友情いいでスね! 1
スライムまみれの夜を抜けた翌朝、俺たちは何事もなかったみたいな顔で、またエアバスに押し込まれていた。
ほんと、この番組、リセットボタンが軽すぎる。
昨夜あれだけの騒ぎをやっておいて、朝には「はい次のステージです」って、ファミコンのステージセレクトじゃないんだから。
それから数時間。
機内の空気は、妙に静かだった。
誰もがそれなりに疲れていて、それなりに慣れてきて、それなりに壊れ始めている。
そういう顔をしてる。俺もたぶん、その中の一人だ。
なおオヤジ共は昨晩も飲み明かして今は眠りこけてるので例外とする。
さて、機体が緩やかに前傾姿勢になった頃。
窓の外に、見慣れない色の大地が見えてきた。
砂、というより、粉末。
風に吹かれているというより、空気そのものが擦れている感じ。
アナウンスが入る。
「まもなく、ステックソン島空港に到着いたします」
……ステックソン。
いかにも強そうな名前だなと思った瞬間、続きが来た。
「本日は穏やかな天候のため、観光には最適な日差しとなっております」
観光、ね。
どうせまた、何かしらの地雷が埋まってるんだろうと思っていると――
「なお、天候が荒れた場合は、必ずマスクを着用してください。外気を吸引すると危険です」
ん?
「現地では、強風時における粉塵により、呼吸器への深刻なダメージが確認されています」
んんん!?
「最悪の場合、肺が損傷し――」
いやいやいや。
「焼けるような症状を引き起こし、死に至る可能性があります」
――は?
頭の中で一回巻き戻した。
もう一回。
リピートアフタミー。
肺が。
焼けて。
死ぬ。
……は?
は? は? は?
ちょっとマジありえないんですけど。
俺は思わず、窓の外を二度見した。
あの粉っぽい地面、全部それってこと?
つまり外に出たら、うっかり深呼吸しただけでゲームオーバー?
なんだそれ、理不尽クイズにも程があるだろ。
『次の問題です。吸ったら死にます。さてどうする?』
答え:参加しない。
――っていう選択肢、たぶんないんだよな、これ。
ナリタレアでエアバスに乗っちゃった以上。
「市籠君はシムーンって知ってるかしら」
横から、すっと声が差し込まれた。
振り向くと、通路を隔てて椰子泉雪花女史。
転移門ペーパークイズ・第一位様だ。
相変わらず、姿勢がいい。
シックでそれでいてタイトなスーツに縁の鋭角なオシャレ眼鏡。
キビキビというのは、きっと彼女の為にある擬態語。
女史というのは、きっと彼女の為にある尊敬語。
「聞いたことないですね」
「中近東地域の砂漠で発生する砂嵐なんだけど、湿度が10%を切って、気温も60度近くなって」
「はい」
はい、って返しながら、内心では「その時点で無理です」と思っている。
「やっぱり死ぬわ。肺が焼けて」
「ええ?」
さらっと言うな。
「つまり、地球上でも似たような気象条件はあるってことよ」
なるほど。
大変勉強になりました。
俺は今後一生、中近東地域の砂漠には行きません。
決定事項です。
――っていうか。
「いや、それ慰めになってます?」
「別段慰める意図なんてないわ? 単に似たような経験思い出したからちょっと話したくなっただけ」
「経験とな!?」
「学生時代に旅行でね。安宿からシムーンを見たわ。マスクとゴーグル付きで」
「はえー」
この女、単にバリキャリなオフィスレディーじゃなかった!
なんか人生経験もいろいろ積んでそうだぞ?
それに比べてこの俺の小さいことよ……
と、沈みかける気持ちを抑え込みつつ。
俺はシートに背中を預けて、天井を見上げた。
クイズ番組のはずなのに、だんだん生存ゲームの説明を聞かされてる気分になる。
いや、最初からそうだったか。
ドームで二万四千人が振り落とされて、成田で友達が消えて、空の上でまた人数が削られて、ピンクスライムに19人が飲み込まれて。
それで今度は、「吸うな、死ぬぞ」って。
……ほんと、どこまで行くんだろうな、これ。
「天馬くん! 見て見て!」
反対側から、ぺたっと腕を掴まれる。
ハナさんだ。
いつもの事ながら距離が近い。近すぎる。
「外、すっごいねー! 粉みたい! きゃー、なんかお菓子みたいだね!」
「食べたらたぶん死ぬやつだよ、それ」
「えー、やだやだ! でも楽しそうだよねー!」
楽しそう、ね。
肺が焼ける観光地を見て「楽しそう」って言える人、たぶんこの人くらいだと思う。
でも、その顔は本気だ。
目だけ妙にきらきらしてる。
なんかあれ食べる想像してか、口許もぐもぐさせてるし。
怖いもの見たさ、ってやつか。
いや、違うな。
この人の場合、怖いと面白いが同じ箱に入ってる。
だから強いのかもしれない。
強いというより無敵。
俺はもう一度、窓の外を見た。
粉の大地。
その向こうで、空気が揺れている。
見えない何かが、常に動いてる感じ。
あれが吹き荒れたら、その只中にいたら。
たぶん本当に終わるんだろう。
人生ゲームオーバー、ってやつだ。
でも。
――降りるんだよな、ここに。
逃げないって、誓ったしな。
言っただけで、まだ全然、腹は決まってないけど。
それでもなんとか今のところ。
厳しくも苦しくも、誓いは守れてる。
「……まあ」
誰に言うでもなく、口が動く。
「マスク忘れたら、その時点で不正解ってことか」
クイズにするなら、そういう問題だ。
単純で、残酷で、答えは一つ。
そう考えると、少しだけ現実味が戻ってくる。
全部が意味不明な災害じゃなくて、「ルールのある試験」になる。
……いや、だいぶ無理やりだけど。
機体がゆっくりと高度を下げ始める。
ステックソン。
穏やかな日は、リゾート。
荒れた日は、即死。
ここでもまた、誰かが落ちる。
そして、その中に俺が入る可能性も、普通にある。
まあいいんだけど。
でも。
勝てるなら、勝ちたいかな。
あと。
穂積がなんか悪い意味で黄石に目をつけられてるのも、気になるかな。
あと。
衿衣ともう少し、話せるようになりたいかな。
カンポス氏による海上ジェットコースター同席以降、何かすれ違ってばっかだからな。
あと……
「着陸姿勢に入ります。腰のベルトをしっかりと締め……」




