おいくつですか? 2
港ヶ陸穂積は燃えている。
――っていう書き出しが一番しっくりくるくらい、あいつの背中からは分かりやすく熱が立っていた。
ステックソンビーチの空気は相変わらず乾いていて、ちょっと息を吸うだけで喉の奥がひりつく。
なのにその中で、穂積だけは別の空気を吸ってるみたいに見える。
酸素じゃなくて、なんかこう…… 闘争心とかいうやつを。
そして中央には、ティリザベス様。
扇を持って、優雅に。
というか完全に「場を支配してる」感じで立っている。
あの人を見てると、こっちが参加者なのか観客なのか、よく分からなくなる。
「いくぞ問題!」
敗者復活戦。
ルールは単純。
年齢を当てろ。
ただしハイ&ロー形式で。
「オショロコマ!」
「ブー! 港ヶ陸くーん。問題は最後まで聞いてから手を上げなさい」
「……すみません」
ちょっと前のめりに過ぎるのはご愛敬。
一回休みだけど。
――いや、笑い事じゃないな。
穂積、ガチで気持ちが前に出すぎてる。
でも、それくらいの気合がないとここには戻ってこれないのかもしれない。
気合。
気合な。
俺に足りないと穂積が言ってたやつ。
俺では一生わからんと穂積に答えたやつ。
自分のそれは相変わらずわかんないままだけど。
傍から見た他人のそれは分かるようになってきたかな。
ダサいけど。
カッコ良くもある。
魂の発熱。
「問題。昨今、国名を侮辱しているとして愛国青年から――」
読み上げの途中で一問目を取ったのはスケベ心を隠さない居権。
「しゃぼんの楽園」
「ぴんぽん!」
ブザーを海岸に持ち込んでないので判定音は黄石の口で発せられる。
「では年齢を当ててみよう!」
「28歳!」
居権力、推定お貴族様に忖度なしで、印象年齢をぶっこむ。
あいつ、ほんとブレないな。
目線もおっぱいからブレてない。
「ティリザベスさん?」
「ローじゃ」
「マジかよ!? どう見ても三十路前の肌のハリだろ!?」
慄く居権。
ざわつく会場。
俺もつられて眉を上げる。
ロー。
つまり二十八より上。
見た目は……どう見ても二十代後半から三十代前半。
居権ほど女体を知らない俺の印象はそんな程度。
でも異世界だ。
この時点で、常識は一回ポケットにしまっといた方がいい。
「全兎ちゃん!」「脱脂粉乳」「ぴんぽん!」
二問目を取ったのは女子大生・全兎さん。
「あんまり絞らせ過ぎてもダメなのでー。うーん40歳!」
わりと恐れを知らぬ年齢指定。
ところがティリザベスさんは、嫣然とした笑顔を絶やさずに。
「ローじゃ」
言い切った。
空気が一瞬で変わる。
四十より上。
――いやいや。
ちょっと待て。
素人の俺でもわかる。
松坂牛のおケイさんだって永遠の小百様だって妙齢の美女だが、
ああいう若さ溢れるエネルギーは発してないぞ?
驚愕に染まる一同だが、李野くんたち一部有識者たちは気にしない。
気にしないだけの根拠を既に脳内に持っていた。
「異世界ですからな」
「種族は人間だけじゃないってこと」
「当然長命種もいるわけね」
「笹耳じゃないから、エルフではなさそうだね」
「さーあ外見じゃ判断つかないと分かったところで第三問!」
そうなってくると話は変わってくる。
上限が読めない。
ここから先はもう、年齢当てというより種族当てだ。
「港ヶ陸君!」「そして僕もいなくなった」「ぴんぽん!」
今度は穂積がゲット。
さっきの空振りなんてなかったみたいに、もう前に出てる。
「年齢は?」
「100歳!」
「常識的に刻んできたねー…… ティリザベスさん、お答えは?」
「ローじゃ」
彼女はいったい何の種族なのか?
こうなってくるとちょっと俺も前のめり。
――いや、普通に気になるだろ。
「バンパイアだよ! 今どきのブルーブラッドは陽光を克服して……もがもが」
椰子泉さんに口を押さえられるモーリー。
スタッフさんが一礼。
でも、ありそうだな。
吸血鬼。
陽光の下、体を晒してるって意外性が強いし。
ただ――
なんか違う気もする。
あの人から漂ってるの、血の気配っていうより……
もっとこう、自然に根差した存在である気配がする。
「後さん!」「400m!」「ぴんぽん!」
四問目は後さんが取った。
「勘で行け!」
「一万歳…… どうだ!?」
それはないだろうというどよめき。
でもこの場では、その「ないだろう」が一番怪しい。
「ローじゃ」
視線を集めてるゴージャス美女は、なんかすごくご満悦。
機嫌よく扇をぱたぱたぱた。
どうも俺たちの驚く顔を楽しんでる感じ。
「なかなか当たりませんねー、ティリザベスさん?」
「妾に一生懸命になって。まこと異世界人とは愛いやつらじゃ」
……ん?
んんん!?
今の言葉って?
妾って!
愛い奴らって!?
一気に違和感が具体的な形を取る。
背筋がぞわっとした。
「シー、でスよ?」
背後からサンタフェさんの声。
振り向くと、いつもの女神スマイル。
一斉に反応したのは一昨日の火口ナイトツアーに参加した連中。
「あー……」
声にならない納得が、あちこちで漏れる。
「正体がバレると、面白くないでショ?」
ウインク。
あざとい。
成程な。
ああいう人間フォームも持ってたんだ。
火口の大精霊様。
ホント人がましいお方だな。
「お祭り、大好きなお方でスからね」
「だとしてもよく引っ張ってこられましたね」
「日本の大吟醸、お譲りしまシた」
安い!
いや安くないけど、存在スケールと比較して!
「閑君サンが決勝戦の前に飲む予定だった、いいお値段のやつでス」
閑君かわいそう!
あの無表情の裏で、今ごろ絶対舌打ちしてる。
でもこんな極上の画が撮れるんだ。
テレビマンとしてはホクホクだろう。
いいツアコン掴んだな、ウルティモスタッフ。
クイズはどんどん進んでいく。
年齢当てもどんどん外していく。
常識が一枚ずつ剥がされていく感じ。
「はい港ヶ陸くん、年齢は?」
「一億歳!」
「ローじゃ」
「!?www?」
正気を保て港ヶ陸!
いやでも、ここまで来ると一億でも刻み扱いなのが怖い。
その左右で目を輝かせたのは筋肉中年団。
あ、後さんも塩湖さんもナイトツアー経験者か。
これ、察し付いちゃったな。
今度は塩湖さんが年齢あて権獲得!
「塩湖さん?」
「五億三千万歳!」
――来た。
核心。
「お・こ・た・えは?」
「……」
大精霊様、初めての沈黙。
会場の空気が止まる。
「お・こ・た・えは?」
「惜しいの。……ローじゃ」
意図的なじらし!
この精霊様クイズ番組の……
いや、バラエティ番組の文脈を把握されている!
そして今の「惜しい」は、ほぼ答えみたいなもんだ。
そう、俺たちはナイトツアーで聞いていた。
『――精霊様がこの世に生ジられたのはおおよそ5億3千万年と言われておりまス』
後は年齢微調整のみ。
もう決着もカウントダウンが開始されている。
回答権を得た穂積が刻んでいく。
「五億三千万年と十歳!」
「ローじゃ」
回答権を得た穂積が刻んでいく。
「五億三千万年と二十歳!」
「ローじゃ」
穂積怒涛の三連続正答。
「五億三千万年と三十歳!」
「……ハイじゃ」
「「「おおお!」」」
どよめく勝者席。
俺も思わず息を吐く。
「問題!」
建築法の問題。
穂積は動けない。
厳しい問題だ。
「塩湖さん!」「歴史的遺物なんて掘り当てなかった法」「ぴんぽん!」
ゼネコンの現場監督だから答えられた。
「年齢は?」
「五億三千万年と二十五歳!」
「ハイじゃ」
「問題!」
電気料金の問題。
穂積は押し負ける。
「後さん!」「中小部品工場救済割引だ!」「ぴんぽん!」
零細工場を経営する者として、電気料金の上げ下げには敏感なのだろう。
「年齢は?」
「五億三千万年と二十三歳だろ!?」
「ハイじゃ」
「かーーっ! 外しちまった!」
ついに二択まで絞られた。
二十一か、二十二。
たった一年。
でもその一年が、ここでは天国と地獄の境界線だ。
「問題!」
食材に関する問題。
誰も手を上げない。
「どうした広水ちゃん。お料理得意じゃなかったのか?」
「怖くて上げれない~」
消え入りそうな声。
その気持ち、めちゃくちゃ分かる。
「タイムアップ! 因みに広水ちゃん、お答えは?」
「アボカド?」
「そーだよアボカドだよ! 勇気をもって飛び込めよ!」
「うぅ~」
会場がちょっとだけ緩む。
でも、その緩みも一瞬。
「問題!」
童謡についての問題。
居権以外の全員が手を上げる。
全員、覚悟を決めた顔。
「ビデオ判定!」
黄石がサブカメラマンを呼びつける。
この間が、やけに長い。
「回答権は…… 港ヶ陸くん!」
――来た!
二者択一のタイミングで!
「どんぶりこ」
「正解! さーあ確率は二分の一だ。年齢はっ?」
行け、穂積!
「五億三千万年と二十二歳!」
迷いなし。
「ティリ、ザベス、さんっ!」
「………………正解じゃ!」
「港ヶ陸くん、敗者復活決定! おめでとう!」
「あー……」
天を仰ぐ穂積。
感無量。
俺も手に汗握ってた。
しっかり整えてあるはずの爪が手のひらに食い込んでた。
自分がクイズ受けてるときより緊張した。
――なんでだよ。
でも……。
やったな、穂積。
まだ旅、続けられるぞ。
穂積は他の敗者たちに捕まっていた。
手荒い祝福を受けていた。
肩を叩かれ、頭をぐしゃぐしゃにされ。
そのまま、女子大生二人組が、穂積のハッピに寄せ書きをし始め。
敗者五人全員が何事かを書き記し。
穂積の肩が震えて。
黄石がドラマを作りに行った。
「港ヶ陸。お前は今チームみんなの期待を背負ったんだ」
「……はい」
「重いよな」
「でも、温かいです」
「頑張れるな」
「これまで以上に」
「ゴッデスクラウドに行きたいか?」
「行きますよ。絶対に!」
あーあ。
乗せられちゃって。
でも乗せられてもかっこいいじゃないか。
穂積ってこういうやつで。
それ、そのまま画になったじゃんか。
くそ。
黄石め。
ついでに閑君め。
ずるいぞお前ら。
穂積の穂積性を引き出しちゃうなんて!
穂積はこっちに真っすぐ歩いて来て、こう言った。
「ただいま、《《市籠》》」
この野郎。
魂の救済をしてやった俺に対してまだ苗字呼びかよ!
頭硬ぇやつだな!
知ってたけど!
だが、お前が俺をどう呼ぼうとな。
俺はもう、さっきのやり取りで開き直っちゃってるんだよ!
お前が定めた距離感に乗ってやるもんか!
「おかえり、《《穂積》》」
二人で苦笑い。
――なんだこれ。
友達に戻ったわけじゃない。
でも、もう敵だとは言わせない。
ライバルの条件も未だ満たせてない。
でも、さっきまでの完全な断絶とも違う。
中途半端で、でもやけに重たい距離。
「「「「万歳!」」」」
その後ろでは黄石と閑君がグータッチをしていた。
あいつら、ほんと性格悪い。
でも――
この舞台、嫌いじゃない自分がいるのが、またムカつく。
「「「「万歳!」」」」
次は本土上陸。
大陸中の知性が集まるところ。
ワイズメンズタワー。
「「「「万歳!」」」」




