温度差 4
「だから市籠おまえさあ、もっと気概みせろよ」
今日の後さんは絡み酒だった。
「最近の若い奴らは小さくまとまろうとしていかん。冒険者ならSランクを目指す!声高に宣言する!それが気概という物だ!」
「お前分かってるわ!」
後と名も知れないCランク戦士が肩を抱き合う。
はいはい意気投合。
この隙に俺は――
「市籠どこへ行く」
離脱失敗。
「そういうさぁ、お前さあ、姑息なさあ!」
「人生の糧となる金言にすら目を背けるとは!」
ますますあたりがきつくなる。
まあ、後さんからは時々、そういう雰囲気は感じてたけどさ。
ここまで乱れるとは思わなかった。
これは本音なのかね?
それとも酔った勢いってやつ?
こんだけ俺の胸にいやな思い残しといて、明日になったら全て忘れました、
みたいな都合のいい酔い方だったら許さないからな。
や、引きずられて気まずいほうが困るのか。
「ほらぁ話聞いてない! 新人類はこれだから!」
「最近の若い冒険者たちは目上に対する敬意を知らん!」
だから冒険者じゃないって。
でもなぁ。
Cランクの腕、ぶっといからなぁ。
立てかけてある斧。
あれ振り回して魔物と戦ってるんだろ?
あんな鉄の塊を。
後さんが身動き取れなかったプレートメイル着た上で。
生き物としてのレベルが違うわ。
これ以上機嫌損ねられないわ。
適当に相槌を打つ。
「はあ」
「そうですね」
「なるほど」
便利な三点セット。
内容はほぼ入ってきてない。
でもまあ、この人たちにとっては「聞いてる風」が大事なんだろう。
自分をないがしろにしてない実感が。
そういうの、否定もしないし、乗りもしない。
俺はその中間に浮かんでる感じ。
逃げてるっていうより、波に合わせて立ってるだけ。
サーフィンとかやったことないけど、たぶんこんな感じだ。
真正面からぶつかったら、普通に痛い目を見る。
だったら横に流すしかない。
少々の擦過傷や衝撃は必要経費だと飲み込んで。
「お、市籠いたいた」
あまり聞き慣れない声。
「チーフさんが呼んでるよ」
垂須さんか。
俺、この人とあんまり縁がないんだよな。
若さの残った熱い社会人。
印象は悪くないんだけど。
「まだ説教の途中なんだがな」
「すみませんね、後さん、戦士の方。番組編成の問題らしいんで」
「番組がなんだか知らんが、ワシは人生の教訓という物をだな」
「編成とはつまり、依頼主です」
「行ってこい若き冒険者よ。依頼主の命令は最優先だ」
職業倫理高い冒険者でよかったわ。
それにしても垂須さん機転利くわ。
「じゃあ、俺たちはこれで」
垂須さんに促されて席を立ち、ホールへ。
さっきまでの熱気が背中にまとわりつく。
笑い声と怒鳴り声と、グラスのぶつかる音。
全部まとめて、どっと押し寄せてくる感じ。
それを背に受けながら、扉を押す。
ぎぃ、と鈍い音。
外に出た瞬間――
空気が、すっと軽くなる。
夜気が、やわらかく頬に触れる。
ここは灼熱のステックソン。
決して涼しいわけじゃない。
日中の余熱の残るむわっとした空気感。
でも、ギルド酒場の中よりは確実に楽だ。
肺の奥まで、ちゃんと空気が入ってくる感じ。
さっきまでの酒と汗の匂いが嘘みたいに消える。
乾いた土と、ほんのりした夜の匂いがする。
「あれ? チーフさん外にいるんですか?」
歩きながら聞く。
ギルドの外は、思ったより暗かった。
灯りが、少ない。
建物の中はあんなに明るかったのに、外はぽつぽつとランプがあるだけで、そのほとんどがもう消えている。
通りも、静かだ。
人影はほとんどない。
昼間に見た粉の大地も、夜になるとただの黒い塊に見える。
遠くの方で、風が何かを擦る音だけがかすかに聞こえる。
「いないよ」
垂須さんが悪戯な瞳をしてくっと笑う。
「え?」
「助け船だよ。市籠、酔っ払いに絡まれて困ってたじゃん」
……いい人だ!
*
なんか自然に、二人で部屋に帰ってサシ飲みとなった。
同室の居権とかいう学生は安宿に移って現地の獣人嬢と過ごしてるのだとか。
有料で。
……まあ旅の楽しみは人それぞれだ。
たとえ居権とやらが未成年だったとしても。
酒場の喧騒が嘘みたいに静かな部屋だった。
窓の外は暗いままで、灯りもほとんどない。
遠くで風が鳴ってるだけ。
さっきまでのあの猥雑な空気から隔離されて、急に現実に戻されたみたいな感じ。
ベッドの上に腰を下ろして、テーブルに置かれた瓶を傾ける。
「僕もまだ就職二年目だし。学生気分が抜けてないとはよくいわれちゃうよ。ウルティモに参加するために溜めてた有給使うのも、上司は良い顔しなかったし」
垂須さんは、苦笑いしながらグラスを回してる。
「就活生なんだって?」
「ああ、はい」
「僕もねー、苦労したよ。クイズにかまけてたし」
そう言って、肩をすくめる。
「結局、地方公務員になった」
ああ、なんか妙にしっくり来る。
この人の雰囲気に。
「試験なんて連敗も連敗。グレーな噂の有るノンバンクか地方公務員か二択だったよ」
最近多いよな、ノンバンクのCM。
あれ、ちょっと前までサラ金とか街金とかいってたよな。
いつの間に市民権得ちゃってるんだよ。
銀行の二軍みたいなイメージで。
信用金庫泣くぞ。
「だってノンバンクなんて入っちゃったら好きに有給取れないもん」
あ、共感できるというか、理解できる大人に初めて会った。
普通に就活してった自分の延長線上というか。
やりたくないことを消した先の、まあこの辺でいいかを選んだ人。
クイズに賭ける情熱は、俺には無いけどな。
「僕さ。後悔してるんだ。八回大会の時のこと」
「なんか黄石アナとのやり取りで再挑戦者なんだなーとは察してましたけど」
「ありゃ、知らなかったのか。結構いいとこまで行ったんだぜ。ダークホースとか呼ばれて、第九BFまで進んだんだ」
少し遠い目。
グラスの中の液体を見てるのか、その時を見てるのか分からない。
「勝負に賭けて。戦いしか知らなくて」
今のクイ研みたいな立場だったんだ。
「勝てる筈の勝負に負けて、倒れ込んで、雲一つない空を見上げた時に、気づいたんだ。あ、太陽ってふたつあるんだ、って。知識では当然知ってたよ。でも、意識して見たのは初めてだった。中盤まで勝ち進んだのに。15日も異世界にいたのに。僕、異世界を全然楽しんでなかったなって」
「わかる。わかり過ぎる!」
凄く親近感湧く。
俺も李野くんに誘われなかったら。
カンポス氏に乗らなかったら。
ほんと、ちょっとしたきっかけを逃してたら。
今みたいに楽しく旅行出来てなかった。
逃げない、って義務感だけ抱えて、
太陽の輝きに気づかないままだったと思う。
「今回は楽しい旅になると思うよ。可愛い女の子も多いしね!」
「急にそっち行きますか」
さっきまでのしんみりした空気、どこ行った。
でもこの、今を楽しんでるからこその話題、嫌いじゃない。
「誰狙い? 本命舞網、対抗衿衣って感じ?」
そこ突っこんでくる?
やっぱ大人じゃないかも。
でも、気を使わなくていい。
なんか、気軽に話せる。
気構えとか準備とか無しで、思ったことがするっと口に上る。
「どっちかっていうと衿衣。ハナさんは距離感バグってるから、真に受けちゃうと火傷する。絶対」
「彼女サークラの適性高いよな」
「わかる」
「でも衿衣ちゃんも怖くない? 僕、目が合うたびに威嚇されるんだけど」
「そういうのがすっと素の表情を見せるとときめく」
「ギャップにやられちゃったかー」
軽く笑う。
この感じ。
酒場の連中とは違う。
張り詰めてもいないし、ぶつかってもいない。
ただ、同じ高さで並んでる感じ。
「そういう垂須さんは?」
「僕は双滝さんだな」
「え゛!?」
思わず変な声が出た。
「なにそのリアクション?」
「いや、あの人怖い人ですよ?」
「そう? 清楚な感じでナースって、控えめに言って最高じゃない?」
「適性呪術師。あれ、たぶん性格から来てますよ」
「マジ!?」
「新母の春香さんに向かって醜態を晒せとか呟いてました」
「人は見掛けに寄らないなぁ」
グラスを持つ手が止まる。
遠い目。
ちょっと本気でショック受けてる顔。
この人は、大渓さんほどに完成されてない。
大人の世界にどっぷり浸かってる感じでもない。
でも、子どもでもない。
その中間。
ちょうどいい距離感の兄貴分。
自営業か、会社員か、公務員か。
そういう違いもあるんだろうけど。
この人は、まだ選びきってない感じがする。
だから、話しやすい。
「……」
気づいたら、グラスが空いてた。
もう一杯、って思ったところで。
視界がちょっと揺れる。
あ、これ。
やばいな。
「……市籠?」
垂須さんの声が、少し遠い。
「大丈夫?」
「……たぶん」
たぶんって何だ。
でもまあ、大丈夫だろ。
たぶん。
そのまま、ベッドに倒れ込む。
天井が、ゆっくり回る。
異世界で、酒飲んで、就活の話して。
なんだこれ。
でも、悪くない。
むしろ、ちょっといい。
「……」
何か言おうとした気がするけど、言葉になる前に途切れる。
意識が、ふっと落ちる。
*
気がついたら、朝だった。
隣で、垂須さんが同じように寝てる。
同じベッド。
居権某のベッドは空いてたのにな。
垂須さんも同じようなタイミングで寝落ちしたのかな。
ああ、まあ、それはそれで想い出か。
窓の外は、もう明るい。
新しい一日の始まり。
戦いの朝。




