テーブルのような 3
「すげぇな、おい」
牧場主さんの感心した声。
「そいつぁ牧場のボスだ。人間にゃ世話されるのは当たり前って態度の不遜な奴で、ちょっとでもブラッシングの手を抜いたら噛みついて来やがる気性の荒いやつだ」
おい人に寄り添う優しい生き物って話はどうした。
「それがまるで、お客さんに傅くみたいに…… こんな冴えない兄さんに」
あんたも大概無礼だな。
ところが。
「がるるっ!」
「ぐわっ」
俺のムカつきに反応したのか、人の言葉がわかるのか。
デカいペガサスは飼い主たる牧場主の頭を噛んだ。
歯形は付くけど血は出ない絶妙なラインでお気持ちを表明した。
「マジで市籠に仕える騎士かなんかだわ」
「テイマーってすごい。私はそう思った」
垂須さんと大渓さんがはえー顔で拍手。
俺だって驚いてるよ!
「じゃあもー、天馬くんはそのボスさんに乗っちゃってくだサい」
じゃあもーって。
サンタフェさんそんな投げやりな。
それからみんなはおっかなびっくり、天馬に跨って。
「ひひーーーーん!」
俺が跨ったボス君の一声を合図に、空へと飛び立った。
*
雲の上に優雅に飛翔した俺たち引くことの1名。
つまりは飛び上がってからいなくなったあんぽんたんが1人いるということで。
それ即ち李野くんだ。
やっぱり彼もやらかした。
あいつは悪い予感を裏切らない。
飛行を初めてすぐに、兆しは示された。
『添乗員さん。この魔道具はどういった機能があるのですかな?』
『風魔法の加護が封じられていまシて。落下するときにふわっとなって、衝撃なく着地できまス』
『使い切りですかな?』
『ええ。使ってしまうとレンタル料ではなく実費を払わなくてはなりまセん』
『おいくら万円?』
『このくらいでス』
指で示された金額。
正直、俺の手は震えた。
高い。
だが李野くんの価値観に照らし合わせればそうでも無い様で。
『ひと月のバイト代…… いける!』
なんてやり取りがありまして。
始めのうちは俺や穂積の警戒を他所におりこうさんにペガサスに跨っていましたが。
雲に突入して。
俺らの視界が悪くなったところで。
はい、李野くん。
俺らの干渉が手薄になるタイミングを見計らってただけでした。
『お叱りは後程受けますぞ!』
で、フリーフォール開始。
なんでお前はこう、悪い方向に思い切りがいいんだ!
どうせなら女の子たちの目を見て話す度胸を発揮しろよ!
なんてツッコんでもあとの祭り。
李野くんは大地の染みになることもなく。
『これが風魔法の感触!』
と大喜び。
下の方で、ゆっくり落ちながら手を振ってる。
なんかもう、自由だな。
だがな、李野くん。
下に着いたら俺ですら苦手な小悪魔白山と。
俺じゃなくても触りたない魔物オタ毛利井がお前を待っているぞ。
女の子とお話できないシャイなお前をな!
一時の好奇心で魔道具ダイビングかましちゃった短慮、たっぷり後悔するんだな!
で、雲の上。
いや、これ、言葉の通りなんだけど。
本当に雲の上。
下を見たら、白い海みたいなのが広がってる。
波はないけど、もこもこしてるやつ。
そこに自分たちの影が、ぼんやり落ちてる。
「おいしくない!」
ハナさん食べちゃったんだね。
雲はただの水と塵から出来てるんだよ。
決してわたあめの仲間じゃないんだ。
「うおおおお! 向かい風に負けるなっす! 俺の相棒!」
ボーイが突風に勝負を挑んでる。
ペガサスの羽ばたきで風が顔に当たる。
地上の風より冷たい。
乾いてるのに、どこか澄んでる。
息を吸うと、肺の奥がすっとする感じ。
――ああ、これ。
ちょっといいな。
思考でも感情でもない。
感覚の喜び。
頭を使わないやつ。
「サて、塔の果てが見えて参りまシた」
サンタフェさんが指さす向こう。
さっき見上げた塔。
ワイズメンズタワー。
今は同じ目線か、それよりちょっと下。
細い。
やっぱり細い。
横から見ると、なおさら頼りない。
よくあれで倒れないなって思う。
物理法則、たぶんこっちではあんまり強くない。
塔のてっぺんには、どでかい水晶球が鎮座していた。
でかい。
とにかくでかい。
人の家くらいあるんじゃないかってサイズの水晶。
透明というより、内側から光ってる感じ。
ゆっくり脈打つみたいに明滅してる。
「この水晶球が、大陸中の時計に正しい時間を送信しているのでスよ」
電波塔よろしく魔道波とやらを放っているらしい。
大規模すぎる電波時計だな!
思わず口に出しそうになる。
いや、出してたかもしれない。
周りも似たような顔してる。
魔法の無駄遣いな感じもするが、それも異文化。
統一された時間は大事だというのは地球でも共通。
ならばギャップを楽しむのが吉だろう。
どうせ突っ込んでも意味ないし。
「百年ほど前までは宝玉と思い込んだドラゴンたちが、本能的な収集癖に突き動かされて、何度もこの水晶球を奪いに訪れまシたが……」
またサンタフェさんはそうやって危機感を煽ってくるゥ!
絶対わざとだ。
だってあざといウインクしてるもん。
「人間側とドラゴン側で協定を結びまして、以後、水晶球をドラゴンが襲うことはなくなりました。無鉄砲なドラゴン以外は」
それって……
無鉄砲なやつなら未だに襲いにくるってコト!?
言い方の問題じゃない。
内容が普通に怖い。
周りもざわっとする。
でもサンタフェさんはいつもの笑顔。
……え?
ここでウインク重ねがないだと?
じゃあ……
マジ話ってコト!?
「さあ、ドラゴンに見つかる前に地上へ降りまシょうか」
ペガサスたちが優雅に降下を開始する。
ふわっと体が沈む感覚。
高度が下がっていく。
雲が近づく。
白い海に潜っていくみたいな感じ。
――そうなるはずだった。
事実、周りはそうなっている。
俺以外は。
ウチのボス君は力強い羽ばたきで。
なぜかさらなる高みを目指し始めた。
え、ちょっと待って。
俺そんなの聞いてない。
頼んでない。
なんでさらに上昇?
周りを見る。
みんな下がってる。
俺だけ、逆。
距離が開いていく。
「ちょ、待っ……!」
声を出すけど、風に流される。
ねえ、ボス君聞いてる?
お前の仕える俺様が上昇拒否してるよ?
手綱とかない。
完全に意思疎通頼み。
信じてあげれば答えてくれる、ってさっき言ってたけど。
いや、信じてるよ?
信じてるけど、方向性が違う。
届いて?
聞き分けて?
あーーーっ!?




