第一BF:転移門 2
「ただいまより機内食をお配りします」
「「「おおーーっ!」」」
どっと空気が緩む。
さっきまでの張り詰めた感じが、一気にほどける。
ペーパークイズから解放された反動か、みんな妙にノリがいい。
修学旅行の帰りのバスみたいだな、と思う。
「ん、しょ」
通路を挟んだ隣の席から、女の声。
あれ?
真ん中の4シートって空席だったよな?
「おつかれー」
なんか、居た。
「や……どうも」
なんで、居る?
知らない女。
女の子?
その間くらい。
年はたぶん同じくらいか、ちょっと下か。
肩口でふわっと内巻きにカールした髪が、妙に目につく。
整えてるのか、元からそうなのか分からないけど、やたら柔らかそうだ。
服装は、妙に軽い。
機内なのに、ホットパンツ。
足が出てる。寒くないのか。
でも、似合ってるのが腹立つ。
なんというか、全体的に「夏休み」みたいな格好だ。
「なんか、一人だけのシートって淋しいなって」
「わかる」
前から、大渓さんのインターセプト。
「で、クイズも終わったことだし、ご飯くらいみんなで食べたいなって」
そんなことより席勝手に移動していいの?
スタッフに怒られない?
「機内食です」
「ありがとー」
普通に置いてったわ。
俺が頭硬すぎるのかね?
「きみさー、きみ。それなりにの子だよね」
フォークを手にしたまま、こっちを指す。
距離が近い。
無意識なんだろうけど、妙にパーソナルスペースに入ってくる。
嫌ではないけど、慣れない。
肩に力が入ったのが意識された。
「ああ、だいぶ認知されてるのね」
まあ、仕方ないか。
黄石にあれだけ弄られてたし。
「ほらあ、そういう言い方! 今どきの子! クールでかっこいい!」
え?
そういう捉え方?
「ハナさー。みーんなに子供っぽいって思われちゃって。感情、すぐに顔に出ちゃうし……」
たしかに。
眉毛が、へにょーーんってなってる。
分かりやすい。
「400問どうだった?」
おい、続かないのかよ。
変な間持たせてたじゃん。
出ちゃうし……、て。
「ハナ全然だめでさー」
自由だな、こいつ。
フォークでミートボールを刺して、そのまま口に運ぶ。
ほっぺた膨らんでるのにさらに詰め込む。
もきゅもきゅと食べてる。
なんか、ハムスターっぽい。
「俺もそんなに。六割ちょっとくらいかな」
「けんそんー! ハナ聞いてたよ? 君は400問全部解答してたって」
「や、謙遜じゃなくて。わかんないとこも全部埋めただけ」
「わかんないのに?」
「わかんないから。全部イチで」
「おおーーーっ! そっかー、その手があったかー! アタマいいねーキミ!」
フォーク握ったまま、ぱちぱちと拍手。
リアクション大きいなあ。
表情も大きい。
こりゃ子供っぽく見られるわ。
……まあ、可愛くはあるけど。
「いつまでも君っていってるのもなんだし、お名前ちょうだい? ハナは舞網ハナっていうの。ハナって呼んで!」
笑うと、やたら近い。
距離の測り方がおかしい。
「市籠天馬です」
「テンマ! かっこいいなー、クールだなー」
クール要素どこから来たよ。
「天馬君は何してる人?」
「学生ですね。大学四年生。ハナは?」
「あたし? あたしはまあ…… 家事手伝い?」
少しだけ、言葉を選ぶ間。
でも、すぐに崩れる。
「ほら、異世界行ってみたくてさー。諦めてたんだけど」
あ、また話が飛んだ。
ていうか跳んだ。
家事手伝いってのが、ハナの中で、異世界とか諦めてたことと直結してるんだろうな。
「そんな異世界旅行できるようなお金なんてそうそう溜められないでしょ? 半スネ齧りの分際で」
「小市民が個人で旅行できる金額じゃないですね」
「だからタダで異世界連れてってくれるぐるりウルティモに応募したんだけどね。ペーパー、ダメそうだから。でもダメかなー。ダメだろうなー」
言いながら、ミートボールをもう一個。
口いっぱいにして、ちょっとほっぺが膨らむ。
「せめて、南国のビーチでパラソルにジュースでバカンス満喫くらいしたかったけどなー」
それ、サイパンとかハワイでもできるんじゃ。
まあ、言わないけど。
「お、着陸姿勢だね……」
大渓さんが前で呟く。
機体がゆっくりと高度を下げている。
窓の外の景色が、また少しずつ変わっていく。
異世界。
さっき見た二つの太陽が、まだどこかにあるはずの場所。
機内アナウンスが入る。
『空港に到着しても席を立たないように。こちらが順番に一人ずつお呼びしますので、名前が呼ばれてからタラップまでお越しください』
また、少しだけ空気が締まる。
さっきまでのゆるさが、完全には消えないまま。
中途半端なところで止まってる。
ハナは相変わらずだ。
「ねえねえ、外ってどんな感じなんだろね」
身を乗り出してくる。
吐息。
だから近いって。
「さあ」
適当に返す。
でも、少しだけ気になる。
この先。
どんな問題が出るのかじゃなくて。
どんな「画」になるのか。
大渓さんの言い方を借りるなら。
俺たちが、どう撮られるのか。
「オランシェ空港に到着です」
異世界といえど、空港は空港だった。
滑走路があって、タラップがあって、係員がいて。
見た目だけなら、ナリタレアとそう変わらない。
まあ、100%日本が建てたらしいし、日本便しか発着してないらしいし、そりゃそうか。
異世界らしさといえば、今のところは空に浮かぶ太陽が二つあることくらいだ。
それも、さっき機内から見たときほどのインパクトはない。
人間、慣れる。
疲れない方向に。
機内がどよめいた。
周りの目線は前方搭乗口。
あの男が立っている。
黄石桑之介。
穂積に疑念を植え付けて、俺たちの関係をああいう形に持っていった張本人。
……ひび、で済むよな?
いや、済まないか。
あいつ、根に持つタイプではないんだけど。
抱いた想いを抱き続ける奴ではある。
お気楽なビジョンは浮かばないよな。
……はぁ。
「諸君! 私は一足先に、ゲートの向こうで待っているぞ! 健闘を祈る!」
やたらと通る声。
よくそんなにテンションを維持できるな。
健闘もなにも、結果はもう出てるだろうに。
いちいち煽る。
盛り上げる。
……病気なのか?
そうね、職業病ってやつだな。
「ブーブーゲート、こわいよねー」
やっぱり近いお隣さん。
ハナが、眉毛をへにょーんとさせて言う。
「怖いですかね?」
「クールだー」
はいはい、もうその流れな。
「やー、緊張するなー、緊張するなー。しない? してない? すごいなー。流石は異世界へ行きたいかーって聞かれてそれなりにって答えちゃう人だなー。大人だ」
「うるさいぞ!」
甲高い、裏返った声。
声に含まれる余りの余裕の無さにびくっとする。
間違いなく、ハナに向けられている。
この機内で喋ってるの、ほぼこいつだけだし。
「たはー、怒られちった。そーだよねー。ナーバスになっちゃう人もいるよねー。ハナ、お口チャックしてます。ジー!」
本当に口元に指を当てて、チャックするジェスチャー。
しかし、今うるさいって言ってた奴さぁ。
ナーバスにもほどがあるだろ。
落ち着かないなら、内に籠れよ。
俺みたいに。
苛立ち出力して声裏返らせるなんて、相当ダサいぞ?
「1番の方」
呼び出し。
あ、名前じゃないんだ。
番号か。
俺は99番。
あのドームのあとにつけられた番号。
最初の一人が立ち上がって、降りていく。
「11番の方」
数分後、二人目。
「七番の方」
また数分後、三人目。
「番号若い順じゃないんだ」
「まあ、演出はあるよね」
「演出」
「おっこちる奴と受かる奴。あんまり偏らせたくないとか」
「ああ、なるほど」
「ビビりな奴の前におっこちる奴持ってくるとか」
「いやらしいな」
「なんだってやるさ。いい画を撮るために」
大渓先生の大人授業が終わってもまだ、四人目は呼ばれない。
間が、妙に長い。
その分、想像する時間も長くなる。
「ブーーーー」
乾いた尾を引く音。
そのあと、戻ってくる人影。
勤め先のロゴ入りTシャツの男が、ふらふらと歩いてくる。
力が抜けたみたいな姿勢で、元の席に戻って、座る。
「はぁーーーーー……」
ため息。
大きくないのに、やけに響く。
機内全体に、沈む。
ここで落ちるのは10人。
ってことは、あと9人戻ってくる。
計算だけは冷静にできる。




