記号の少ない女 1
メインディッシュをペヘポにして、ドリンクを特産の海苔ティーに、デザートをメヒシハンのツルルにした。
名前だけ聞くと、どれも罰ゲームみたいだ。
ペヘポは、見た目は白身魚っぽいのに、口に入れると妙に弾力があって、最後に少し甘い。海苔ティーは、文字通り海苔の匂いがするお茶で、飲んだ瞬間「違うだろ」って思うのに、二口目で慣れる。ツルルは、なんかこう、ゼリーと寒天の中間みたいなやつで、舌の上を逃げる感じがちょっと面白い。
未だにそれらが何なのか、よく分かってないけど、まあ、まずくはなかった。
ただ。
止めどなく出てくる唾液で、頬の奥がじんじんする。
どれのせいか分からないのが、ちょっと怖い。
隣では、後さんたちが景気よく酒をあおってる。
この世界にもいろんな種類の酒があるんだな。
とか思いながら見てたら、あっという間に何本も空けてた。
ペースがおかしい。
で。
コテージに戻った瞬間。
三人とも、バタンキュー。
ほんとに、漫画みたいに倒れた。
さっきまであんなに元気だったのに。
……大人ってすごいな。
いや、違うか。
単に飲みすぎか。
部屋の中は、ランプの明かりでぼんやり照らされてる。
外からは、波の音。
さっきまで自分がその上を走ってたと思うと、なんか変な感じだ。
火照った体を冷ましに夜の散歩にでも出ようか、と一瞬思う。
でも。
カンポス氏とのランデブーで、思った以上に体を使ってたらしい。
腕も脚も、じわっと重い。
普段使ってない筋肉が、休めと抗議してる感じ。
けだるさが、じわじわ全身に広がる。
……もういいか。
今日は、もう十分だろ。
そう思って、ランプに手を伸ばした。
その時。
ガンガン!
扉が揺れる。
強いノック。
「皆さんお揃いですか。スタッフです。開けてください」
声が、やけに硬い。
夕食のあたりから、なんかバタバタしてるなとは思ってた。
スタッフの動きが、少し慌ただしかった。
でも、特に説明もなかったし、まあそんなもんかって流してた。
「今開けます」
扉を開ける。
どこか見覚えのあるスタッフの顔。
あ、俺の回答ペーパー回収したやつだ。
でも。
なんか、目つきが違う。
さっきまでの「運営」って感じじゃない。
もっと、切羽詰まってる。
「失礼ですが、参加者ナンバーとお名前を名乗って頂き、パスポートを拝見させてください」
「え?」
思わず、間の抜けた声が出る。
思ってたより、事態が重そうだ。
「あ、99番、市籠天馬です。パスポートはこれで」
差し出す。
「確認しました」
手早くチェック。
用紙に印がつく。
「ゲリラクイズか!?」
背後で、布団が跳ねる。
大渓さんが起きた。
早い。
あと、何そのワード?
物騒すぎるだろ。
「いや、それはその……」
スタッフが少し言い淀む。
「そういえば何回か前に、夜中に全員叩き起こして、廊下でクイズさせたのがあったよな。枕投げる奴」
塩湖さんも起きてる。
この人たち、適応力高すぎないか。
「ひとまず、点呼とパスポート確認、先にお願いします」
スタッフが押し切る。
「ほら後さん、起きて起きて」
「ゲリラクイズか!」
だからそれ何なんだよ。
流行ってるのか。
「後さん、塩湖さん、大渓さん、市籠さん、確認!」
無線で報告。
そのまま、こっちに向き直る。
顔が。
さっきより、さらに硬い。
「緊急事態につき、運営側から解除のアナウンスがあるまで、ぜったいにお部屋から出ないでください」
言ってることが重い。
さっきまでの「楽しい旅行」の空気と、明らかに違う。
事故か。
事件か。
そんな単語が、頭の中に浮かぶ。
「何があった」
後さんが低い声で詰め寄る。
さっきまで寝てた人とは思えない圧。
「現時点ではなにもお伝えできません」
「俺たちに危険はないのか?」
「当方はあらゆる想定をしております」
「答えになってないぞ」
「それが答えです」
ぴしゃり。
「話す気なし、と」
「まあ、切羽詰まってる風だし、ここはさ、後さん」
「ふん」
「よろしいですか? 次のコテージに行かないといけませんので」
スタッフは、それだけ言って去っていく。
足早に。
扉が閉まる。
少しだけ、波の音が大きくなる。
「大渓、どうして止めたよ」
後さんが振り返る。
「問い詰めようと思えばできたろ」
「あれは緘口令敷かれてるね。聞くだけ無駄だし、足止めするのも多分問題だった」
大渓さんは、もう完全に覚醒してる。
頭の回転が早い。
「次のコテージに行くって言ってたからな。点呼を遅らせるのはよくない」
塩湖さんも冷静。
「何が起きたと思います?」
なんとなく、聞いてみる。
「まあ、事件だろうね。規模や被害は不明だけど」
即答。
迷いがない。
「部屋から出るなっていうことは、出たら何らかの危険があるのか?」
「だったらスタッフが一人じゃ動かないんじゃないのか?」
「そういえばスタッフの数、飯時に少なくなかったですか?」
自分で言いながら、少し引っかかる。
「ああ、そういえば……」
「若手が何人か、居なかったな」
空気が、少し重くなる。
最悪に近い想像が、頭をよぎる。
「ああ、彼等ならスライム捕獲に行ってるよ」
大渓さんが、あっさり言う。
「それか」
後さんが頷く。
「現地人じゃなくてスタッフが取ってるのか。過酷な現場だな」
スライム。
さすがに知ってる。
ぶよぶよして、うねうねして。
強さはピンキリ。
でも、こういうイベントで使うなら、たぶん安全なやつだ。
「そこで何かあったか?」
「なら挑戦者に点呼ってならないだろ」
「なにかあったのは挑戦者か」
沈黙。
誰も、続きを言わない。
コンコン。
再び、ノック。
今度は、さっきより落ち着いた音。
「スタッフです。食堂に集合をお願いします」
さっきとは別の声。
でも、少しだけ整理されてる。
「なにがあったか教えてくれるんだろうな」
後さんが言う。
「はい、仔細を明かす方向で決まりました」
「聞かせてくれ」
一拍。
その後。
「挑戦者から、行方不明者が出ました」
言葉が、部屋の空気を一段、重くする。
さっきまでの海の匂いが、急に遠くなる。
楽しかったはずの一日が、別のものに変わる音がした。




