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空前絶後! 第十一回! 異世界ぐるりウルティモクイズ!  作者: 袴田八峰
第二BF:オランシェ スライムプールへようこそ! 突撃マルペケクイズ

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笑顔 2


 ぶるるるるる!


 一瞬で景色が流れた。


 速い!


 涼しい!


 眩しい!


 怖い!


 なんだこれ!?


 ヒッポカンポス――カンポス氏の背中にしがみついたまま、俺はただ振り回されてるだけだ。


 なのに。

 めちゃくちゃ楽しい。


 海面。

 さっきまで遠くから眺めてた乳白色のそれが、今はすぐ下を流れてる。

 いや、流れてるっていうか―― 弾いてる。

 カンポス氏の尾が水を叩くたびに、波が割れて、白い筋が一直線に伸びる。

 水しぶきが両脇に広がって、まるで道を作ってるみたいだ。


 回転もない。

 捻りもない。

 ただ、まっすぐ走ってるだけ。

 それなのに。


 無茶苦茶たのしい!

 全力でアクセル踏んだゴーカートみたいだ!


 そうだよ。

 速いとか、怖いとか。

 そういうのって、楽しいことだったじゃないか。

 ハラハラドキドキって、

 本来、いいやつだったはずだ。

 なんで忘れてたんだろ。


 いつからだ。

 就活?

 大学受験?

 ……いや。

 もっと前な気がする。

 気づいたらそういうの全部、「無駄」みたいに処理してた。


 安全な方がいい。

 損しない方がいい。

 効率よく。

 失敗しないように。


 ……。


 まあいいや!

 今それ考えても、なんの得もない。

 むしろ邪魔だ。

 余計なこと考えてたら、この「楽しい」が逃げる。

 割合が減る。

 どうせなら、100%だろ!


「うおっ!?」


 カンポス氏が、急に首を上げた。


「ひひーーーーん!」


 初めて豚っぽくではなく馬っぽく嘶いて、そのまま。

 跳んだ。


「は!?」


 大ジャンプ。

 海面が一気に遠ざかる。

 空が近い。

 太陽の一つだけが、視界いっぱいに広がる。


 怖……


 下腹部が、すっと冷える。

 内臓が置いていかれる感じ。

 でも。


「あは」


 笑ってる。

 自分でも意味わかんないけど。


 ジャボン!


 着水。

 いや。

 着水っていうか、叩きつけ。


 水面にぶつかった瞬間、爆発みたいに水が跳ねる。

 凄い水量。

 ほんとに。

 俺が二人分くらい、上に持ち上げられてる感じ。


「うわっ、ぺっぺっぺ!」


 顔面直撃。

 しぶきとかいうレベルじゃない。

 水の塊。

 鼻にも、喉にも、目にも、耳にも、全部入ってくる。


 ひでえ!


「あはは」


 でも笑う。

 なんでだろうな?

 なんだっていいや!


「ぶひっ! ぶひっ!」


 カンポス氏、調子に乗ってる。

 さっきより明らかにテンション高い。


 で。


 うおっ、今度は――

 ギャロップ。

 水の上なのに、完全に走ってる。

 前脚で水面を叩いて、その反動で進む。

 

 リズムが変わる。

 ドン、ドン、ドンって。

 波を踏みつけながら進む感じ。


 サービスいいな、お前!


「あはははははは!」


 止まらない。


 何だこれ?

 なんも考えてないのに笑ってる。

 いや。

 考えてないから笑えてるのか。


 そういえば。

 最近、こんなふうに笑ったことなかったな。

 楽しいこと、なかったし。

 逃げないって決めたのはいいけど――


 ……って。

 また考えてる!

 もういいだろ、そういうの!


 今はこれだ!

 この時間だ!

 このスピードだ!

 この波だ!


 カンポス氏の背中が、しなる。

 尾が水を叩くたびに、波が砕けて、白い飛沫が空に舞う。


 風が顔を叩く。

 潮の匂いが強くなる。

 全部、ぐちゃぐちゃに混ざってる。


 でも、それがいい。


「もっとスピード出せるか!?」


 叫ぶ。


「ひひひん!」


 即答。


「いーい返事だ!」


 なんで通じてるのか、もうどうでもいい。

 異世界だし。

 そういうもんだろ。

 都合のいい不思議は、全部飲み込め。


 考えるな、感じろ。

 とか、そういうやつ。

 今ならちょっと分かる気がする。


 今の俺は。

 ただのスピードだ。

 波を切って、風を裂いて。

 何も背負ってない。

 ただ、前に進んでるだけだ。


 おや、ちらほらと水面に人影が見えるな。

 白く濁った海の上に、点々と影が浮かんでる。

 最初は岩か何かかと思ったけど、よく見ると動いてる。

 手が上がって、水が弾けて、また沈む。


 ああ、人か。

 だいぶビーチに近づいちゃったのかな。

 さっきまで、あんなに何もなかったのに。

 気づいたら、もう「遊泳エリア」って感じの空気になってる。


 波も、少しだけ穏やかになってるし、水しぶきの上がり方も、さっきとは違う。

 これじゃ、スピード出しすぎたら危険だな。

 さすがに、突っ込んでいったら洒落にならない。

 しょうがない。

 コース変えるか。


「カンポス氏、人混み、危険。わかるな?」


「ぶひひ」


 短く鳴いて、首を上下に振る。

 ……ほんとに分かってるっぽいな。

 かしこいなー。


「だからコースを、もっと外より――」


 言いかけて。


 視界の端で、何かが動いた。


 ばしゃばしゃと。

 浮き輪に体を通しながら、ぎこちなく水面を蹴ってるやつ。

 一生懸命、バタ足。

 白い水が、妙に細かく跳ねる。


 ビーチから、程よく離れた位置。

 人混みからは外れてる。

 ぽつんと一人。


 ……あれ。

 見覚えあるな。

 装備に。

 ワンピースの水着に、ゴーグルに、シュノーケル。

 浮き輪。

 で、たぶんどこかにラバーダックもある。


 間違いない。


「衿衣」


 名前を呼ぶ。

 カンポス氏のスピードが、少しだけ落ちる。

 水面を叩く音が、柔らかくなる。


「……何」


「何やってるの?」


「楽しんでる」


 眉間にしわを寄せて。

 衿衣はそう、口にした。


「俺も今、楽しんでるんだけどさ」


 カンポス氏の背中でバランス取りながら、声を投げる。


「見ればわかる」


 即答。

 相変わらず無駄がない。


 バタ足は止まらないまま。

 ばしゃ、ばしゃ、って、規則正しく水を蹴ってる。


「だいぶビーチから離れてるよ?」


 周りを見れば、人影はもうほとんどない。

 さっきまでちらほらあった浮き輪も、だいぶ遠くに小さくなってる。

 代わりに、波の質が変わってきてる。

 表面は穏やかに見えるのに、下から引っ張られる感じ。

 なんか、嫌な流れ。


「楽しみの邪魔」


 ぴしゃり。

 取り付く島なし。


 ……と思ったけど。


 よく見ると、呼吸がちょっと荒い。

 肩も、微妙に上下してる。

 衿衣はバタ足疲れの為か、ちょっと余裕なさそうだ。

 いや、いつも張りつめてて余裕あるタイプじゃないけど。

 今は、明らかに体力の方。

 足の動きが、ほんの少しだけ重い。


「少し休んだら」


 軽く言ってみる。


「離岸流に捕まる」


「えっ?」


 思わず声が裏返る。


 離岸流。

 聞いたことある。

 海水浴場の注意書きに書いてあるやつだ。

 沖に引っ張られるやつ。


 それって。

 かなりまずいんじゃないか。


 衿衣のバタ足は、止まらない。

 体はちゃんとビーチの方を向いてる。

 でも。

 位置は、じわじわとズレてる。

 気づかないレベルで、でも確実に。

 こっち側へ。

 沖の方へ。

 白い海の奥へ。


「だめじゃん」


 思わず声が出る。


「楽しんでるから大丈夫」


「だいじょばないじゃん」


 噛む。

 余裕ないのは、こっちもか。


「市籠はうるさい」


 ぴしゃり。


 あ。

 名前、知ってたのね。


 まあ、そりゃそうか。

 一応同じ通過者だし。

 ……それにしても、今それ言うタイミングか?


「なあ、カンポス氏」


「ひひん」


 横で、軽く鼻を鳴らす。

 状況、分かってる顔してる。


「衿衣、乗っけてもいい?」


「は?」


 即、反応。

 ぶるるん。

 カンポス氏が首を上下に振る。

 いける、って顔だ。


「そんなこと頼んでない」


 衿衣が睨む。

 でも、その間も足は動いてる。

 ばしゃ、ばしゃ。

 少しだけ弱くなってる。


「でも危ないよ、実際」


 正論っぽいことを言ってみる。

 あんまり得意じゃないやつ。


「……」


 返事がない。

 その代わり、呼吸の音が少し大きくなる。

 波が、足元で細かく崩れる。

 水面が、妙に静かだ。

 静かすぎて、逆に怖い。


「楽しいよ、馬に乗るの」


 軽く言う。

 実際、楽しかったし。

 爽快って言葉の意味、思い出せたし。


「……うー!」


 なんでか、威嚇された。

 すっごい睨まれてる。

 怖いけど、なんかぞくぞくする。

 声、小さいのに圧あるな。

 この小動物。


 でも。


 バタ足が、止まった。

 ほんの一瞬。


 で。


「ん」


 手が、伸びてくる。

 浮き輪の上から、こっちへ。

 迷いがある動き。

 でも、ちゃんと伸びてる。


 要救助者確保。


 カンポス氏に軽く合図。

 すっと、位置を合わせる。

 水面が揺れる。


「掴まれ」


 短く言う。

 衿衣の手が、手綱に触れる。

 次の瞬間。

 俺はぐいっと引っ張る。


「……!」


 体が、ふっと浮く。

 浮き輪ごと、少し持ち上がる。

 水が弾ける。

 で、すっぽり俺の胸の前に収まる。

 小さいことは良いことだ。


「ぶひっ」


 カンポス氏が、楽しそうに鳴く。

 こいつ、絶対分かってやってる。


 ゆっくり。

 でも確実に。

 カンポス小屋の方へ引いていく。


 波を割りながら。

 白い筋を残して。


「楽しんでやる」


 ぽつりと、衿衣が言う。

 息はまだ荒い。

 体は冷えている。

 でも、さっきより少しだけ余裕出て来た感じ。


 そうそう。

 その意気だ。


 せっかく異世界まで来て、

 バタ足だけで終わるのも、もったいないしな。


 で。

 衿衣の体温が戻ってきたあたりから。

 カンポス氏はサービス精神を発揮してしまいました。


「「きゃーーーーー!」」


 大ジャンプ!


「「うわーーーーー!」」


 大回転!


「「ひーーーーーー!」」


 大アクセル!


「思い出した」


 衿衣が重力加速度に頬を震わせながら呟いた。


「私は、ジェットコースターが好きだった」


 初めて見せた笑顔。

 肩の力が抜けた笑顔。

 年相応の、いや、外見相応の幼い笑顔。


 なんというか、その。


 たぶんしばらく忘れられない予感がする笑顔だった。



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