温度差 3
いつメンたちは訓練所にお邪魔しました。
で、例外が一匹。
「うおー、はがねのつるぎマジ重えー!」
乾いた音が床に響く。剣の先が石畳に当たって、鈍く跳ねた。
「何でここにいる波名真」
ボーイ性の高さ故にボーイと綽名されたソサメン最年少の小兵。
お前クイ研のストイックな勉強会にいるべきだろ?
あいつらは揃ってホテルに直帰したぞ?
「あのなー市籠先輩」
一応は先輩付け。
礼儀は弁えてるのね。
「俺はクイズ戦士の前に、男の子なんだ」
胸を張って言い切る。
「「「わかる」」」
社会人トリオが深く頷いた。
なんだこの連帯感。
「冒険に心躍らせなきゃ男の子じゃないよな!」
「誰だって心に剣を握っているものさ。自分だけの剣を」
「だよな、ボーイ?」
「うぅ…… この文脈でのボーイ呼ばわりは否定できないっス」
「でも、後で怒られるんじゃないの? 勝手に抜け出したんだろ?」
何度でも前への人――垂須さんが問うと。
ボーイは急に真っ青な顔になって。
がくがくぶるぶる!
マジ震えを披露した。
「だ、大丈夫。キングは許してくれるっす! はずっす! 信じたいっす!」
自分に言い聞かせてる。
――訓練所の中は、思ってたよりずっと「現場」だった。
第一印象としては、広い。
天井が高くて、梁がむき出しで、ところどころ煤けている。
壁際には武器がずらっと並んでいる。
剣、槍、斧、弓、あと見たことない形のものも混ざってる。
床は踏み固められた土と石が混じった感じ。
ところどころに擦り跡や凹みが残ってる。
歴戦の古強者ってやつだ。
あと、音が多い。
金属同士がぶつかる音、掛け声、息を吐く音。
どれもバラバラなのに、妙にまとまりがある。
奥の方では若い冒険者らしき連中が、木剣で打ち合っている。
動きは荒いけど、迷いがない。
振って、受けて、弾かれて、それでもまた踏み込む。
別の場所では、的に向かって矢を射っている連中。
外したやつが舌打ちして、当てたやつが小さくガッツポーズしてる。
そのどれもが、会場と武器に慣れてるって感じだった。
遊びじゃない。
かといって、殺し合いでもない。
その中間。
明日を見据えて、ちゃんと訓練してる空気。
俺たちだけが、そこから浮いている。
ただの観光客。
ギルド自体は俺たちの施設使用を認めたとは言うけれど。
それは管理者側の許可であって。
他の使用者側がどう思うかはまた別。
大きく邪魔になってないと良いけど。
間違いなく小さな邪魔にはなってるから。
なんか慣例とか破ることがありませんように。
なんか文化摩擦とかおきませんように。
お願いしますぜ転生の女神様!
「俺、プレートメイルに挑戦してみようと思うんだ」
ボーイが、壁際の鎧を指さす。
金属の塊。
どう見ても重そう。
「ていうかお前の体格じゃサイズ合わないだろ、あれ」
「後さんの筋力なら行けるか!?」
「塩湖とのVIT差を根性で覆せ!」
周りが煽る。
で、挑戦して。
ダメでした。
「う、うごけん」
完全に固まってる。
関節のところがぎこちなく軋んで、ロボットみたいになってる。
「いや、無理すりゃ動けるんだろうが、これ絶対腰やるわ」
後さんが、自分の腰を押さえながら苦笑する。
ぎっくり腰経験者の顔だ。
「ロングスピアも穂先の方持たないと持ち上がらないな」
塩湖さんが槍を持ち上げようとして、途中で止める。
バランスが悪いらしい。
「フルヘルム視界狭いなぁ。首全然回せないし」
垂須さんが兜をかぶって、左右を見ようとして失敗してる。
がつん、と壁にぶつかる。
鈍い音。
「いってえ!」
「「「わははは」」」
和気藹々。
悪くないムードだ。
俺たちツーリストの間だけはの話だがな!
俺たちはちょっと離れた位置で有料の武器講習。
なんか直感で選べって言われてチョイスしたムチをひゅん!
空気を切る音が、やけに綺麗に響く。
「あ、いい音」
思わず漏れた。
「無心の直感は適性を引き当てやすい。お前のそれもそうだろう」
眼帯で達磨髭の指導教官が、腕を組んでうむうむと頷く。
妙に納得されても困る。
俺、別にこれで食ってくわけじゃないんで。
マジで鍛えようとしてるんじゃないんで。
「で、お嬢ちゃんは突剣だな」
視線の先。
衿衣が、レイピアを握っている。
これまた直感で選んだ得物。
「そう」
細い剣先が、空気を裂く。
ひゅ、ひゅ、と連続で突きが入る。
無駄がない。
まっすぐで、速い。
伸ばした姿勢と相まって、ストイックな美しさがそこにある。
「ん」
顔はいつもの無表情に近いけど、どこかだけ温度がある。
集中、っていうより――
楽しんでる、のかもしれない。
この子なりに。
『楽しまなきゃいけない』を、ちゃんとやってる。
「ねえ先生! ハナは? ハナは?」
ハナが、ぴょんと手を挙げる。
やる気はあるらしい。
「あー…… 君はギルド酒場で皿洗いでもしてきたらどうだ?」
一瞬の間のあと、教官が現実を告げる。
「がーん」
その場で崩れるハナさん。
分かりやすすぎる。
戦闘適性なし。
うん、そうだろう。
このひとが戦うって状況が想像つかない。
敵と向かい合っても、「ねえねえ!」って話しかけそうだし。
あっちでは魔道士系の指導教官が、双滝さんにつきっきりで魔法指導してる。
杖を持たされて、何かを唱えてる。
空気が、少しだけ震える。
なにかが渦巻いてる気配はあるが、渦巻いてるだけだ。
「君は回復系に適性はないようだ」
「え? ナースなんですけど私」
素で困惑してる。
現実とのギャップがすごい。
「寧ろ伸びしろは呪術方面にある」
やはり!
「こんな品行方正な私が!?」
自分で言うな、とは思うけど。
でもまあ、本人の中ではそうなんだろう。
自己評価ってあてにならないね。
なお李野くんはサンタフェさんを伴って、現役冒険者たちにインタビューを敢行してる。
紙とペンを持って、真剣な顔で質問してる。
さっきまで袖引っ張ってた人と同一人物とは思えない。
人見知りはどうしたよ、人見知りは。
相手の冒険者も最初は戸惑ってたけど、今は普通に答えてる。
熱量に押された感じ。
ああいうの、強いよな。
因みに椰子泉さんと魔物オタはここにはいない。
ギルド付属の資料室に向かった。
『原色魔物図鑑!? 見たい見たい! 持って帰りたい!』
『……この子がお縄につかずに済むよう、見張っておくわ』
同室だったばっかりにかわいそう。
「あ゛~! あ゛~!」
間の抜けた声が、天井の方から落ちてくる。
見上げる。
上空に吊るされてるのは羽合。
縄でぐるぐる巻きにされて、梁からぶら下がってる。
あんだけ念を押されたのに会議室を覗こうとして、ギルドガードに捕まったらしい。
で、お仕置きで吊るされてる。
吊るされる箇所が首じゃないから、まあいいか。
アイツいると鬱陶しいし。
「ふーん」
「白山さんアレみてもにししって笑わないのね」
「アイツしつこく絡んでくるからいい気味ですよ」
なるほどな。
小悪魔発動には幾分かの好意も必要、と。
……あれ?
俺、割とからかわれてるような……?
*
で、その晩。
おっさんたちに付き合うと、こうなるわけだ。
「「「「かんぱーい!」」」」
「酒で異文化交流、ありだと思うわ」
モーリーから解放された椰子泉さんがぬるいエールをジョッキで一気飲み。
「「「おおおお!」」」
現地民たちが湧く。
「「「えええ……」」」
日本人たちが引く。
ギルド酒場で飲みニュケーション。
おれは同じ卓でちんまりちびちびやっている。
ここ、っていうより、ほぼ戦場の後始末みたいな空間だった。
長い木のテーブルが何列も並んでて、どれも傷だらけ。
ナイフで刻んだみたいな跡とか、焦げ跡とか。
あと何かをぶちまけたまま乾いたシミとか。
なんか血液が渇いた後の色のような……
あんな大量に……
はい、やめやめ!
怖い想像やめ!
椅子は揃ってない。
高さも形もバラバラで、脚の一本が短いのか、座るとガタつくやつもある。
天井は低めで、梁がむき出し。
そこにランプがいくつも吊られてて、油の匂いがほんのり漂ってる。
で、空気が濃い。
酒と汗と、肉の焼ける匂いと、あとなんかよく分からない薬草っぽい匂いが全部混ざってる。
肺が焼ける土地のあとにこれって、なんか別方向でキツい。
床を見ると、もうひどい。
寝ゲロしてそのまま横たわってるマッチョ。
上半身裸で、筋肉だけは無駄に仕上がってるのに、顔はぐったりしてる。
さっき誰かがけつまずいてたけど、起きる気配ゼロ。
その近くでは、別のおっさんがウエイトレスさんのケツを軽く撫でた瞬間、見事にトレイを頭に叩きつけられていた。
乾いた音。
痛ってぇと叫び声。
周りは爆笑。
ウエイトレスさん腕まくり。
なんなら二撃目行こうとしてる。
カウンターの奥では、大きな樽から直接酒を注いでる。
泡がこぼれても気にしない。
というか、こぼれる前提で動いてる。
反対側では、腕相撲やってる連中がいる。
負けたやつがそのままテーブルに突っ伏して、また酒を飲まされてる。
猥雑っていうか、エネルギーが雑に溢れてる感じ。
整ってないのに、妙に成立してる空間。
たぶんこれが「日常」なんだろうな、こっちの。
しかし30代男子どもは隙あらば飲むな。
椰子泉さんもうわばみだし。
酒豪四天王の称号を授けよう。
それにしても、あー。
ちょっと冒険者、肌が合わない感じ。
彼等と話す文脈や経験がないっていうか。
中学校あたりで付き合いの切れた、ヤンキー方向に舵を切った連中と匂いが似てるし。
すごいですね。
つよいですね。
俺にはそんな勇気ありませんよ!
で、大体乗り切れるから扱いは楽なんだけど。
楽しくは、ないな。
ハナさんとか李野くんと一緒に、訓練場から真っすぐホテルに戻れば良かった。




