マジかよ 1
オランシェ。
ピンク色の砂浜。
最初にそれを見たとき、なんか、安っぽい観光ポスターみたいだなと思った。
雑誌の巻頭グラビアで無理やり色調いじったやつ。現実感ゼロ。
でも、靴底に伝わる感触はちゃんと砂で、しかもやけに細かい。
さらさらしてて、ちょっと気持ちいいのが腹立つ。
その先には、乳白色の海。
ミルクを薄めたみたいな色で、境目が曖昧で、どこまでが水でどこからが空気なのか、よくわからない。
で、空には太陽が二つ。
どっちも遠慮なくギラついてる。
片方だけでも十分うるさいのに、二倍にしてくるあたり、演出過多っていうか、やりすぎ感がある。
……まあ、嫌いじゃないけど。
空港からバスで九十分。
その間ずっと、窓の外は「現実っぽくない現実」が流れ続けてて、途中から考えるのをやめた。
どうせ説明されても納得できる気がしないし。
で、俺たちはそのオランシェビーチに着いて、
割り当てられたコテージに雪崩れ込んだ。
今日は丸一日、自由時間。
夕食の点呼まで、何してもいいらしい。
自己責任で。
この「自己責任」って言葉、やたら強調されてたけど、
要するに「何かあっても知らないからな」ってことだろう。
就活の会社説明会でも似たようなこと言われた気がする。
あっちはもっと丁寧な言い方だったけど、中身は同じだ。
まあ、街には日本人も多いらしいし、言葉もどうにかなるらしい。
金を払えば、異世界の言葉がわかる指輪まで貸してくれるとか。
ほんと、なんでもアリだな、この異世界。
コテージは四人部屋。
俺と、大渓さんと、後さんと、塩湖さん。
扉を開けた瞬間、なんかもう「合宿の延長」みたいな空気で、
ちょっとだけ胃が重くなる。
「俺たちは街まで飲みにでるけどどうする?」
後さんが、いつもの調子で軽く言う。
「私はビーチで遊んでくるよ」
大渓さんは即答。
迷いがない。
「若いな」
「今更姉ちゃんたちの水着って歳でもないだろうに」
「せっかくだしサーフィンやろうかなと」
「お前若い頃は遊んでたな?」
「ディスコと波打ち際で過ごしてたな」
……マジか。
なんかもう、話のスケールが違う。
こっちはせいぜいレンタルビデオ屋で夜更かししてた程度なんだけど。
そんな生活してて、よくあの新聞社に入れたな。
いや、むしろそういうバイタリティが評価されたのか。
よくわかんないけど。
「新人類は?」
塩湖さんがこっちを見る。
その呼び方、そろそろ飽きたんだけど。
まあ、いちいち訂正するのも面倒だから放置する。
「ちょっと、友達と」
言った瞬間、空気が一段だけ重くなる。
「「「ああぁ」」」
三人そろって、微妙な納得の仕方をするの、やめてほしい。
なんか、気まずさを共有されると余計にしんどい。
そう。
穂積。
あいつと、話さなきゃいけない。
ナリタレアのあれから、ちゃんと向き合ってない。
というか、向き合うのを避けてた。
でも。
この旅では、逃げないって決めたから。
クイズからも。
選択からも。
あいつからも。
……まあ、決めたはいいけど、具体的に何を話すかは全然考えてないんだけどな。
とりあえず外に出る。
空気が、やけに白っぽい。
光が拡散してる感じで、影がぼやける。
「あ」
そこで、完全武装の衿衣と鉢合わせた。
ワンピースの水着に、浮き輪、ゴーグル、シュノーケル。
さらに、なぜかラバーダック。
装備だけ見れば、小学生の海水浴セットをそのまま大人サイズにしたみたいな感じなのに、立ち姿は妙に隙がない。
背筋が伸びてて、視線はまっすぐビーチの方。
まるで試験会場に向かう受験生みたいな雰囲気。
「衿衣」
つい、声をかけてしまう。
完全にノープラン。
口が先に動いた。
「何」
即答。
温度低め。
拒絶の意志強め。
「あ、いや、その……」
何も考えてなかったツケが一気に来る。
「何」
さっきより少しだけ、苛立ちが乗る。
まずい。
このままじゃ変なやつで終わる。
「いや、あの……楽しんできてね」
我ながらひどい着地だと思う。
小学生の遠足かよ。
「言われなくても」
ぴしゃり。
でも声は大きくない。
静かで、無駄がない。
「私は旅を楽しまなきゃいけない」
その言い方。
「したい」じゃなくて、「しなきゃいけない」。
義務みたいな響き。
なんか、引っかかる。
でも、その理由を考える前に、衿衣はもう歩き出していた。
きびきびと、迷いなく。
ピンク色の砂を蹴って、乳白色の海の方へ。
背中が小さくなる。
取り残される。
……さて。
俺はどうする。
穂積を探すか。
それとも、もう少しだけ、この「観光気分」に逃げるか。
二つの太陽が、やたらとまぶしい。
オランシェに向かうバスは、穂積とは別だった。
座席に座ったまま、窓の外の変な景色を眺めながら、
「ああ、これ降りたら話さないとな」とか、ぼんやり考えてた。
で、実際に降りたらどうなったかというと、即スタッフの誘導。
説明。
移動。
また説明。
流れるように人をさばくあの感じ。
ちょっとした工場のラインみたいで、逆らう隙がない。
気がついたらコテージに放り込まれてて、「はい自由時間でーす」って。
……いや、タイミング。
まあでも、場所は分かってる。
プールのすぐ近く。
三人部屋。
李野くんと、あと知らない誰かと一緒。
部屋番号と共に挑戦者ナンバーと苗字が記されていたから。
コテージを出て、少し歩く。
ピンクの砂がやけに軽くて、足音が頼りない。
色のせいで歩いてる実感が薄い。
浮遊感が強い。
深呼吸。
さて。
どう話しかけるか。
……いや、そこからかよ。
「穂積」って呼んでいいのか。
空港では、あいつが先に苗字で呼んできた。
で、俺もそのまま返した。
あの瞬間、なんか線引きされた感じがあった。
「市籠」と「穂積」。
便利なラベルだ。
関係性を雑に整理してくれる。
でも、その分だけ、前の呼び方が遠くなる。
苗字呼びかぁ……。
なんか、距離の取り方としては正解なんだろうけど。
正解すぎて、ちょっと寒い。
怒ってるんだろうな。
そりゃそうか。
あのナリタレアのやつ。
俺がやったこと、その結果。
どう言い繕っても、綺麗な話にはならない。
いいわけにしかならない。
少なくとも、隔意はある。
というか、あった。
あのときの目。
よお市籠、って声かけて来たときの目。
明確にこっち側じゃないって線引きしてた。
……。
ここで尋ねるの、迷惑なんだろうな。
せっかく自由時間で、
気分切り替えてるかもしれないし。
俺が顔出したら、まずはあの話にしかなんないし。
だったら――
もう少し時間を置いて。
とか。
……出た。
逃げの姿勢。
我ながら、反射が早い。
考えるより先に後退してる。
根深いな、これ。
でも。
どうせ放っといたら、その分こじれるタイプのやつだ。
時間が解決するやつと、時間が悪化させるやつ。
これは完全に後者。
だったら、今行っといたほうがいい。
行くべきだ。
……たぶん。
コテージの前に立つ。
扉一枚。
これ越えるだけでいい。
簡単な話だ。
簡単な話の為に瞑目して深呼吸を三回。
意は決してるのに行動が遅れる。
それでも。
どうにか。
コンコン。
ぎこちないノックの音が、やけに乾いて響く。
「はい」
中から声。
李野くんだ。
「あー、俺。市籠だけど」
一拍。
「市籠くん!?」
思ったより大きい反応。
……なんだその驚き方。
穂積、なんか話してるのか?
「あ、ちょっと待ってくれますかな?」
中で、ごそごそ音。
小声で何かやり取りしてる。
……これ、ひょっとして。
門前払いパターン?
今ちょっと無理とか言われるやつ?
いや、まあ、それならそれで。
ノックっていう行動に対してのリアクションで。
それも一つの答えだし。
……。
妙に時間が長く感じる。
ノックしてからの数秒って、こんなに伸びるもんだっけ。
カセットテープの早送りボタン、壊れたみたいな感じ。
……。
やっと。
ドアが開いた。
「待たせたな」
先に口を開いたのは穂積だった。
「おお」
なんか、変な返事が出る。
「お前から来るとは思ってなかったよ」
声はいつも通り、って言いたいところだけど、
ほんの少しだけ硬い。
「まあ、あんま拗らせたくないんで」
自分でも、便利な言い方だと思う。
本音をぼかして、でも逃げてもない感じのやつ。
穂積は、少しだけ顔をしかめた。
苦虫を噛んだ、っていうか。
ああいう顔、あいつもするんだな。
「……ちょっと歩くか」
短く。
「おお」
今度はちゃんと頷く。
コテージの中をちらっと見ると、
李野くんが気まずそうに立ってた。
もう一人のやつは見えなかった。
まあ、いいか。
扉が閉まる。
俺と穂積、二人で歩き出す。
ピンクの砂。
二つの太陽。
白い海。
さっきまで観光地だなって思ってた景色が、急に舞台装置っぽく見えてくる。
なんかこう、「さあここでドラマをどうぞ」みたいな。
……やめろよ、そういうの。
そういうのに乗せられてる感じ、一番ダサいやつだから。
でも。
逃げないって決めたのも、その環境を知った上でだ。
じゃあ、環境からも逃げちゃいかんわな。




