記号の少ない女 3
食堂に入ってきた六人は、空気を読まなかった。
いや、読めてないのか、読む気がないのか、その両方か。
「スライム捕獲チーム六名、帰還しました!」
やけに元気な声。
あ、こいつら現状把握してないな。
「え?なんで挑戦者集まってるんだ?」
「ホンにはこんな予定なかったよな」
「すごいよー本物のスライム!」
軽い。
軽すぎる。
さっきまでの「行方不明者」の空気と、まるで繋がってない。
格好もバラバラだ。
つなぎ、長靴、泥汚れ。
ヘルメット被ってるやつまでいる。
ロゴTシャツじゃないだけで、急に現場の匂いがする。
「しっかりプールに仕込めましたよ」
「いやーもう、スライムぷるっぷるで楽しかった!」
最後の女さぁ。
……いやほんと、空気読め。
「D」
閑君の声が、低く落ちる。
「はい」
「捕獲チームは五名だったはずですね?」
「はい」
即答。
あれ?
今戻って来たのって……六人?
リーダー除いての数?
「捕獲チームリーダー」
「はい」
「部下の名前を全て言いなさい」
一拍。
「やばっ!」
一番空気読んでなかった女の身体が、露骨に跳ねた。
分かりやすい。
「……俺と、あと――」
リーダーが詰まる。
空気が固まる。
「「モーリー!?」」
椰子泉さんと双滝さんが同時に叫ぶ。
その指先が、六人目の女に突き刺さる。
「あはは…… もしかしてこれ、私のせいな感じ?」
笑ってる。
いや、笑って誤魔化そうとしてる。
ちゃんと顔を見る。
……ああ。
これ、写真のやつだ。
毛利井。
お前か。
化粧してないと、ここまで印象変わるのか。
「犯罪で無かった点は、良かったと言えましょう」
閑君の質量を伴った睨みつけに毛利井は初手土下座。
その後の言い訳は、洪水だった。
でも、聞いてるうちにだんだん整理されてくる。
要するに――
奴は異世界が大好きで、異世界生物が好きすぎて、このぐるりに参加した。
スタッフが自らスライムを捕獲してくることを知った。
行きたい。
生息地。
掴みたい。
スライム。
だから奴は、こっそり捕獲スタッフに混じった。
リーダーにはしれっと、「補助要員でっす!」と嘘をついた。
化粧と髪型を変えて、挑戦者だってことを誤魔化して。
ホテルの清掃用具置き場からつなぎと長靴を拝借して――
ロビーで話を聞きつけてから三十分で、迷いなく、全部やった。
成しちゃって……
……通っちゃった。
頭おかしいだろ。
いや、褒めてない。
絶対褒めてない。
「わ、わだじわあああ! ずらいむぢゃんだちをぉ! ぷにぷにじだいがだめにぃ! びなざばにめいわぐをおがげじでじまいまじだぁああ! まごどに! まごどに! ごめんぢゃいでずぅうううう!! う゛みよりぶがぐばんぜいじでお゛りまずう゛ううぅぅ!」
最後はもう、崩壊してた。
涙も鼻水も涎も全部出てる。
声もぐちゃぐちゃ。
……汚い。
でも。
さっきまでの緊張が、全部どっかいった。
怒るに怒れない。
なんかもう、いいや、って空気が広がる。
そのタイミングで。
「かいさーん!」
黄石。
やけくそみたいな明るさ。
雑だな、ほんと。
でも、この場にはちょうどいい。
閑君は警察に頭を下げ続けてる。
あっちはあっちで大変そうだ。
挑戦者たちは、なんとなく解散。
さっきまでの「出るな」は、いつの間にか消えてる。
……なんだったんだよ、あれ。
「うちのモーリーがご迷惑をおかけしました」
「よく言ってきかせますので」
なぜか出口で椰子泉さんと双滝さんがぺこぺこしている。
かわいそう。
コテージに戻る途中、波の音が、やけに軽く聞こえた。
さっきまで、あんなに重かったのに。
「流石にこれで朝一でクイズってことはないだろ」
「もー0時回ってるよ」
「しっかし酔いが醒めちまったな」
「二回戦行っとくか」
「「異議なし」」
さ、寝るか。
「同じ肩透かしを味わった同士だ。逃げんなよ市籠」
逃げると申したか。
「度数の低い奴で」
――翌朝。
『私が責任者です』
と書かれたフリップボードを首から下げて正座している閑君と。
『管理体制の不備とその改善について』
と書かれたフリップボードを首から下げて正座している捕獲チームリーダと。
『反省するまでエサを与えないでください』
と書かれたフリップボードを首から下げて正座している毛利井がいた。
「よ、魔物オタ」
「おまえのせいで睡眠不足だよ魔物オタ」
「スライムの感触はどうだった魔物オタ」
「サイコーだった!」
「こいつ反省してないぞ! 吊るせ!」
「あのうごめくソテツの木でいいな?」
「あ、あの子の葉っぱにも興味ある」
「「「黙れ魔物オタ!」」」
「ごべん゛だざい゛!」
……回復、早いな。
でもまあ、このくらいでいいのかもしれない。
昨日のこと、ずっと引きずってたら、たぶん持たない。
「10時にホテルプライベートビーチに荷物を持って集合でーす!」
スタッフの声。
いつもの調子。
こういうのが業界のノリってやつなんだろう。
「荷物を持って、か」
「こりゃクイズだな」
「スライムか」
「間違いねえ。魔物オタが取ってきたやつ」
「あいつ、スライムプールに飛び込まないかな」
「むしろ喜んで飛び込むんじゃないですか?」
クイズの時間が、また始まる。
ゲームみたいなやつ。
……いや。
ほんとに、ゲームか?
さて、後日談にはなるけど。一応。
モーリー行方不明事件、ちゃっかりオンエアされてた。
号泣謝罪とか。
反省ボード正座とか。
さすが閑君。
これぞテレビ局。
褒めてないけど。




