テーブルのような 1
「なんのお祭りなんだ?」
「見つかったんだとよ。ワイズメンが」
「ワイズメンって……【四職】のか!?」
「そうよ。しかも女だっていうじゃねえか」
「マジで四職の再来かよ」
「それだけじゃねえ。聞いて驚け」
「これ以上驚く何があるってんだ」
「その賢者さまな。ニホン人なんだと」
「勇者様と同郷!」
――とかなんとか。
通りのあちこちで、そんな会話がぽこぽこ弾けてる。
いや、弾けてるっていうか、もう爆発してる。
街全体が浮かれてる。
ステックソンの砂っぽい空気とは違う、もっと湿度のある熱気。
人の体温と期待でむわっとした感じ。
夏の縁日を昼間に持ってきたみたいな、ちょっと間の抜けた高揚感。
通りは石畳で、白っぽい建物が並んでいる。
どれも高さはまちまちだけど、妙に装飾が細かい。
窓枠に蔦みたいな彫刻があったり、壁に金色のラインが走ってたり。
遠くで風に揺れてる布は、旗というよりは飾り布で、色がやたら派手だ。
赤とか青とか、妙に原色。
その間を、露店がぎゅうぎゅうに詰まっている。
見たことない果物を山積みにしてる店とか。
串焼きっぽいものを煙モクモクで焼いてる店とか。
あと明らかに魔法で光ってるアクセサリーを売ってる店とか。
音もすごい。
太鼓っぽいリズムに、笛みたいな高い音が重なって、どこかで誰かが叫んでる。
意味は分からないけど、テンションだけは伝わってくるやつ。
「「「「ワイズメン! ワイズメン!」」」」
などと、通りを埋め尽くす観衆は大はしゃぎ!
俺たちいつメンも日本国旗(現地の雑貨屋で売られてた)を手に持って大囃子!
もちろん絢爛豪華なお神輿に乗って、英知の冠と賢者の杖でコーデを決めた、我らが機内一位さまを寿いでであります!
……なんで売ってるんだよ、日の丸。
しかも色に滲みなく、円に歪みなく、妙に出来がいい。
ちょっと悔しい。
♪―― ドッコイナー ドッコイナー
♪―― シッチョコヤッチョコ ドッコイサー
異世界の翻訳の指輪を通してもなお意味のわからないお囃子チャントを唱えるお稚児さんたちに先導されて、豪奢な神輿は目抜き通りを行く。
神輿というか山車というか、こっちのそれは日本のそれより装飾がえげつない。
祇園や高山レベルの巧緻な彫り物に、金ピカっていうか、なんか宝石みたいなのが惜しみなく埋め込まれてて、日差しを反射して目が痛い。
担いでる連中も妙に気合い入ってるし、完全に祭りの主役扱い。
ついに神輿が俺らツーリストの目の前に差し掛かった。
周りの現地民にテンションをぶちあげられた俺たちが一斉に声を上げる。
「「「きゃー椰子泉さまー!」」」
「大渓さん…… 覚えてなさい」
「私だけ名指しかい?」
隣で大渓さんが肩をすくめる。
完全に楽しんでる顔してる。
「ホントに凄かったんだねぇ」
ハナさんが素直に感嘆する。
この人には素直しかない。
椰子泉雪花。
機内一位。
四百問ペーパーでトップ。
これは、ウルティモ上の肩書。
番組内でしか通用しないタイトル。
では、この熱狂の源泉は?
それは彼女のジョブが、【ワイズメン】であったこと。
「約百年ぶりの発現でスからね。タワーを訪れるのは300年ぶりくらいでショうか」
同行してたサンタフェさんが解説してくれる。
さらっととんでもないこと言うな、この人。
百年ぶりとか三百年ぶりとか、スケールがヒストリカル過ぎてピンとこない。
「どうせ後で怒られるならとことん煽ってあげよっと!」
結構イイ性格(※S寄り)の白山さんがニヤニヤして椰子泉コール!
「やっしいっずみ! やっしいっずみ!」
この子は人の困ってる所を見たがる困った子だ。
で、そんな子だからこそ相手の嫌がるそぶりや仕草もばっちり嗅ぎ取る訳で。
じゃあ便乗で。
垂須の兄貴も唱和願います。
ハイ!
「「やっしいっずみ! やっしいっずみ!」」
あ、こめかみがピキった。
神輿の上。
椰子泉さん、完全に顔が引きつってる。
でも降りられない。
俺らの胸倉は掴めない。
周囲すべての現地人が完全にこちらの味方。
お客さんらもわかってるねぇの雰囲気。
ワイズメン祝福からの逃げ場なし。
――ちょっとかわいそうだけど、正直ちょっと面白い。
白山さんのからかい癖、ちょっとわかっちゃったかも。
俺らの前を通り過ぎた山車がワイズメンズタワーに吸い込まれていく。
視線を上げる。
この街のランドマーク。
さっきから見えてはいたけど、ちゃんと意識して見たのは初めてかもしれない。
雲より高く、針より細く。
そんな言い回し、どっかの雑誌で見た気がするけど、今なら普通に使える。
いや、誇張じゃない。
本当に細い。
ビルみたいにどっしりしてない。
むしろ無理して立ってる感じ。
重力に対してちょっと反抗してるみたいな、そんなシルエット。
下から見上げると、先端が霞んで見えない。
雲に突っ込んでる。
そのくせ、根元は異様に静かだ。
周囲の喧騒が、塔の入り口のあたりだけ、すっと引いている。
結界、ってやつなのかもしれない。
音が一枚フィルターを通したみたいに遠くなる。
そこは英知の集まる塔。
招待無き者に開かれる事無き選ばれし者の研究施設。
かつて勇者の旅路に付き従い、魔王退治を成した大賢者が建立した、
未来を担う知識の集積場。
そして。
現在、日本と異世界を繋ぐ【異界門】を出現させた存在。
それがワイズメンズタワー。
……らしい。
正直、半分くらいしか実感ない。
だって、ついこの前まで就活でスーツ着て、会社説明会で眠気と戦ってたんだぞ。
それが今、異世界の塔の前で、極知の降臨祭に身を置いてる。
で、降臨したのは旅の仲間。
もうわけわからんね。
数奇な運命とか考えるだけ無駄。
流れに身を任せるしかない。
うん、俺そういうの得意。
神輿は止まらない。
稚児たちは塔の入り口を潜らずに左右に分かれて。
担ぎ手たちが声を上げて、ゆっくりと、でも確実に塔の中へ進んでいく。
ワイズメンが門を潜った瞬間。
塔は歓喜するかの様に震え。
外の喧騒が、ぴたりと切れた。
まるでテレビの音量をゼロにされたみたいに。
一瞬だけ、空気が張り詰める。
椰子泉さんの背中が、小さく見えた。
いや、実際は小さくなってないんだけど。
なんかこう、孤独さが可視化されちゃった感じ。
「……行っちゃうね」
ハナさんが淋しそうに言う。
感受性高そうな彼女は俺よりも鮮烈に隔絶の孤独を嗅ぎ取ったのだろう。
俺は答えない。
ただ、塔を見上げる。
あの中に、次のクイズがある。
閑君の計算と黄石のアドリブを効かせた。
テレビ的には面白くて、挑戦者的には削られるクイズが。
面倒な気もする。
嫌な予感もある。
が。
どうせ避けられない障害で。
既に逃げないを決意した身。
開き直って楽しんでしまえ!
……って。
頭ではわかってるんだ、頭では。
覚悟は未だ持てないまま。
ひとまずはここで旗を振っとこう。
*
ホテルに戻り、昼食。
そのクライマックスが訪れた。
皿の上に残ったツルルの欠片を、フォークでつつく。
始めは「なんだこれ」と思ってたのに、気づけば普通に食べてる自分がいる。
大陸のツルルは爽やかな酸味があって自分好みだな。
とか思い始めてるあたり、順応ってやつは怖い。
嘘つきました。
好んで食べてる自分がいる。
はっきり言おう。
ヤミツキだ。
いいじゃん、折角の異世界だし。
ならではの体験は大事。
万事楽しむの精神。
というか、もう何でも「異世界だから」で処理してる気がする。
就活で企業の理念に首をひねってた頃より、よっぽど素直だ。
お土産に真空パックツルルとかないのかな?
神輿で担がれて、そのまま塔に吸い込まれていった機内一位様は、今ごろ上の方でなんかすごいもてなしを受けてるらしい。
――歓待。
いい響きだ。
俺たちとは完全に別ルートのイベント。
賢者様だからな。
もう肩書きがゲームの最終盤なんだよ。
一方こっちは、ホテルの食堂でツルルの酸味について考察してる。
落差がすごい。
小市民的ってやつだ。
まあ、そのくらいの程々さ加減がちょうどいいとか思ってる自分もいて。
結局は「それなりに」に落ち着くんだなあ、俺って奴は。
「モーリー、今日は大人しいね?」
白山さんが、斜め向かいのモーリーに声をかける。
確かに今日のあいつはやけに静かだ。
ティリザベス様にフリーハグを求めて火口ダイブした時の勢いが全く無い。
精彩を欠くとはこういうことか。
「いやー、街の中にはモンスターちゃんいないのでー」
「下水道に大鼠いるんだって。行っちゃえ行っちゃえ」
「……出かけたら即スタッフさんに通報するでしょ?」
「もちろん! また足の裏ツンツンしてあげるね♪」
朗報。
モーリーは小悪魔白山で制御可能。
などと思案に耽っておりましたら。
「はーい。サンタフェさんのミニツアー開催のお知らせでスよ」
入口で元気であざといジェネリック女神像が日の丸を振っていた。
ほんとこの人、どこにでも現れるな。
しかも毎回ちょっとテンション高い。
こっちは食後で若干だるいのに、あの元気はなんなんだ。
まあ見てて気持ちよくはある。
「我々は先ほどワイズメンズタワーを下から見上げまシたよね? ですからツアーでは、上から見下ろしたいと思いまス」
ざわめく挑戦者たち。
結構どえらいツアーの予感。
見上げた塔を、今度は見下ろす。
つまり高さ的にはあれを越えるってことで。
雲より上に突入すること確定だ。
「集合はフロントに14時。そこからバスに乗ってペガサス牧場へ参りまス」
ペガサス。
そういうのもあるのか。
いや、いるだろうとは思ってたけど。
でも、実際に「牧場」って言われると急に生身の質感が伴う。
家畜扱いなのか、あいつら。
そういえばドームの第一問が、女神様のペットのペガサスの性別問題だったな。
あれから2週間強……
東京ドームの人工芝から、異世界の空まで。
思えば遠くに来たもんだ。
「今度はちょっとお金がかかりまス。ペガサス乗馬料金もさることながら、上空から落っこちた時の安全魔道具レンタル料金が、結構いいお値段なのでス」
おっこちた時って。
普通、落っこちないための安全装置じゃない?
落ちる前提で話進めるのやめてほしい。
しかも「結構いいお値段」って。
命の値段、ちょっとリアルすぎないか。
周りの反応はまちまちだ。
怯えるような声を出してる人もいる。
いや、まあ、分かる。
乗馬が得意って人もいないだろうしな。
落ちたら普通に終わる。
安全魔道具があるとはいえ、それを信用できるかどうかは別問題だ。
やっぱり異世界。
地球の常識じゃ図れませんわ。
……で。
どうするか。
行くか、行かないか。
正直、ちょっと迷う。
怖いか怖くないかで言えば、普通に怖い。
でも。
さっきタワーを見上げた時の感じが、まだ残ってる。
あの高さ。
あの細さ。
あれを上から見るっていうのは――
ちょっと、興味ある。




