第一BF:転移門 3
「33番」
「おっ来たね」
前の席。
大渓さんが立ち上がる。
一度振り返って、俺と目が合う。
ひらひらと手を振る。
軽い。
本当に軽い。
でも、その軽さがいい。
この人がいると、空気が少しだけ緩む。
遊んでるようで。
でも、ちゃんとやってるのが分かる。
そのバランス。
たぶん、俺にはまだ無理だ。
大渓さんは、俺以外の何人かにも手を振って。
「それじゃお先に」
そのまま、降りていった。
――戻って来なかった。
少しだけ、胸の奥がざわつく。
それから、見覚えのある顔が続く。
ボーイ。
李野。
茂侍。
キング。
……あ、俺もキングって言っちゃってる。
荒火だよ、荒火。
あの関西の連中。
全員、戻って来ない。
当たり前みたいに。
当たり前なんだろうけど。
「100番」
小柄な女の子が立ち上がる。
返事はない。
「あの子の手荷物、すっごく多いねー」
横でハナがぼそっと言う。
視線を向ける。
強い目。
強い意志。
何故か脳裏にずっと静止画として残ってる背中。
ドームの最終問題。
一緒に残ったやつだ。
衿衣こよい。
あの荷物。
たぶん、一か月分。
最後まで勝ち進む前提の量。
「絶対、行く」
小さく、でもはっきり聞こえた。
そのまま、足早に降りていく。
――戻って来ない。
それから、立て続けに五人、戻ってきた。
ある子は、すすり泣く。
ある人は、座るなり前の席を蹴る。
ある人は、無言で頭を抱える。
ある子は、夢遊病みたいな足取りで。
ある人は、何もなかったみたいに淡々と。
脱落するのはあと四人。
残り人数は十人ちょっと。
4割。
数字が、やけに重くなる。
プレッシャー。
……いや。
雰囲気に呑まれてるだけだ。
本来、俺は緊張する必要はない。
ちゃんとやった。
逃げなかった。
だから、負けてもいいはずだ。
なのに。
ペーパーテストの形式が、妙に馴染みのあるものだったせいか。
そこそこ出来た、っていう手応えのせいか。
どこかで。
――負けたくない。
そんな声が、胸の奥から聞こえてくる。
「ちくしょーーーー!!」
叫び声。
びくっとして、意識が戻る。
七人目が戻ってきた。
「おはよー天馬くん」
横の座席には定位置に戻らないままのハナ。
くりくりした瞳でこっちを見てる。
いや、寝てたわけじゃないけど。
目、閉じてただけだし。
「それにしても新人類はやっぱりクールだねー。こんなときにお昼寝なんて。私なんてもう、ほら。こんなに膝がさ、わらっちゃって……」
す、と。
手を取られる。
そのまま、自分の膝――ほぼ太腿に誘導される。
やめなされ。
やめなされ。
その無自覚誘惑やめなされ。
自然すぎるだろ。
距離感どうなってんだ。
一瞬、頭が真っ白になる。
でも、当の本人は気にしてない。
「ねー、がくがくがくがくってさー」
へにょっとした眉。
あからさまに無防備。
こっちの動揺なんて、全然見えてない。
「17番」
呼ばれる。
タイトスーツに眼鏡の女性。
いかにもできそうな雰囲気。
クイ、と眼鏡を直して、ヒールを鳴らして歩いていく。
「わ、自信ありげだね」
「出来る女って感じ」
ふと気づく。
後さんも、塩湖さんもいない。
ってことは、通ったのか。
女性が出て行ってから、少しして。
外がざわつく。
何だ?
何のざわめきだ?
階段でも踏み外したか?
でも、戻って来ない。
次の男も、戻らない。
「99番」
呼ばれた。
――来たか。
「じゃあ、行ってきます」
立ち上がる。
機内に残っているのは、五人。
落ちるのは、あと三人。
六割で負け。
「殿、ご武運を!」
横から、変な言葉。
「ぬ?」
なんだよそのチョイス。
ちょっとだけ、力が抜ける。
「ありがとう、ハナ。短い間だったけど、楽しかったよ」
「なんかハナ、敗者決定って思われてる?」
「や、そういうんじゃなくて。本当に楽しかったから」
ナリタレアからここまで。
この三十分くらいが、一番気が楽だった。
「なら、よし! いってらっしゃい! ハナもすぐに追いつくから!」
「そっちも俺が勝ち抜ける前提で話してない?」
「思い込んでる! なんとなく! でもま、だめならだめで、帰ったら残念会しよ!」
「いいね」
通路を進む。
ぽつりぽつりと座る、敗者の横を通る。
窓の外をぼんやり見てる人。
新聞を持つ手が震えてる人。
みんな、同じ顔。
打ちひしがれてる。
……やっぱり、少しだけ疎外感。
もし負けても。
悔しいとは思うだろうけど。
でも、それだけだろう。
外面は、そのまま。
適当に本でも読んで時間潰して。
終わり。
でも。
勝てるなら。
勝てたなら……
タラップへ。
外に出る。
ダブル太陽からの容赦ない直射日光。
思わず手でひさしを作る。
「さー、来たぞ問題児が!」
――黄石。
「やる気がなさそーなのになぜか参加してるイマイチわからん就活生、新人類のお出ましだ」
もう、俺は新人類で確定らしい。
大声クイズ、もしこの先あったら、「それなりに」か「新人類」か、どっちを叫ばされるんだろうな。
……いや、そんな先のこと考えても仕方ないか。
「どうも」
タラップの上。
足元は金属の階段で、日差しを照り返してじりっと熱い。
その先、数メートル。
下り階段の果て。
単管に支えられたチープな屋台の屋根つきの一角。
地面に白いラインとケーブル着きゴムマット。
――それが、ブーブーゲート。
見た目は、ただの枠。
でも、その先に進めるかどうかを分ける境界線。
「市籠くん、どうだい、自信は?」
自信?
そういえば、あった気がするな。
大学入る頃までは。
その後、就活で丁寧に砕かれて、粉にされて、どっかに飛んでったけど。
「合格ラインがわからないと、なんとも」
「自己採点はしたか?」
「6割……少々?」
「おお、見事に当落線上じゃないか!」
まあ、そんなもんだと思ってた。
「で、なんでいつまでたっても降りてこないんだ君は?」
いや、それ。
お前がゴーサイン出すんじゃないの?
なら機内で説明しとけよ。
余計なインタビュー受けずに済んだのに。
とっとと降り――
降り……
降り……
……あれ?
足が、動かない。
頭では分かってる。
一歩出ればいいだけ。
それだけなのに。
「おいおいどうした新人類? まさかまさか、此処に来て初めて勝負の怖さに竦んだか?」
このオヤジ。
呼吸するみたいに人を煽るな。
腹立つ。
俺は別に、恐れてなんて――
降り……
降り……?
えー嘘だろ?
マジで足動かない感じ?
これ、撮影されてるんだよな?
うっそだろ、おい?
俺、こんなダサい姿取られてるの!?
「それともそのクールなお顔は表面だけで、中にはナイーブで柔らかな素顔を隠してるとでもいうのかい新人類?」
だからさあ。
お前はさあ。
黄石さあ!
その呼吸するかの如く人を煽るのを止めろって!
人を暴こうとするのを止めろって!
この畜生め!
気づいたら、足が前に出ていた。
あのテカテカな脂ぎった笑顔にどうしようもなく腹が立って。
奮い立って。
……乗せられて。
ドンドコドコドコ
ドンドコドコドコ
……ヘイ!
音が、割り込んでくる。
太鼓みたいなリズム。
気づけば階段を降りきった足が、ブーブーゲートを踏みしめて。
境界線を、越えていた。
「市籠君おめでとう!」




