温度差 2
「終わった順にこちらの部屋へ進んで下さい」
別のスタッフに案内されて、奥の会議室へ。
さっきまでのざらついた空気とは打って変わって、やたら整った空間。
長机と椅子。
壁際に飲み物。
完全に会議室って感じ。
なんだろう、この落差。
外が日雇い労働者のシノギ斡旋所で、中がデスクワーカーの会議室。
塩湖さんの勤め先のゼネコンもこんな感じの区切りなのかね?
脳がバグる。
カードを受け取った連中が、ぽつぽつと集まってくる。
で、やることは一つだ。
見せ合い。
「ちょっと見せてもらっても?」
「あ、じゃあ交換で」
大渓さんが、いつもの調子でカードを差し出す。
俺もつられて、自分のを見せる。
覗き込む。
「……あれ?」
思わず声が出た。
「どうした市籠君」
「いや、その…… 思ってたより、普通だなって」
「はは、失礼だな」
笑ってるけど、否定はしてない。
大渓さんのカード、確かにバランスはいい。
でも、圧倒的に頭いい人って感じの数値じゃない。
INTもMAGも突出してるわけじゃない。
「記者ってさ、頭の良さだけでやれる仕事じゃないんだよね」
軽く肩をすくめる。
なるほどね。
現場力とか、そういうやつか。
学生時代はディスコとサーフィンだしな。
そういうの、このカードには出てないらしい。
「……ふうん」
横から、椰子泉さんが覗き込む。
無言で、自分のカードを差し出す。
見る。
――ああ。
「これは……」
言葉が詰まる。
INTの数値。
明らかに、頭一つ抜けてる。
というか、抜けすぎてる。
大人たちの感嘆の声。
具体的な数値が、部屋中に響いた。
「ぐむう」
誰かの唸り声。
低くてデカい喉の声。
荒火だ。
なんか茂侍がこっちとあっちを交互に見ながらあわあわしている。
「くっ……」
穂積もまた悔し気な顔で呟いてる。
総クイ研いたたまれないムード。
ああ、これ。
効いてるな。
なんかちょっと面白い。
いや、本人たちからしたら面白くないだろうけど。
「数値が語る物は全体ではない」
ぽつりと、荒火が言う。
自分に言い聞かせてるみたいな声。
うん、それはそう。
たぶんそう。
でも、こういうのって、出ちゃうよな。
数字で可視化されると。
優越感とか。
敗北感とか。
「見ろよこれ!」
今度は後さん。
カードをひらひらさせてる。
「俺のVIT、塩湖より低いんだぞ!」
「1ポイントだろ、1ポイント」
塩湖さんが、苦笑い。
「その1が大事なんだよ!」
めちゃくちゃ悔しそうだ。
社会人のくせにこういうところ、妙に子供っぽい。
感情に真っすぐで。
さっきの荒火たちみたいな屈託がない。
務め人じゃなくて経営者だからこその気質なんだろうか。
「ははは、気にするなって」
「気にするわ!」
いいコンビだな、この二人。
大人になってもともだちは作れるっていう実例というか。
気が合う奴はどっかにいるぞっていうか。
「ねえねえ見てー!」
ハナが割り込んでくる。
カードを突き出す。
「ハナ、すごいよ!」
見る。
……なるほど。
「これは……」
「でしょー!」
FORTUNEの数値が、やたら高い。
三ケタ届いてる。
椰子泉さんのINTでさえ2桁後半でしかないのに。
あ、ハナさんの他のステータスは普通以下の以下ね。
成績表なら五段階評価で1か2。
幸運。
そこだけおかしい。
「納得だな」
誰かが言う。
全員、うんうん頷く。
説明不要の説得力。
この人、そういうタイプだ。
間違いなく。
「双滝さんは?」
「これ」
差し出されたカード。
今度はMAG。
これもまた、分かりやすいくらいに高い。
「魔法使えそう」
「使えそうっていうか、使うでしょこれは」
「私、白衣の天使だから白魔法使えると思うの」
ざわざわ。
どよどよ。
カード一枚で、キャラ付けがどんどん固まっていく。
便利だな、これ。
数字だけど。
デジタルだけど。
でも、その数字だっていうのが逆に他者評価基準っぽい。
人間って、結局こういうので分類されるんだなって思う。
企業の給与査定も営業成績も結局はポイントの積み重ねだしね。
あ、俺?
俺はまあ。
ここまで話題にならなかった。
一度も。
そういうことだ。
まあ、憐れまれるほどの数値ではなかったから、よしだ。
ふと、視線をずらす。
部屋の隅。
クイ研の連中が、固まっている。
カードを見せ合ってはいるけど、輪は広がらない。
他の連中と混ざる気配がない。
あくまで「自分たち」で完結してる。
さっきの椰子泉さんの件にしてもそうだ。
たまたま耳に入っちゃった以上無視できなかったんだろうが、
それで椰子泉さんのカードを見に来るとか、
逆にカード見せにくるとかもなかったしね。
「――諸君」
声が落ちてきた。
ざわめきが止まる。
閑君。
番組総合プロデューサー。
今日の彼の目は乾いている。
仕事の目だ。
素材を扱う態度だ。
いつの間にか、入口に立っていた。
「本日はここで解散とします」
さらっと言う。
軽い。
でも、その次の一言で、空気が締まる。
「明日の朝までは好きに過ごしてもらってかまいません」
間。
「――ですが」
視線が、一人一人を舐める。
笑っているのに、目が笑っていない。
「この部屋に入ることも、様子を伺うことも禁止といたします」
会議室の奥。
さっきまで使っていた登録窓口の方角。
今、多くのスタッフが入って行った部屋。
つまり――あっち側。
理由は言わない。
でも、「絶対に触れるな」っていう圧だけは、はっきり伝わる。
なんだそれ。
めちゃくちゃ気になるやつじゃん。
こういう禁止、逆にフラグだろ。
いやでも、この番組でフラグ踏むと普通に死にそうなんだよな。
いや、生命的な意味ではなくて、旅行者的意味で。
「では、解散! 諸君も異世界を堪能してくれたまえ」
黄石がぱん、と手を叩く。
急に軽い。
さっきの部屋に入るなの圧、どこいった。
静と動。
威圧感と軽薄さ。
閑君と黄石。
まったく、亀裂が入っていそうな割に、やっかいなコンビだ。
「ギルド付属の各施設の使用許可は得てまス」
すっと、ツアコンのサンタフェさんが前に出る。
「ワタシもギルド内にいるので、他の冒険者さんたちに迷惑をおかけシない範囲で、楽しんでくだサい」
ウインク。
いつものあざとい表情。
さっきの緊張が、少しだけ緩む。
楽しんで、ね。
それはきっと、たぶんすごく大事。
番組においても。
人生においても。
次の問題。
この与えられた自由時間、どう過ご――
袖が、くい、と引かれた。
控えめに。
けど、はっきりとした意思を持って。
振り向く。
やっぱりの李野くん。
相変わらず顔色は悪いのに、目だけ妙に生きている。
ああ、これ。
完全に「何か調べたい」の顔だ。
口は開かない。
でも、もう分かる。
言いたいこと、全部顔に出てる。
俺は一拍だけ置いてから、肩をすくめた。
「……どの施設に行きたいの?」
「訓練場ですぞ!」
ほんと、こいつ、分かりやす過ぎる。




