第二BF:オランシェ 1
朝の光は、やけに素直だった。
空は抜けるみたいに青くて、雲は絵に描いたみたいに薄い。
海は相変わらず乳白色。二つの太陽がそれぞれ勝手な角度から照らしてるせいで、水面が妙に落ち着かない色をしている。
ピンクの砂浜は、昨日よりもさらにピンクに見えた。気のせいかもしれないけど、夜のあいだに誰かが絵の具でも足したんじゃないかってくらい、鮮やかだ。
で。
その砂浜の端っこに、見慣れない影がある。
蘇鉄に似てる。
似てるけど、なんか違う。
葉っぱが妙に分厚くて、風もないのにわずかに揺れている。
根元は砂に埋まってるのに、昨日までは確実になかった場所に生えてる。
……いや、生えてるっていうより、立ってるっていう感じだ。
夜のうちに移動してきたのかな、たぶん。
魔物オタが「この子」呼ばわりしたってことは魔物の一種なんだろうし。
で、そのすぐ手前。
例のプール。
プールとは呼ばれてるけど、大きさとしては民宿の風呂サイズ。
それが縁だけを地上に覗かせて二つ並んでる。
ビニールシートが覆っているせいでプールの中身は見れない。
だが、よく観察すると。
ビニールシートは風が無いときもガサガサもぞもぞ。
落ち着かない感じで波立っている。
居やがるな、中に。
例の捕獲班が持ち帰った不思議生物が。
「さー諸君! 今回のスライムちゃんは特別だぞぅ!」
背後から、やたら通る声。
振り向くと、いた。
黄石。
今日はいつにも増して、気合いが入ってる。
髪はきっちりオールバック。
しかもポマードか何かで固めてるのか、朝日を受けててらてら光ってる。
遠目だと、ちょっとした鏡面仕上げだ。
で、スーツ。
黒地に銀ラメ。
しかも縁取りまで銀。
……なんだろうな。
結婚式の司会と、ディスコのマスターを足して二で割らなかった感じ。
とにかく、目に痛い。
でも本人は完全にご満悦だ。
似合ってるかどうかは、まあ、似合ってるというか。
服のギラギラに負けないテカテカな笑顔のこいつにしか着こなせないというか。
説明は昨日と同じテンションで続く。
「ここオランシェの砂浜を、たっぷりの水と混ぜて含んでもらった! 世にも珍しいピンクスライムの誕生だ!」
黄石が両手を広げるのと同時に、スタッフがシートを外した。
うねうね。
もぞもぞ。
じゅるじゅる。
動かなければミルクと混ぜる寒天系おやつに見えるのにな。
それが生物的に動くからおぞましい。
朝イチで見るには、だいぶ重い。
俺は思わず目を逸らす。
で、周りのリアクションを伺った。
「待ってちょっと待って」
「おげー」
「これは無理だわ。うん無理」
「にしし」
最後のちょっと猫目の女の子。
白山って言ったか?
お前はスライムじゃなくてスライムに慄く周りの挑戦者たちを見て笑ってるな?
ほう。
サイドが切れ上がった真っ赤なワンピタイプの水着ですか。
……あ。
目が合っちゃった。
「やだもー市籠さんったら視線が露骨ぅー」
わざとらしくまいっちんぐポーズを決める白山さん。
や、俺。
そういう性的な意図を持って見たわけじゃないんだけどね。
スライムプールにドボンするかも知れないクイズを水着で迎え撃つとか、ルール分かってる子だなって感心しただけだから。
ほら、俺普通の旅装だし。
だが。
「…………」
こっちに向かって歩いてたと思しき衿衣がふいっと方向転換して。
なんか肩を落として。
群衆の向こうに行っちゃった。
「あ、ちが――」
「にしし」
俺の困った様子を見て白山さんはご満悦の八重歯を覗かせた。
畜生。
この子は危険だ。
小悪魔だ。
人が困ってる所を見ては喜ぶ黄石の同類だ。
たぶん。
「ちょっと、着替えたいんだけど」
後さんがスタッフに声をかけてる。
町工場の社長、実は旅装がフォーマル寄り。
夏服ブレザー上下に中折れ帽にボウタイ。
ちょっと上の世代ってそうだよな。
旅行ってカチッとした格好でするものだという常識があるというか。
うちのオヤジもそのタイプ。
そりゃその恰好でスライムドボンは嫌だよな。
「すみません、服装は固定でお願いします」
スタッフ即答。
笑顔。
逃げ道ゼロ。
「これ高い靴なんだけどな」
後さん、黒の皮靴でビーチをひと蹴り。
確かに、仕立ては良さそうだった。
「「ドンマイ」」
周りから、妙に揃った声。
誰だ今の。
後さんは一瞬だけ天を仰いで、それから肩をすくめた。
「経費で落とすか…… いやそりゃ社員に申し訳が立たねえか」
「まあ、靴脱いで走りなよ」
「靴と眼鏡と上着は問題聞いてから脱いでも許される風潮ある」
「そうするしかねぇな」
ぶつぶつ言ってる。
リアルだ。
経費とか。
やって良いことと悪いことの線引きとか。
この人、ちゃんと経営者やってる。
そういうの、ちょっとだけ眩しい。
視線をずらす。
クイ研の連中がいる。
相変わらず、整然としてる。
円陣みたいに固まって、その中心に―― キング。
荒火徹童。
朝日を受けても、あいつだけ色味が違う。
あいつの「場」を持っている。
黒い革装束は今日も変わらない。
靴だって後さんの革靴と比べても遜色なさそうな高級品。
あれでスライムプールに飛び込むんだから覚悟が違う。
や、覚悟の方向性間違ってるけど。
それともあれか。
こんなところで誤答などしないという自信の顕れか。
で、奴の周りを当然ソサエティーのメンバーが取り囲んでる。
その輪の中に、一人。
見慣れた背中。
穂積。
……ああ、そっち行ったか。
俺の眉が不随意にひく付いた。
キングの周り。
あそこ、完全に強い側の席だ。
クイズという競技に勝ちに来てる側だ。
合理的に考えれば、そりゃそうだろう。
勝つためなら、強いところに寄る。
……違うか。
旅行気分の浮ついた奴ら――「敵」との交わりを断つ。
そっちがメインだろう。
選手としての集中力を乱さぬ為に。
戦士としての純度を落とさぬ為に。
当たり前だ。
穂積はそういう奴だ。
就活もしないでクイズで食っていく。
そんなアホみたいなことをマジで言い切る奴だ。
分かってる。
分かってるけど。
……キングはライバルじゃなかったのかよ。
……傍目にはお前、キングの配下だぜ?
心の中でだけ、突っ込む。
声には出さない。
出したところで、どうにもならないし。
あいつはもう、俺を「市籠」って呼ぶやつだ。
友達枠じゃない。
たぶん、あっちから見たら俺は、まだスタートラインにすら立ってない。
で、そのスタートラインが、たぶん今あそこにある。
○と✕の扉の向こうに。
「スライムちゃん!」
どこからともなく、甲高い声。
振り返るまでもない。
が。
またなにかやらかすのか気になって、やっぱり振り返った。
視線の先、スタッフに連行されてきた問題児。
魔物オタ・毛利井が、正座の姿勢からバネみたいに跳ね上がってた。
が、次の瞬間には左右から伸びたスタッフの腕にがっちり捕まえられて、
そのまま砂浜に押し戻される。
見事な連携プレーだ。
もう慣れてるな、あの二人。
毛利井はじたばたしてるけど、まあ、誰も助けようとはしない。
というか、その毛利井の滑稽さを傍目に楽しんでる節すらある。
仕方ないね。
自業自得。
反省してる顔、全然してないし。
「で、このスライムちゃんにはある特性があることが分かった! そこのスタッフ、腕突っ込んで」
「うぇえ…… はい」
指名されたのは、昨日まで正座してた捕獲班のリーダー。
顔が完全に引きつってる。
でも、逃げ場はない。
恐る恐る、腕を―― ずぶり。
「ひぃい!」
すぐ引っこ抜いたその腕。
……見事に、ピンク。
肘のあたりまで、べったり染まってる。
絵の具でも塗ったみたいに、均一で、無駄に鮮やかだ。
「これねー、なんと洗っても落ちないんだよ」
「「「うぇえ!?」」」
反応が揃ってきたな、みんな。
うち一人は俺。
ちょっとした一体感すらある。
「これを綺麗にする方法はただ一つ! お腹の空いたスライムちゃんにカラーを吸い取ってもらうこと」
「「「うぇえ!?」」」
さっきより一段ボリュームが上がった。
うち一人は俺。
慣れてきた証拠だ。
良いのか悪いのかは知らないけど。
こういう一体感、意外と楽しいことがわかった。
思い返せばハリキリドームの一次予選。
このノリを求めてたような気もする。
「僕らスタッフは優しいからね。適温のクリーンスライム風呂を用意しといたぞ!」
黄石、完全にノってる。
てらてらしてる。
こっちの困惑と恐怖をもぐもぐ頬張ってやがる。
「はい。もう挑戦者のみんなも分かってるな? 第二バトルフィールドはここオランシェビーチでの、スライムまるぺけクイズだ」
あ、そう言えばまだクイズ説明してなかったわ。
「ここに問題が入った封筒が43枚吊るしてある。名前を呼ばれた挑戦者は、この封筒を一部選んで持ってきなさい。中に入っているのがあなたに対する問題だ」
なるほど。
こういう工夫もあるのか。




