタジアム。
俺が巻き込まれているのは「異世界ぐるりウルティモクイズ」一次予選。
二択設問、公式名称マルペケクイズが行われる会場。
集まったのは二万四千人超の挑戦者たち。
ここを通過できるのはたった100名なのだという。
倍率二百四十倍。
司法試験の合格率なんて目じゃないほどの狂ったふるい。
うち一人がこの俺。
市籠天馬。
学院大学経済学部経済学科の3年生。
絶賛就活中。
そして現実味を帯びてきた就職浪人という恐怖に胃を痛くしてる男。
わりと高学歴って呼ばれる大学に入っちゃったからね。
就職先もそれ相応のクラスを求められるわけで。
ランク落としちゃうと「あいつ、アレなんだってよ」「マジか」「くすっ……」って空気感に包まれたキャンパスライフを送らなきゃならなくなるからな。
そういうダサいポジションはちょっと無理。
嘘ついた。
だいぶ無理。
まあいい。
就活は置いとく。
今日はそういうの一切忘れて、クイズの祭典で息抜きするんだから。
「みんなやる気十分だな!」
「「「「おおおおおおーーーーーっ!!」」」」
レフトスタンドの一角、俺たち八名は座席に固まっている。
学院大学・クイズ研究会。
だが俺はそこに所属していない。
所属しているのはお節介でヒーロー気質なハンサムボーイだ。
港ヶ陸穂積。
坊ちゃんめいたテクノカットに、鋭い眼光を隠し持つ男。
名だたるクイズ番組でいくつか優勝盃をかっさらってる男。
就活なんて全くしてなくて、俺はクイズで食ってくと豪語してる男。
俺の六年来の親友で、就活に胃壁を削られる毎日を送ってる俺を見兼ね、このウルティモクイズに誘ってくれた。
誘ってくれたってより、勝手に参加登録されてた。
いいんだけどね。
こいつはそういう剛腕なお節介焼きで。
それ分かって俺、友達やってるからね。
で、現状。
球場前で合流したときからクイ研全七名はまとまって動いていて、今も同じ塊のままだ。揃いの青いハッピがやけに目立つ。
俺だけが私服。
貸すと言われたけど断った。あれを着た瞬間、完全に「あっち側」に入る気がしちゃったから。
じゃあ「こっち側」ってなんだって話だけど。
でも明確にクイ研と俺は別カテゴリ。
それは分かる。
差別じゃねえ区別だ!
や、ここでは俺の方が被差別側なんだろうけど。
グラウンドを見下ろす。
お立ち台に司会席、セーラ服で統一された鼓笛隊。
迷いなくきびきび動く100名を超えそうなスタッフ陣。
そのどれもが、誰もが、活気に満ちている。
今、俺、はっきりと解った。
場違いだ。
参加者サイドも、製作者サイドも、どっちも。
俺とこいつらでは、持ってる熱量が全然違う。
穂積に誘われたからって。
就職活動に行き詰ってたからって。
気分転換に参加していい企画じゃ、無かった。
「引いてんな、天馬」
横から穂積の声。
「穂積…… まあ、気圧されてはいるよ」
正直に言うと、穂積は軽く笑った。
「そんな難しく考えるなって。要は祭りだよ、祭り。参加しちまったなら、踊らにゃソンソン!」
その瞬間。
「……のフレーズで有名な阿波おどりは認可されたグループ単位で通りを練り踊りますが、このグループのことをなんと言う!?」
前列のクイ研白樫部長が、振り返りざまにいきなり問題を投げてきた。
間髪入れずに、周囲の連中が反応する。
「「「「連!!」」」」
声が揃いすぎていて、ちょっと怖い。
俺は、取り残される。
…………。
うん、やっぱ、ムリだわ、これ。
このテンション。
白樫部長がもう一度、こっちを見る。
眼鏡の奥の目が、妙に真面目だ。
「市籠くん。僕らは就活マニアであるキミの時事問題知識に期待しているんだ」
就活マニアってなんだよ。
穂積、お前俺の事どういう説明してくれたんだよ。
単に下手な鉄砲数打ちまくって。
単にペーパー試験は落としてなくて。
単に面接で落とされ続けてる。
そういう戦歴をマニアって言葉で括りやがって。
心の中でツッコミを入れつつ、視線をグラウンドに戻す。
黄石という名の中年アナウンサーがステージの中央で腕を振り上げている。
黒い礼装が照明を受けて鈍く光る。
首元の装飾が動くたびに揺れる。
小太りというか固太りというか、どっしり系のおっさん体形のテカテカの笑顔に、目だけが異様にぎらついている。
あの男だけ、温度が違う。
サーモグラフィーを通さずとも、このスタジアムの熱源なのだとはっきりわかる。
「会長より、開会の挨拶――」
黄石の声が響いた。
「――清聴」
振り上げていた手のひらをぐっと握ると、それに合わせて参加者のざわめきがかき消えた。
アイツに握りつぶされたみたいに。
その沈黙を受けて、金属音が立ち上がる。
トランペット。
トロンボーン。
重なるようにして、ファンファーレがドームの空気を押し広げていく。
ブラバンだ。
さっきまでの絶叫とは違う、整えられた音の塊。
けれど音量は同じか、それ以上で、ドームの内側に反響して何重にも重なる。
開会式が始まっていた。
外車に乗って颯爽と登場したテレビ局会長がお立ち台に立つ。
仰々しいな、とは思わない。
むしろいちテレビ番組に、トップが正装して現れる。
その優遇ぶりから、あるいは格式の高さから。
このぐるりウルティモってクイズバラエティ―は、社を上げての一大祭典なのだと、いやがおうにも伝わってくる。
俺は眩暈を覚える。
励起されるのは役員面接の記憶。
内包するエネルギーの違う、生き物としての格上との対面。
測られる眼差し。
ふと漏れる失望の溜息。
落ち着かない指先は苛立ちの顕れ。
拙きことへの嘲笑を隠そうともせず。
無価値と切り捨てる、その判断の速度。
『もういいよ』
「……天馬」
穂積の声が、少し近くで響いた。
「体調悪いのか?」
横を見ると、心配そうな顔をしている。
俺は首を横に振る。
「いや……ちょっと人酔い」
嘘じゃない。
人の密度と音と熱で、頭がぼんやりしているのは本当。
「そっか。無理すんなよ」
短い言葉。だけど、それで十分だった。
いかんいかん。
俺は今日、そういうのを考えないために、息抜きをするために、ここに来たんだ。
内省も自己分析もひとり反省会も、今日は無し。
はい、止め止め!
祭りの熱気に身を委ねろ!
ブラバンの演奏が、最後の一音を引き延ばして―― 止む。
余韻だけが、ドームの中を漂う。
静寂。
さっきまであれだけ騒いでいたのに、嘘みたいに音が消える。
その中心で、黄石が一歩前に出た。
マイクを握る手が、ゆっくりと上がる。
「続いて。第一次予選、ハリスタ・マルペケクイズを開始する」
それまでとは違う声だった。
叫びじゃない。
押しつけるような熱もない。
なのに、さっきよりもはっきりと届く。
空気が、変わった。
狂騒が、止んだ。
空気が凛と引き締まる。
これ祭りじゃないじゃん。
楽しい雰囲気、掻き消えたじゃん。
本番の匂いだ。
戦いの気配だ。
……苦手な空気だ。
7/16日は1話~6話までを投稿
6話投稿は20:40
音楽立身ファンタジー『トルバドーれ!』もよろしければ
https://ncode.syosetu.com/n8904lw/
全154話予約投稿済み




