友情いいでスね! 2
ホテルは、外の荒涼とした景色に反して、妙に近代的だった。
大理石ならぬ何やら御影石っぽい光沢を持った白い壁。
やたら広いエントランスの中央には意匠を凝らした噴水。
ダブル・ステアケースの階段。
有名建築家が手掛けたデザイナーズマンションとか、そんな内装。
中に入ると、ひんやりしている。
ああ、ここは「安全地帯」なんだなって、嫌でも分かる。
噴水の水瓶を抱えている彫刻は転生の女神様だしね。
ビジュアル的にも超安心。
外に出たら死ぬ可能性があります、っていう前提のある安全地帯。
ゲームで言うとセーブポイント。
たぶんここで油断すると、次のエリアで死ぬ。
死んだらノーペナで女神像の前での復活を希う所存。
「生き返るぜぇ」
「外気温37度の湿度15%なんて、日程先延べしても作業中断案件だ」
「こう暑いとドライなエールよりもスパークリングなワイン行きたくなるね」
「「いいねぇ!」」
目覚めたと思ったらこれだ。
この飲兵衛どもめ。
「挑戦者24名確認できました!」
「了解!」
スタッフたちはあくせく働いている。
同行してる顔を知ってる奴らの片方は働いてて片方はバカンス満喫。
それを意識しちゃうとどうにもこうにも居心地が悪い。
「落ち着きませんか、市籠さん」
どっしりと落ち着いた男が、俺に話しかけて来た。
意外なことに、今の彼の目に爬虫類の様な乾きが感じられない。
人間の温度と湿度を持った眼をしていた。
閑君正尚総合プロデューサー。
言葉を交わすのは一次予選後の圧迫面接以来になる。
なんで今、声をかけてきたのかな?
「ええまあ。 なんか俺たちだけくつろいじゃって悪いなと」
「こう、考えてください。私どもスタッフは撮影にてはあなた方挑戦者を素材として消費する。旅程にてはあなた方ツーリストを客人としてもてなす、と」
その言葉には、閑君の真摯な想いが宿っていた。
と同時に、明確な線引きと役割も呈示されていた。
だが、俺が最も気になった点は……
「『素材』って、俺だけを指す言葉じゃなかったんですね」
「テレビマンから見た被写体は、老若男女、器物生物自然に世界を問わず、須らく『素材』なのですよ」
瞳の色を変えることなく。
感情の揺らぎを一切見せることなく。
閑君はそう、口にした。
「人として撮らなければ良い画になりません。そしてまた。人として接してしまっても良い画にはなりません」
「乾いた眼差しですね」
「ええ。私は常に、それを心がけております」
なるほどな。
閑君のあの目は天然ものではなく、職業ものだったと。
……なんかこのおじさんに、ちょっと興味が出て来たぞ。
オランシェで見せた黄石への怒りも気になるし、ちょっと会話を続けて……
「皆さま注目お願いします」
チーフスタッフさんが手を打ち鳴らしたので、編成トップとの談話はこれにて終了。
閑君も一礼して撮影機材の搬入作業に戻って行った。
「こちらツアーコンダクターのサンタフェさん。皆さまのフリータイムのサポート役として、準々決勝までの間同行してもらうことになりますので、よろしくお願いします」
前に出てきたのは、クリーム色のつやつや髪に北欧系美女顔のお嬢さん。
緑と茶色のチロリアン的民族衣装に身を包み、頭には大きな羽根帽子。
肩にはウルティモの腕章をつけ、手には「イセカイツーリズム」の小さな旗。
あんまりボディにメリハリは無い。
「ドモです、サンタフェといいまス。皆さまの旅が楽しくなる様、一所懸命サポートしまスので、異世界での生活はドーンと頼ってくだサい」
……なんだろう。
違和感が、先に来た。
声は柔らかい。
仕草も丁寧。
服装はこの世界の民族衣装ってやつで、色も綺麗だし、よく似合ってる。
なのに。
あれ?
既視感が拭えない。
それに伴う違和感も。
「あ、ワタシ翻訳の指輪なしでお話してまス。もし意思疎通で不便に感じたら指輪をつけてご対応しまスので、遠慮なくそうおっしゃってくだサい」
さらっとすごいこと言ってるけど、それよりも。
やっぱりこの人知ってる。
でも、なんで?
俺、異世界に知り合いなんていないけど。
「おい……」
後ろから小声。
「私あの顔知ってる」
「……会ったことあると思うんだけど…」
「え、俺だけじゃないのかよ」
ざわっと、空気が揺れる。
誰もが「なんか見たことある」を共有してる顔。
テレビで見たタレントとか、駅のポスターとか、そういうレベルの既視感。
でも思い出せない。
こういうとき、人間って妙にイライラする。
「あのー。ワタシでスね、二年前に『転生の女神様そっくりさんグランプリ』で優勝シてまシて」
……いや、グランプリって何だよ。
「「「ああー」」」
みんな、噴水の女神像と見比べて納得。
輪郭とか鼻筋とかそのまんま。
いや、そりゃ優勝するわ。
むしろ他に誰が勝つんだって話だ。
即、解決。
でも、色艶あって表情変わる分、サンタフェさんの方が美人度高い。
神聖さはないけれど。
理由が分かると、人間って途端に雑になる。
さっきまでなんで知ってるんだって思ってたのに、
ああ、そういうことねで片付けてしまう。
たぶん、こういうのも慣れなんだろう。
異世界にも、ちゃんと現実的な理由がある、みたいな。
「信心深い現地のツアー客サンからは拝まれたりもシちゃいまス」
そこでぱちっとウインク。
あざとい。
こういう表情すると美人がカワイイにモードチェンジする。
なんて人がましい女神さまなことか。
もう一回言う。
あざとい。
「で、早速でスが、ミニツアー催行しまス。【大精霊の火口】、ワタシがご案内です」
大精霊の火口。
名前からして、いかにも重要そうだ。
ステックソンの気温の五割を握ってる、ってさっき誰かが言ってた気がする。
半分。
つまり、あそこがどうにかなったら、この土地も終わる。
……いや、そういうスケールの話を観光に組み込むなよ。
怖いな、近寄らんとこ。
そう身を引きかけた矢先。
袖を、くいこくいこと引かれた。
「市籠くん」
李野くんだ。
顔色はいつも通り悪いけど、目だけ妙に爛々としている。
ああ、これ、完全に「見つけた」顔だ。
「行きましょう。これは面白い。ものすごい発見の匂いがしますぞ」
ですよね。
君ならそういうと思ってた。
でもなー。
直感的には怖さが勝ってるし。
なんてったって肺に砂塵吸い込んだら死ねるし。
ただなー。
逃げないって誓ったわけだし。
李野くんにヒッポカンポス乗馬体験を誘われたから、今の俺があるわけだし。
うーーーーん。
「了解。俺も参加するわ」
「市籠くんなら付き合ってくれると思っておりましたぞ!」
李野くんのはしゃぎ様を見てふと思う。
最近やっと分かってきた。
この男、探索モード入ると積極的なのに、それ以外は妙に引っ込み思案だ。
かなりの人見知り。
しかも女性が怖いのか過剰に意識しちゃうのか。
ハナさんとか双滝さんが近くにいると、反射的に俺の後ろに回るし、
自分から話を振ることなんて一度もなかった。
ただ女子が立ち去るまでやり過ごすのみ。
大渓さんたちとも、あんまり噛み合ってない。
女子と違って挨拶くらいできるけど、交わろうとはしない。
なんでも酒が飲めないとか酒席が楽しくないとか。
まあ、選りすぐられた飲兵衛どもと肌が合わんのは理解できる。
俺も毎度は同行したいとは思わないしな。
でも李野くん、一度観察者スイッチが入ると、止まらない。
ヒッポカンポスのときもそうだった。
あれはもう、完全に別の生き物だった。
クイズ作家っていうより、探検家。
いや、標本集めてる人か。
で、話せるのがソサエティーメンバーか俺しかいなくて。
ソサメンはツアー参加なんかしないで特訓してるので。
まあ、俺の袖を引くしかないってこと。
「夕食後フロントに集合でス。夜の火口は神秘的で素敵でスよ」
サンタフェさんが、にこっと笑う。
そのまま、軽くウインク。
……あざとい。




