友情いいでスね! 3
夜の火口ツアー。
一応念のためのマスクをしっかり付けて、火口まで登って来た。
砂塵はあくまで平野部の話で、火山地帯に入ると溶岩メインで砂は無くなるらしい。
あ、火山地帯といっても標高は低い。
600mかそこら。
で、駐車場は400mくらいの地点にある。
登山ではなくハイキングの距離感。
「折角体内に取り入れたアルコールが熱気に蒸発していくよ」
「吐く息に火がつかなくて良かったじゃねえか」
酔っ払いどもがなんかほざいてる。
「ほうほう、この溶岩の色合い的にケイ素分は低いようですな……」
李野くんはメモを取り取り、柵の向こうの溶岩のうねりを観察している。
地面は黒く、乾ききってひび割れている。
その隙間という隙間から、赤い光がじわじわと滲んでいる。
まるで大地そのものが、どこかでずっと燃え続けているみたいだ。
遠くから見えた光は、近づくにつれて輪郭を持ちはじめる。
「勉強熱心な皆サマはご存ジの事と思いますが、こちらの火山はマグマの精霊様のお住まいでございまシて――」
ああこれ、川だ。
いや、川っていうか暗渠だ。
どろりとした赤いものが、ゆっくりと、でも確実に流れている。
黒い表面の下で、目に見えないところで確実に。
ところどころで表面が固まりかけて、黒くなって、その下からまた赤が覗く。
ぱき、ぱき、と薄い殻みたいなものが割れて、中の熱が顔を出す。
そのたびに、じゅ、とか、ぼこ、とか、言葉にしづらい音がする。
「――精霊様がこの世に生ジられたのはおおよそ5億3千万年と言われておりまス」
煙も上がっている。
が、ナイトツアー故か噴煙の視認性は悪い。
赤い溶岩の灯りが集中している部分のみ、白くて、でもどこか灰色で、ゆらゆらと空に溶けていく様が観察できる。
風に流されるでもなく、ただそこにあるみたいに、ゆっくりと広がっていく。
匂いがする。
焦げたような、乾いたような、鼻の奥に引っかかる匂い。
マスク越しでも分かる。
これを直に吸ったら、そりゃあまあ、ろくなことにはならないだろう。
「大変明確な自我を確立されていらっシャるおおらかなお方でシて」
足元は熱を持っている。
靴越しでもじんわり伝わってくるくらいには。
でも、焼けるほどじゃない。
その「まだ大丈夫」な感じが、逆に気持ち悪い。
あの鎖で区切られたパーティションを一歩でも超えたらアウト、みたいな境界線の上に立ってる感じ。
「ご機嫌麗シき折には、お姿を現シてくだサるのでス」
黒と赤。
見渡す限り、同じ景色が続いている。
動いてるのか止まってるのか分からない地面。
空だけがやけに遠い。
まあ、そこまでならはえーなんて言わない。
そんなダサいことできない。
『カッカッカ、そうかそうか! 妾の雄大さと偉大さを学ぶべく、わざわざニホンから訪ねてきおったか』
上でも横でもなく、下から。
地面の奥から、直接響いてくるみたいな声。
地響きみたいな声なのに、女性の物だといやおうなしに理解できる声。
声なのか?
音なのか?
耳で聞いてるのか、頭の中で鳴ってるのか、よく分からない。
でも、確実に聞こえる。
「はえー……」
最初、その間抜けな声が自分の口から漏れたことに気が付かなかった。
いや、自分の口からだけ漏れたんじゃないのかもしれない。
椰子泉さんが、固まっている。
衿衣も、わずかに目を見開いている。
この二人がこうなんだ。
他の連中なんて言わずもがなだろ?
……ああ、これ。
幻聴じゃないや。
全員同じもの聞いてるやつだ。
ならもう、いいや。
はえーでいいや。
どうせ今さらカッコつけても意味ない。
でも椰子泉さんや衿衣までもが揃ってはえーしてるんだから、
もうこれはどうしようもないということだ。
はえー一体感。
新しい。
「ええ、でスので大精霊様、お熱の方はどうか控えめに。あ、これ手土産の火の酒でス」
唯一はえーの渦に飲み込まれてなかったサンタフェさんが、普通に会話を始める。
この神秘の絶対存在に対して。
いやいやいや。
ちょっと待て。
今の、そういう感じで返すやつなのか?
『分かっておる。解っておるのうサンタフェ。妾の好物を持ってくるとは!』
地面の一部が、ぼこりと盛り上がる。
さっきまで流れていた溶岩が、形を持ち始める。
寄って、集まって、立ち上がる。
人型。
でも、サイズがおかしい。
柵の向こう、火口の縁から顔を出したそれは、軽く建物の二階くらいはある。
輪郭は曖昧で、揺らいでいる。
炎そのものが形を保っているみたいな。
目らしき場所が、ひときわ明るく光る。
口があるのかどうか分からないのに、声だけははっきり聞こえる。
「大精霊サマとあれば、それは大地の神と同義でスから。当然敬いまスよ」
サンタフェさん、落ち着きすぎだろ。
目の前にこれが出てきて、その対応?
いや、まあ、ツアコンだし?
……ツアコンって何だっけ。
俺は一歩だけ後ろに下がる。
いや、無意識に下がってた。
だって普通にデカいし、熱いし、怖いし。
でも、逃げるほどでもない。
その中途半端な距離感が、また気持ち悪い。
人智を超えてるわけだし。
知能指数を下げざるを得ない。
考えても無駄なやつだ、これ。
こういう畏れの感情を、人は抱く。
おおいなるものに対して敬して距離を置く。
それが普通なんだ。
地球と異世界とにかかわらず、そうなるのが当たり前なんだ。
見ろ。
あの好奇心ぶっちぎりの李野くんだって俺の後ろに隠れてるぞ。
だというのに。
モーリーって女は。
「大精霊様しゅきしゅき!!」
飛び出した。
火口に。
「あ待ってダメでス!」
サンタフェさんもまさか火口の大精霊様にだいしゅきホールド嚙まそうとするあんぽんたんがいるとは既知の外側。
俺たちだってモーリーの魔物愛の深さと思慮の浅さを甘く見積もってた。
だから動き出しが遅れてしまった。
「フリーハグ!!!」
そう叫んでモーリーは鎖越え火口ダイビング。
大惨事の瞬間待ったなし!
だが!
『これこれ幼な子よ。いくら妾が愛しうても、その身を捧げることもあるまいよ』
大精霊様が地面を叩くと、モーリーはトランポリンみたいに落下地点から跳ね上がり。
「ナイスでス大精霊サマ!」
モーリーは何がしかの魔法でふわりと浮かび上がったサンタフェさんの細い腕で抱き留められて、どうにか一命を取り留めた。
その時、李野くんに閃いた天啓!
「ならば私も!」
「「やめなさい」」
近くにいた垂須さんと俺とでサンドイッチ式事前制圧成功。
本当、この男は好奇心の歯止めが聞かない困った奴だ!
「離してくだされ市籠くん、垂須さん! 未知が! 崖の下には未知が待っておるのですぞ!」
「あのさあ李野くん。大精霊様、女性よ?」
「はっ!?」
「目を見て。ハキハキと。失礼の無い様にお話できるの?」
「……好奇心の迸りを止めて頂いて感謝ですぞ」
よし。
李野くんの制御の仕方を覚えたぞ。
なんて、傍から見たら茶番、本人たちには必死の一幕の向こうでは。
「大精霊様、モーリーを助けていただきありがとうございます!」
「あの咄嗟の機転、流石は神秘存在だな」
「私たちのような小さな命を大切にしていただけるなんて……」
褒められまくった大精霊様は有頂天!
なんかとんでもないサービス精神を発揮しちゃったぞ?
『折角なら妾の凄さを堪能して貰わんとの。よし、噴煙を月までぶつけてみるか』
「「「「やめてください」」」」
反射的に、全員の声が揃う。
いや無理。
それはさすがに無理。
スケールがおかしい。
月って言ったか今。
『随分と謙虚なことよな。愛い奴らじゃ』




