第二BF:オランシェ 2
「さあ、スタッフがマルペケゲートを持ってきたぞ」
スタッフが六人がかりで運んできたのは、単管を上手い事つないだ二つの枠。
ちょっと大きめの玄関サイズ。
彼等はそれを並んだスライムプールの手前に設置すると、
シームレスにペグ打ちして。
別のスタッフが持ってきた扉サイズの二枚の発泡スチロール板を立て。
枠にピッタリと嵌め込んだ。
赤字で大きく描かれた○の壁。
赤字で大きく描かれた×の壁。
「諸君らは問題を聞いてから10秒以内に、マルかペケを選んであのゲートに飛び込んでもらう。正解ならスタッフがスライムプールに被せたウレタンマットに優しく受け止めて貰えるが。もし不正解なら……」
黄石はたっぷり間を持たせると。
「どぼーーーん」
仰向けに掌を開くゼスチャーと共に、擬音のみを口にした。
今日一の清々しい笑顔で。
「一問正解勝ち抜け、誤答タイムアップは失格。勝ち抜けるのは24名。次の目的地は勇者降臨の地、ステックソン島だ」
「「「「おおーーーっ!」」」」
「じゃ、最初に挑戦したい、勇気のあるヤツは誰だ!!」
「はい!」
「拙僧が!」
「やります!」
三方向から、ほぼ同時に手が上がる。
これが開戦の狼煙だ。
俺?
俺はもちろん手なんて上げないよ。
その他大勢の位置に陣取ってまずは観戦モード。
「おっほー、三人もの無謀な若者が……、と。あれーー? なんだか見覚えのあるヤツがいるなぁ……」
黄石がわざとらしく目を細める。
視線の先。
眼鏡で、色黒で、彫りの深めな顔で、妙に姿勢のいい男。
……知らない人だな?
「二度目の挑戦になるねぇ垂須くん」
「前の時はスライムに色なんてついてませんでしたけど」
「ウルティモは常に進化し続けるのさ」
二度目の挑戦?
なんか因縁背負ってる感じの溌溂社会人だけど……
やっぱ、全然知らないわ。
言い訳じゃないけどたった一昼夜で挑戦者50人全員は覚えられないよね。
「なんだか精悍になったなぁ。いっぱしの社会人の顔してるぞ」
「揉まれました」
短い返答。
でも、妙に説得力がある。
たぶん、どっかの会社で普通に働いてる人なんだろう。
現場に放り込まれて、毎日なにかしら削られて、それでも折れずに立ってる感じ。
クイ研の連中とは、ちょっと種類の違う熱がある。
「よし、じゃあキミからだ」
「ぅえーーー」
社会人さんの横で変な声が上がる。
ああ、やっぱり坊主だ。
どうしても一番最初に飛び込みたかったんだな。
「似非坊主、やかましい」
黄石がぴしゃりと切る。
「さあ、何番を持ってくる?」
「9番。乗り越えます。 ……一歩でも前へ!」
さらっと言ったけど、なんかそれっぽい。
企業のポスターに書いてありそうなやつ。
でも、嫌味がないのは、たぶん本気でそう思ってるからだ。
「あっはっは、そうだよなー。いーい選択だ」
で、なんで9番が乗り越えるで、いい選択なんですかね?
自分の知らないドラマ目の前で展開されても、なんか困るんですけど。
「いくぞ問題」
封筒の緒が切られ、問題が読み上げられる。
俺には、さっぱり分からなかった。
聞いたことあるような、ないような。
でも、垂須さんとやらは一度だけ頷くと、もう迷わない。
走り出した。
一直線に。
「迷い無くいったぞ、いったぞ、バツへ勢い良く……」
×の発泡スチロールの壁に、そのまま突っ込む。
べこっ、と軽い音。
その向こう側。
スライムプールの上に敷かれた、大きなマット。
勢い余って、前転。
一回転して、マットの上に着地。
「はい、おめでとう」
「っしゃーーーーーっ!!」
拳を突き上げて叫ぶ。
声がでかい。
なんなら裏返り気味でもある。
それなのに。
なんでかダサいとは思えなかった。
勝利。
到達。
歓喜。
ああいう瞬間って、たぶん抑えられない。
熱いな。
社会人にしては、って言い方も変だけど。
クイ研の連中に近い、競技者の温度。
さっきの「揉まれました」は、たぶんこういう形で出ている。
「じゃ、次はやかましい似非坊主だ」
「ナムサンポ!」
元気だな。
朝からフルスロットルだ。
「3番な」
「三番即ち南無三宝! 仏が選べと言っている!」
「あんまり宗教色強いとオンエアできないぞ?」
「拙僧の独断で決め申した!」
「現金なやっちゃなー!」
テンポがいい。
もう一種のコントだ。
「アクションスター系肉体派僧侶、羽合悟道! ヨロシク!」
こいつ、登場の度に名乗るつもりか?
情報量が多い。
「問題!」
読み上げの途中で、もう動いてる。
走ってる。
低い姿勢。
そこから……
「あちょーーーっ!」
なんと見事な跳び蹴り!
香港産の酔猿ではなくて、米国産の怪鳥を彷彿とさせる鋭いつま先!
崩れぬ体幹!
「あっはっは、なんだそのとび蹴りは、少林寺かーー?」
いやあれジークンの方……
「……でも、おめでとう!」
羽合は○のド真ん中をズバッと蹴りぬいて壁を突破。
そのままマットに転がり込む。
勝ち抜け。
なんだこれ。
宗教とアクション映画の融合か。
しっかり魅せられてしまった自分が腹立たしい。
「だははっ! キッス! チークキッスプリーズ!」
そしてまたレイのお姉さんに絡みついて困らせてる。
とにかくうるさくてとにかく目立つ。
どうにもこうにも無視できない存在感だ。
「よう、待たせたね。最後のキミは…… 炎鳥君か」
「はい」
残った一人。
ひょろっとした体格の、いかにも勉強できそうな顔。
ふむ。
炎鳥、ね。
あの赤門の、クイ研初代会長だとかいう。
白樫部長曰くのクイズ四天王の一角の。
四天王とか寺とゲーム以外で初めて聞いたわ。
「へーえ。国立最高偏差値の大学にもクイズ研究会出来たのか。じゃ、初代会長、恥かくなよ?」
「頑張ります!」
声は素直。
でも、肩に力が入りすぎてるのが遠目でも分かる。
「何番の札だい?」
「ナンバーワンの1番!」
「順番は三番目だけどな…… 問題!」
読み上げ。
さっきと同じ。
俺では分からない問題。
「きついな、この問題」
「明らかにハズレ設問だね」
挑戦者たちに走る同情的なざわめき。
「…………」
炎鳥君、固まる。
完全に止まってる。
「考えたってわかるわきゃねーべ!」
黄石が笑いながら煽る。
「…………」
まだ動かない。
額に滲む脂汗。
「ほら、カンで行け、カンで。確率二分の一だ、十分な勝率だろ?」
雑だな。
でも、間違ってない。
「ああいう問題が出ちゃうところが『ぐるり』だよね」
横から、大渓さん。
いつの間にか近くに来てた。
腕を組んで、半分楽しんでる顔。
「まあ、此処まできたら上出来だ」
後さんが頷く。
「なんせ二万四千分の四十三だからな」
塩湖さんも続く。
数字にすると、改めてえげつない。
「お、最高学府くんが決めたみたいだぞ」
視線が戻る。
炎鳥君、顔を歪めてる。
「わかんねー、わかんねー、やってらんねー!!」
さっきまでの丁寧な口調、どこ行った。
「言葉遣い乱れてんな」
「この珍問ならしょうがない」
外野は気楽だ。
俺も含めて。
「ひょろひょろ走って…… はい、どぼーーーん」
炎鳥が選んだのは×。
壁の向こう、マットはない。
そのまま、ピンクの中へ。
どぼん。
派手な音と一緒に、スライムが跳ねる。
周囲から笑いと悲鳴。
本人は、完全に埋まってる。
数秒して、もぞっと動いて。
顔を出す。
全身、ピンク。
もやしみたいな体が、見事に染まってる。
うわー。
うわー。
「あはははーー、やー。男っぷりが上がったね、ピンクに塗れてワイルドになった!」
黄石、大喜びだ。
「あーなるのか……」
誰かがぼそっと言う。
おそらくは自分がどぼんしてしまうのを想像して。
まあ、そうなる。
俺だって問題の引きが悪ければそうなる。
「今年初ドボン! どうだい、スライムの味は?」
炎鳥君、顔をしかめて。
「……しょっぱい」
妙に真面目に答えた。
「あはは、そりゃそーだ。だって海水に揉まれた砂浜がベースだもんな!じゃ、炎鳥君は敗者席へ」
スタッフが誘導する。
バケツ一杯の真水を顔にぶちまけられる。
ピンクの足跡が、砂浜に残る。
やたら目立つ。
消えないんだろうな、あれ。
少なくとも、しばらくは。
――で。
挑戦立候補の三人が終われば、ここから先は恐らく黄石の指名制。
ナリタレアのジャンケンの時みたいに。
あるいはブーブーゲートを潜らす順番みたいに。
どのみち、やがて。
避けようもなく。
順番は、回ってくる。
引く波は嘘みたいに穏やかに砂を洗って。
しゃあしゃあと小さく鳴っている。




