テーブルのような 4
成層圏、とでもいうのかな?
昔、理科の資料集で見た単語が、やけに生々しく頭の中に浮かぶ。
あれは確か、飛行機よりも上で、空が黒っぽく見えて、みたいな説明が書いてあった気がする。
今、たぶんそこにいる。
いや、「たぶん」っていうのも変な話だけど。
キラキラお星さまがやけに近くて沢山。
昼なのに、星。
普通なら見えないはずのやつが、普通にそこにある。
空の色も、いつもの青じゃない。
どこか深くて、底の見えない色。
テレビの特番で見た宇宙の映像にちょっと似てる。
まあ、そんなことはどうでもいい。
問題は。
……寒い。
ひたすら寒い。
さっきまでの「ちょっと涼しい」はどこ行った。
冷蔵庫どころか冷凍庫。
いや、もっと上かもしれない。
マグロとか一本成りフックで吊ってる巨大冷凍倉庫の感。
吐いた息が粉雪になって舞う。
本当に、雪。
白い粒になって、ふわっと広がって、それから消える。
おしっこしたらツララが出来そう。
どう考えても氷点下何十度の世界。
エスキモーも猟に出ないだろ、こんな気温なら。
札幌雪祭りに行った時でもこんなことにはならなかった。
あの時はまだ「寒いねー」で済んでた。
今はもう、「これ長居したら普通に死ぬな」っていう実感がある。
だというのにボス君は優雅にホバリング。
空中でぴたりと止まってる。
翼の動きも最小限。
余裕そのもの。
何がテイマー。
何が人に寄り添う生き物。
言うことなんて聞いちゃくれない。
こっちはさっきから「下行こうぜ」って念じてるのに、完全に無視。
むしろ、「もっと上どう?」って顔してる気がする。
いや、顔は見えないけど。
でもなんか、そんな空気。
「勝手な行動は困りまスよ~。えいっ、ウォーム!」
ようやく追いついてくれたサンタフェさん。
何やら魔法らしきものを唱えると、柔らかな光の幕が俺を包み込んで、一瞬で厚手のガウンでも着たみたいに温かくなった。
風も感じられなくなった。
さっきまでの刺すような寒さが、ふっと引く。
じんわりとした熱が体を包む。
血がちゃんと流れてる感じが戻ってくる。
生き返ったって、普通に思った。
「魔法ありがとう」
「いいえでス」
さらっとした返事。
剛腕ツアコンさんにおかれてはこの程度のアクシデント日常なんだろうな。
こっちにとっては命綱だけど。
「でもこれ、わざとじゃないんだ。ボス君が勝手にやったこと」
一応、言っておく。
いやほんとに。
俺の意思じゃない。
「お馬サンのせいにスるの、よくありまセんよ?」
じっと見られる。
疑いの目。
まあ、そうなるよな。
「いやこれホントの話」
「天馬サンも毛利井サンや李野サンのお仲間だったなんて……」
「そこに混ぜないで。お願い。ホントお願い」
あの二人と同列はきつい。
精神的に。
俺は逃げないだけで立ち向かうタイプじゃない。
好奇心猫をも殺す。
これ座右の銘。
今決めた。
「でも。本当にそのボス君が勝手にここまで上昇シたというのなら」
サンタフェさんの声のトーンが変わった。
さっきまでの軽さが消える。
なんかしっとりとした、憂いを含んだような。
慈愛を含んだような。
「きっとボス君は、ここからの景色を、天馬サンに見て欲しかったのでシょう」
そう言って、斜め下を指を差す。
指先を辿って視線を落とす。
――あ。
思わず、言葉が止まる。
そこにあったのは、巨大な滝。
巨大すぎる滝。
スケールがおかしい。
水平線の端から端まで広がってる。
いや、水平線が唐突に。
ぶっつりと全て断絶して。
滝になってる。
それは、地動説が証明される前の地球の、世界予想図。
昔の人が描いたやつ。
平らな大地の端から、海がこぼれ落ちてる絵。
それが、そのまま現実になってる。
テーブルに乗った大地。
整然とした平らな世界。
川も、山も、街も、全部がどこか整って見える。
模型みたいに。
その端から、海が流れ落ちてる。
白い水煙を上げながら、延々と。
どこまでも。
終わりが見えない。
音は無い。
この高さまでは届かない。
俺とサンタフェさんと、二匹のペガサス。
その呼吸音だけが静寂の夜空にぽつんと置かれ。
その呼吸音のお蔭で底なしの孤独感に襲われずに済んでいる。
この下に三匹の象とか亀はいるのかな?
そんな、どうでもいいことが頭をよぎる。
でも、それくらい現実感がない。
現実なのに。
「かつて…… 生涯の相棒となるペガサスを得た勇者サマは、天涯の果てまで飛び上がって、故郷の地を探したと言いまス。そしてこの平らな大地を見て。帰郷を諦めたのだと」
……切ない話だ。
帰れないって分かる瞬間。
しかも、自分の目で見て。
納得させられる形で。
それ、たぶん一番きついやつだ。
「一方で勇者サマは天のいと高くから遍く世界を睥睨され。救うべき民と大地を見つめ。志を新たにサれたのだとも。……両極端なお話でスよね」
確かに。
同じ景色見て、真逆の結論。
どっちも分かる気がするのが、また厄介だ。
俺が勇者なら……どうだろう。
納得ずくなら後者だったかもしれない。
こういう世界で、役割があって、期待されて。
それに乗っかるのは、たぶん楽だ。
就活みたいに、意味の分からない面接で削られるよりは。
でも……
あの滝を見たら。
孤立する平面世界を知ってしまったら。
たとえ、いつか日本へ帰ると胸に秘めていたとしても。
あっさり諦めるかもしれない。
「ああ、無理だわ」って。
諦めるんじゃなくて、悟るんだ、きっと。
帰る術など無いって。
「このことについて勇者サマのお言葉は一つしか残サれていません。『世界は平らだった』としか。私たちには当たり前のことでスけど、異邦人には驚嘆すべき事実だったのでスね……」
しんみりと、サンタフェさんは話を終えた。
余計な感想を付け足さないあたりが、なんか有難い。
自分の内に生まれた想いや考えをそのまま持ち越せるから。
「さて。皆サマを待たセてますので、帰りまシょうか」
現実に引き戻される。
そうだ、ツアーだった。
俺だけ寄り道してる場合じゃない。
その分みんなを待たせてる。
「そうですね」
ボス君の首筋を軽く叩く。
今度は、ちゃんと反応した。
ゆっくりと、下降を始める。
「みなサマ苛立っていらっしゃいまシたから、言い訳の言葉は考えておいてくだサいね?」
ウインク。
あざとい。
でも、確かに。
あのメンバーで待たせるのは、ちょっと面倒なことになりそうだ。
穂積とか、普通に怒りそうだし。
李野くんはしつこく聞き取りしてきそうだし。
ハナさんは心配のあまり泣いてそうだし。
そいつらに俺が一斉に詰められるところをみて白山さんはにししって笑いそうだし。
あーめんどくさい。
あー憂鬱だ。
でもね?
本当に。
「ボス君が勝手にやったことです」




