温度差 1
「諸君! ここがどこだかわかるか?」
黄石があのギンギンギラギラなスーツの両腕を大きく広げ、背後に従えていた俺たちに向き直った。
前方には間口の広い大き目の建物。
いや、建物って言い方だとちょっと足りない。
まず、やたらと横に長い。
正面は一階建てっぽく見えるのに、奥に向かって段々と増築されてるみたいで、屋根の高さがバラバラだ。トタンと木板が継ぎ接ぎされてて、色も焼けた茶色から煤けた黒、妙に新しい白木まで混ざってる。
西部劇のバー風っていうか、バーとモーテルが一体化してるというか。
入口の上には、分厚い木の看板。
剣と盾が交差した紋章に、見たことのない文字が彫られてる。
たぶん「ギルド」的な意味なんだろうけど、やたら深く彫り込まれてて、風雨で削れた跡がそのまま年季になってる。
両開きのスイングドアは腰の高さくらいで、何人も出入りしたせいか、下の方が丸く擦り減ってる。押せばギィ、と鳴きそうなやつ。
窓は大きめだけど、ガラスは均一じゃない。波打ってる。外の光が歪んで入ってきて、中の影もなんとなく揺れて見える。
建物の横には馬繋ぎの柵。
実際に何頭か、見たことない種類の獣が繋がれてる。
馬に似てるけど、首がやたら長かったり、尻尾が二股に分かれてたりする。
入口脇には樽がいくつも積まれてて、酒なのか水なのか分からない液体が、ほんのり甘ったるい匂いを漂わせてる。
で、その匂いに混じって。
鉄と、革と、あとちょっとだけ血の気配。
ああ、なるほど。
「それっぽい」ってやつだ。
「冒険者ギルド?」
ボーイが返答する。
「良く知ってたな! そうここは冒険者ギルドステックソン支部! つまりは――」
間を持たせる黄石。
こいつの煽り方も大体わかってきたのに、なんか勝手に喉が鳴って唾を飲み込んでた。
くそ。
分かった上でまだコントロールされちゃうか。
「――勇者が。偉大なるあなたたちの先輩が。冒険者登録をした場所だ」
勇者。
何百年か前に、この異世界を魔王の魔の手から救った存在。
そんな彼は、日本からの転移者だったという。
転生の女神にその才を見込まれて、自ら戦いに身を投じていったという少年。
残念ながら日本側の記録に彼は残っていない。
転移の余波で、彼は地球側での生体情報を全て失ってしまったから。
でも、異世界側はそれを知っていて。
覚えていて。
転移門を日本近辺に出現させたのも。
日本と独占的に国交や貿易をしているのも。
全てはこの勇者の功績があったから。
勇者への恩返しの一環だ。
義理堅いこと。
サンタフェさんが俺たちにとても親切なのも、たぶん勇者伝説が大きく影響してると思う。
「さて、みなさんにここでやって頂く事と言えば!?」
ざわつく挑戦者たち。
「まさか」
「いいのかよ?」
「そのまさかだ。冒険者登録をしてもらう!」
*
ギルドの中に入った瞬間、さっきまでのそれっぽさが、一段階だけ現実に寄ってきた。
酒と汗と、あと鉄の匂い。
音もある。
木の椅子が軋む音、笑い声、グラスがぶつかる軽い音。
その全部が、ちゃんと生活のリズムで動いてる。
ただ――そのリズムが、ほんの少しだけ乱れていた。
視線だ。
カウンターで酒を飲んでいた男が、手を止める。
隅でカードを広げていた連中が、こっちを見る。
入口近くのテーブルにいた女が、眉をひそめる。
露骨じゃない。
でも、確実に「なんだあれ」って空気。
そりゃそうだ。
スーツだのジャケットだの、統一感のない格好の日本人が二十人以上。
きょろきょろしながらぞろぞろ入ってきたら、俺でも見る。
しかもそのうち何人かは、明らかに普通じゃない。
最右翼は荒火。
あれはもう、どう見ても「一目置かれる奴」だ。
現地の連中が一瞬だけ黙るのも分かる。
逆にハナさんは、異物すぎて逆に安心されてる気がする。
ああいう小動物は害がないっていう雑な分類。
俺はといえば――たぶん「どこにでもいそうなやつ」枠だ。
それはそれで、ありがたい。
目立つとろくなことにならない。
こんな暴力を生業としてる連中の巣窟ならなおさらだ。
俺はリスク重視で夜の盛り場にはいかない男なんだよ。
「ほらほらー、見られてるよ天馬くん!」
「見られてますね」
ハナが楽しそうにひそひそ声で言う。
こっちは別に楽しくはない。
生存本能のアンテナをビンビンに立てている。
ここ、完全にアウェーだから。
クイズ会場とは違う種類の。
「静かにしろ」
ぼそっと、低い声。
塩湖さんだ。
こんなに声が堅いということは、きっと現場の神経に障る何かを、ハナさんや俺が醸し出していたんだろう。
その一言で、ハナが「はーい」と素直に引っ込むあたり、この人やっぱり建築現場を率いてるリアリティがある。
でもねハナさん。
元気に手を上げてお返事しなくてもいいんだよ。
注目が集まっちゃうからね。
集まっちゃったからね。
俺たちはそのまま、カウンター奥の通路へと誘導される。
受付は四つ。
それぞれに職員が座っていて、ひっきりなしに現地の冒険者たちが出入りしている。
そのうちの一つが、俺たち用に切り分けられていた。
貸し切り。
言い方はいいけど、要するに「隔離」だ。
スタッフの配慮に感謝する。
あの視線の中で順番待ちとか、正直やりたくない。
絶対絡まれる、誰かが。
絶対巻き込まれる、俺が。
「順に登録でス。難しいことはありまセん」
場の雰囲気に動じてないサンタフェさんが、にこやかに言う。
難しくない、ね。
その言葉、この番組で何回聞いたか分からない。
だいたい後で裏切られるやつだ。
でも実際、やることは簡単だった。
名前を言って、水晶に手を合わせる。
それだけ。
水晶は手のひらサイズで、触れるとじんわり温かい。
機械というより、生き物っぽい感触。
しばらくすると、隣の職員がカードを差し出してくる。
紙じゃない。
薄い板。
金属でもないし、プラスチックでもない。
触ると少しだけ弾力がある、不思議な素材。
そこに、文字が浮かんでいる。
自分の名前と――いくつかの数値。
それ以上でも、それ以下でもない。
職業欄とか、スキルとか、そういうゲームっぽいものは一切ない。
妙に素っ気ない。
でも、その素っ気なさが逆に本気っぽい。
余計な演出がない分、これが現実ですって数字で突きつけられてる感じ。
「はい、次の方どうぞー」
流れ作業。
驚くくらいスムーズに進む。
俺の番も、あっさり終わった。
カードを受け取って、少しだけ眺める。
数値。
INT、VIT、MAG、FORTUNE……いかにもそれっぽい略語が並んでる。
意味は、なんとなく分かる。
分かるけど――
だからどうした、って感じもする。
これを見て、戦い方が分かるわけでもないし、クイズにどう影響するのかも不明。
でも、無視はできない。
この番組で配られるものは、だいたい後で効いてくる。
面倒な予感しかしない。




