マジかよ 2
俺と穂積は、わりとよく揉めてた。
ほんとにどうでもいいことで。
昼飯どこ行くかとか、誰がボタン押したかとか、そんなレベル。
で、一日二日、口きかなくなる。
でも、大抵は翌日だ。
穂積のやつ、何事もなかったみたいな顔して、「おい、今日どうする?」とか、普通に話しかけてくる。
あれ、ずるいんだよな。
こっちがまだちょっと引きずってても、
あの調子で来られると、もう乗るしかなくなる。
大きめの喧嘩も、三回くらいあった。
あいつはヒーロー気質なやつだから。
俺一人だったら見て見ぬふりをする面倒ごとに自ら突っ込んでいって。
なんか俺まで巻き込まれて。
そういうの勘弁って言っても、あいつはやり遂げた顔をしてて。
ふざけんなよと。
巻き込むなよと。
そうやって背を向けるわけだが。
そのあとも、やっぱり穂積だった。
向こうから寄ってきて、「ちゃんと話そうぜ」って。
いやそこは「済まなかった」で切り出すとこだろって思いつつも。
真剣な表情で。
熱入れて理想を語ってくるから。
これに腹立ててる俺の方が間違ってる感じがしてきて。
で、結局折れて。
で、結局受け入れる。
リードするのは、いつもあいつ。
俺は、あいつが動くのを待って。
出された提案に、「まあ、それでいいか」って乗っかる。
楽してたな。
ほんと甘えてた。
相手がなんとかしてくれる前提で、こっちはずっと、後ろに立ってた。
だから今。
穂積が動かないと。
こうやって言葉もなく、並んで歩くだけになる。
ピンクの砂浜を外れて、少し固い地面に出る。
足音が、ようやく自分のものになる。
横には乳白色の海。
波が立ってるのかどうかも曖昧で、音だけがやけにくっきりしてる。
しゃあ、しゃあ、って。
開栓したての炭酸飲料みたいな音を立てて。
規則正しいくせに、落ち着かない。
空には太陽が二つ。
さっきより少し傾いて、光の角度が変わってる。
影が二重に伸びる。
俺と穂積、二人分の影が、それぞれ二本ずつ。
なんか、人数多いみたいで変な感じだ。
……沈黙。
隣にいるのに、遠い。
でも、意識は完全にこっちに向いてるのが分かる。
お互い、同じこと考えてる。
『どっちが先に口開くか』
みたいな。
いや、別に勝負じゃないんだけど。
でも、どっかそういう感じになってる。
さて。
今のこれは、喧嘩じゃない。
怒鳴り合ってもないし、何かをぶつけ合ったわけでもない。
相手の腹の内が見えなくて、探り合うための言葉も交わせなくて。
だから、前例がない。
いつもみたいに「仲直りの型」が使えない。
だったら、切り開くしかない。
……開き直るか。
「大事なことから言う」
口に出してから、ちょっとだけ心拍数が上がる。
穂積が横目でこっちを見る。
「今日は強いな」
軽く笑うでもなく、ただ事実を言うみたいに。
「ちょっと考えを改めた」
「どう改めたんだ」
「逃げない」
言い切る。
風が一瞬、強く吹く。
砂が少し舞って、足元をかすめる。
穂積は、少しだけ間を置いた。
「……ちょっとじゃないだろ、それ」
「ちょっとじゃないか」
「わりとお前の根っこだろ、逃げ癖」
ぐさっと来る。
「ぐは……そう見えてたか」
「まあな」
即答。
遠慮なし。
でも、それがいつものあいつの物腰で。
少しだけ、安心する。
でも、踏み込む。
ここで引いたら、たぶんまた同じことになる。
「本題いくぞ」
「……やめとこう」
は?
一瞬、意味が入ってこない。
「は?」
思わず声が出る。
「聞きたくない」
まっすぐ。
逃げてない顔で、穂積はそう言う。
「おま、ちょ、……え?」
なんか、間抜けな声になる。
展開が、想定と違う。
「これは俺のわがままなんだが」
「……おう」
さっきまで「逃げない」って言ってた手前、ここで黙るのも違う気がして、とりあえず返す。
「旅の間は、全てを保留にしておきたい」
風がまた吹く。
今度は、さっきより少しだけ冷たい。
「保留」
言葉をなぞる。
なんか、事務的な響き。
就活の通知みたいだ。
「話は戦いが終わってから聞く」
そこで、穂積が一歩だけ前に出る。
「ああ、つまりは」
ほんの少しだけ、距離ができる。
穂積の方が揺れる。
大きく息を吸ったのが分かる。
「お前は、敵だ」
足が止まる。
そのまま、海の音だけが大きくなる。
「ライバルではないんだ」
追い打ち。
でも、声は変わらない。
淡々としてる。
「ライバルとはキングや墨市たちのことを指す。
クイズに賭け、クイズに挑み。
クイズに笑い、クイズに泣く。
それがライバルだ」
言いながら、あいつの視線は前を向いたまま。
たぶん、もう決めてる。
こっちを見る必要がないくらい。
「俺じゃ満たせてないな。賭けてないし」
自分で言って、ちょっとだけ苦い。
事実だから、反論もできない。
「だから、敵だ」
「敵か」
「旅の間は」
「旅の間は」
会話、終了。
妙にあっさり。
でも、これ以上続けても、たぶん同じところを回るだけだ。
しばらくその場に立って、
結局、俺たちは別々の方向に歩き出した。
振り返らない。
振り返る理由もない。
やがて遠ざかる足音も聞こえなくなった。
風景だけが、やけに鮮やかに見える。
ピンクの砂。
白い海。
二つの太陽。
さっきまで「作り物っぽい」と思ってたのに、今は妙に現実感がある。
……すっきりはした。
少なくとも、逃げてはない。
そこは、自分でも分かる。
でもな。
「敵かよ」
思わず、こぼれ出る。
穂積がいなくなった方向に。
穂積がいなくなったから。
苦笑いが出る。
「マジかよ」
いや、分かるけど。
分かるけどさ。
それ、けっこう重いやつだろ。




