おいくつですか? 1
「まず、前提を説明します」
張りつめていた空気が、少しだけ整えられる。
怒号も涙も一段落して、全員が次に何が来るのかを待っている状態。
勝者敗者問わず、俺たちは閑君に集められた。
さっきまで敵味方で綱を引き合っていた連中が、今は同じ円の中にいる。
妙な一体感と、妙な距離感。
そのどちらもが、まだ消えきっていない。
例外は二人。
新母夫婦。
彼等は挑戦者側ではなく、スタッフ側にいた。
ほんの少し前まで、
あの中心にいたはずの二人が、
今は完全に外側にいる。
春香さんは達也さんの手を握ってにこにこ。
ついさっきまでの般若の顔はどこへやら。
まるで何事もなかったかのようなオカメ仮面の笑顔。
……怖い。
達也さんは額に汗しながらこちらに向けてぺこぺこ。
妻の甘ったるい笑顔に応える余裕もなく、ただひたすらに頭を下げている。
周囲に対してか、それとも、さっきの出来事そのものに対してか。
良かったね、離婚の危機は去った模様。
……良かったのか?
胸の奥に引っかかるものはある。
でも。
良かったことにしとこう。
もう触りたない。
誰もが同じことを思っているのか、彼等と接触しようという者はいなかった。
「こちらの新母達也さんが、急病を発症。ドクターストップがかかり急遽日本へ戻る事となりました」
閑君が示すところの急病人はずっと赤べこ状態。
カクカクと首を振り続けるその姿は申し訳なさと気まずさの塊。
そのぎこちなさに、滑稽さに。
誰もツッコまない。
ツッコめない。
「我々としては欠員1名を埋めなければなりません」
成程。そういう筋書きね。
あまりにも綺麗な落としどころ。
全員がそれを理解して、そして、理解したふりをする。
これに文句をいう人はいないようだ。
というより。
言える空気じゃない。
そうだよね。
あんな修羅場再燃させたくないもんね。
「ですので、前言を翻しての敗者復活戦を行います――但し」
ここで念押しか。
さっきまでの軽さとは違う、番組としての重みが乗る声。
何を念押すんだ?
「この【急病】と敗者復活。どういった形でオンエアに反映するかまでは、現時点で定めておりません。日本にいる編集班と今後協議を重ねた上で、あるべき形としてお茶の間にお届けすることになるでしょう」
つまり。
「現実」と「放送」は一致しないかもしれない。
俺たちは、その境界線の内側にいる。
「運営からお願いすることはただ一つ。オンエアが現状と乖離したものになったとしても、皆さまにおかれましては『あのときは本当はこうだった』といった情報を流布しないで頂きたいのです」
空気がまた一段、静かになる。
これはお願いという形をしているが、実質的には契約だ。
「若き夫婦の将来に重大な影響を与えかねない状況を鑑みまして。ここにスタッフ一同強くお願いするものにございます」
正論。
正論だからこそ、誰も逆らえない。
さっきの光景を思い出せば、なおさらだ。
『春香が般若と化し、愛する旦那を勝者から引きずり下ろした』
その一言がどれだけの爆弾になるか、想像できてしまうから。
「おねがいしまーす」
春香この野郎。
この軽さ。
この切り替えの速さ。
さっきの嵐が嘘みたいだ。
だからこそ厄介だ。
「すみません! ほんとすみません」
達也大変だね。
心の底からそう思う。
あれはもう、クイズどころじゃない戦場だった。
「状況は分かったな? じゃあ勝者は勝者席に。敗者はあのパイプ椅子に座ってくれ。間もなく撮影再開だ」
一気に現場が動き出す。
さっきまで止まっていた歯車が、また回り始める。
スタッフの足音。
機材の移動音。
誰かの小さな咳払い。
クイズの現場が戻ってくる。
「すみません、椅子、7脚しかありませんが……」
ジャガイモ面少年・田婆君からの現実的なツッコミ。
こういう一言で、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
「新母妻は夫の付き添いで日本便に乗ったんだよ」
納得と、ちょっとした安堵と、ほんの少しの気まずさが混じった声。
「「「あぁあ」」」
そういうことになった。
――そして。
誰もそれ以上は深く考えないことにした。
この場にいる全員が、それぞれの立場と空気を理解した上で。
次のゲームへと、意識を切り替えていく。
「皆サんお待たせしまシた~」
場の空気を、軽やかにぶった切るような声。
我らがあざとい女神系添乗員・サンタフェさんのお出ましだ。
「臨時ゲストサマ、お連れいたシまシたよー」
サンタフェさんが小走りで閑君の下へ。
スタッフ同士で何やら短く言葉を交わす。
そのやり取りの間にも、現場の視線は自然とその後ろに引っ張られていった。
彼女と共に来たのは赤髪のゴージャス美人。
一瞬で分かる。
「格」が違う。
水着も攻め攻めの真っ赤なビニール生地ビキニ。
隠す気がない。
むしろ見せるためにある布。
陽光を受けてきらめく肌。
腰の位置が嘘みたいに高い。
作り物みたいに整ったライン。
その存在そのものが、この場の空気を一段階別のものに変えてしまう。
新母妻が新母夫の目を後ろから両手で隠す。
「たっちゃんは見ちゃダメぇー」
いちゃついてやがる!
あかん。
アイツらをみると、なんかこう。
理不尽を叫びたくなってしまうから、見んとこう。
意識から追い出してしまっとこう。
あれはもう全てに決着がついた話で、ここにはいないはずの人たちだ。
強制的に視界の端へと押しやってしまえ。
「さて、ここで敗者のあなたたちに施される敗者復活クイズとは! 題して! お嬢さん、おいくつですか? ハイ&ロー!」
一瞬、理解が遅れる。
そして。
ざわっ。
ざわっ。
「は?」
「なんだそれ」
「シンプルすぎない?」
そんな小声があちこちから漏れる。
ちょっと良くわからないけど、赤髪の美女さんが鍵になりそうだ。
というか。
どう考えてもそれしかない。
「早押し機は本土に送ってるから、ここでは挙手制を取るぞ。誤答お手付きは一回休み。正解したら、ゲストのお姉さんの年齢を当てるチャンスが与えられる。じゃあお姉さん、カモン!」
場の中央に視線が集まる。
ゴージャス美女降臨。
ゆっくりと、堂々と。
まるで舞台に上がる役者のように。
俺らの視線を気持ちよさそうに浴びて。
キングに引けを取らない高慢さが物腰から滲み出てる。
ただ立っているだけで、周囲が一歩引いてしまう。
歩こうものなら道を開けてしまう。
そうした自然と滲み出る格上感。
「「「おおー」」」
解答席からは野郎どもの感嘆。
わかるよ、わかる。
もの凄いしね。
単なる美人じゃない。
存在感がある。
さらにはセクシー極まりない。
うちのチームのものすごい代表モーリーがバイオレットナンバーワンなら、
このお方はオールフラワー永世チャンピオンだ。
そりゃあ唸る。
感嘆する。
「……」
……衿衣の目線に冷たいものが混じった気がする。
刺さる。
横から、無言の圧。
意識するの、止そう。
はい、やめやめ!
自分の思考を強制終了。
今はクイズだ。
「こちらのグラマーな美女はティリザベスさん。ご身分は明かせないそうだが、お忍びのバカンスでステックソンまでやって来たらしい。いいかみんな、お忍びだぞ? あんまり露骨な態度取って勘気を被っても、僕しらねーからな?」
『ご身分は明かせない』
その一言で、ざわめきの質が変わる。
ただの美女じゃない。
何かある。
ティリザベスさんは手に持った扇をひらひら。
たいそう優雅。
完全に慣れている仕草。
良きに計らえのポーズ。
マジ高貴っぽいな。
冗談じゃなく、どこかの国のお妃様でもおかしくない。
「クイズ説明の続きな。年齢あてに成功したら、一発で復活決定だ。年齢あてを外したら、ティリザベスさんから、回答が実年齢よりハイかローか公表してもらえる。もし失敗しても心配するな。なんどだって解答できるぞ」
頭の中でルールを整理する。
クイズに正解
↓
年齢当てチャレンジ
↓
外してもヒントがもらえる
↓
繰り返し可能
成程な。
わりかし短時間で決着ついて、ゲーム的なギミックも付けて。
その上目にやらしい現地女性を撮れるんだ。
バラエティとしては満点に近い構造。
このクイズ形式をさっきの打ち合わせ20分くらいで思いついたなら。
実行に移したなら。
それは素直に彼等の機転と実行力を称えよう。
現場力ってやつだ。
「ルールは分かったな?」
「「「はーい」」」
返事は揃う。
でも。
全員の意識がどこに向いてるかは明白だ。
ティリザベスさんだ。
「鼻の下伸ばしてるなよ居権?」
「無理でーす」
即答。
流石、オランシェでもステックソンでもまずは風俗店を探した男だ。
自分に正直でよろしい。
「じゃあ行くぞ、問題!」
空気が締まる。
視線が一斉に前へ。
さっきまでの観賞モードから、勝負モードへ。
その切り替えの速さこそが、こいつらがここにいる理由だった。




