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空前絶後! 第十一回! 異世界ぐるりウルティモクイズ!  作者: 袴田八峰
第一BF:転移門 座席拘束400問ペーパー四択

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17/120

第一BF:転移門 1


 機内は、思っていたよりもだいぶ緩かった。


 貸し切り、という響きからもっとこう、張り詰めた空気を想像していたんだけど、実際は逆だ。遠足をそのまま持ち込んだみたいな、浮ついたざわめきがある。


 エコノミーの座席は2-4-2。

 その中央の4席はごっそり外されていて、左右の2席ずつだけが残っている。

 結果、一人で2シート。

 妙に贅沢だ。

 隣に他人が来ないだけで、こんなに気が楽になるのかと少し驚く。

 就活の移動でぎゅうぎゅうの新幹線に乗せられてた身からすると、別の乗り物みたいだ。


 窓側に座る。

 肘掛けを独占できるのはいい。

 前の席には、大渓(オオタニ)さんがいる。

 背もたれ越しに、肩の動きが見える。

 新聞でも読んでるのかと思ったら、何もしてない。

 ぼんやりしてるようで、たぶん周囲を見てる。


 後ろ。

 振り返らなくても分かる。

 後(アト)さん。

 後ろに後かよ。


「ジャンケン、作戦勝ちだったな」


 案の定、後ろの座席からすぐ声が飛んできた。


「度胸あるよ。がはは」


 豪快に笑う。背もたれが振動する。


 節穴だな、こいつ。

 あれを作戦勝ちって言えるなら、世の中だいぶ楽だろうな。

 社長やってるっていってたけど、会社は大丈夫か?

 ……まあ、こいつがいないから、逆にのびのびやってるかもな。

 俺が社員だったらそうなる。


 前から、声。


「君は異世界は初めてかい?」


 大渓さん。


「初めてです」


「じゃあ、『転移門』はしっかり見ておかないとな」


 少しだけ振り返る。

 その横顔は、なんというか、珍しく年相応に見えた。


「あれは……すごいよ」


 言葉を選んでるような間。


「時間が見えるって感覚は、門に入って、出るまでの一時間だけの経験だ」


 時間が見える。

 意味が分かるようで、分からない。


「でも、転移門に入ったら、即ペーパークイズ始まるんじゃ?」


「……そうだね」


 一瞬、間。


「悪い。私もはしゃいでるみたいだ」


 ああ、この人でもこういうことあるんだな、と妙なところで感心する。


「帰りに見ましょう」


「負ける気かい?」


「勝ち負けは、まあ、どっちでも」


 肩をすくめる。


「手は抜きませんけど」


 前の席で、大渓さんの肩が少し揺れた。


「……子供の成長ってはやいなぁ。私も歳をとるわけだ」


「成人してますけど」


「あはは、悪い悪い」


 軽く笑う。


「男子三日会わざれば刮目して見よ、と訂正しておくよ」


「男の子でもないんですけど。21です。」


「ああー……」


 気まずい沈黙。

 俺、何か変な事言ったか?

 いや、言ったな。

 自覚はある。

 でも、どう訂正すればいいのか分からないタイプのやつだ。


「お、そろそろみたいだな」


 その空気を切るみたいに、大渓さんが言った。

 機内のあちこちで、スタッフが動き始めている。

 さっきまでの雑談が、少しずつ薄れていく。

 機内アナウンスが流れる。


『あと10分で転移門に到着します。同時に第一チェックポイント、時空の狭間で400問ペーパークイズが開始されますので、御用のある方は直ちに済ませてください。なお、これよりの私語は厳禁と致します』


 空気が変わる。

 さっきまでの遠足気分が、誰かに一斉に回収されたみたいに消える。

 代わりに残るのは、妙に乾いた緊張。

 みんな、自分の内側に引っ込む。


 尿意は無い。

 食べ物は喉を通らない。

 水は飲んだ。

 唇は渇いてる。

 舌でなぞると、ざらつく感じがある。


『只今より問題と解答ペンを配ります。両手は膝の上に置き、決して問題のページをめくらないようお願いします』


 言われた通り、手を膝の上に置く。

 こういう指示には慣れてる。

 説明会とか、面接とか。従っていれば減点されないやつ。


 スタッフがやってくる。

 無言で、しかし正確に。

 渡されたのは、薄い冊子。

 紙が軽い。少し頼りないくらい。

 ピンクの文字。

 四択400項目のマークシート。


 おお……。


 誰かの声。

 いや、一人じゃない。

 何人もの、抑えきれない感嘆。


 窓の外。

 巨大な穴が開いていた。

 海の上。

 空の下。

 そのどちらにも属していない、異物。


 あれが「転移門」。


 地球と異世界をつなぐ、次元の穴。

 向こう側。

 うねうねとした空間が見える。

 色が定まらない。

 奥行きの感覚が狂う。

 遠いのか近いのか分からない。

 ただ、引っ張られる。

 視線ごと、意識ごと、持っていかれそうになる。


 飲み込まれる、ってこういう感じか。


 機体が、わずかに軋む。

 音は大きくないのに、身体の奥に響く。


「30秒前」


 低く、よく通る声。

 拡声器越しの黄石。

 同じ飛行機に乗ってやがったか。

 前後の座席を区切る即席カーテンが怪しいとは思ってた。

 やつめ、どっちかに潜んでやがるな。


「ページに手を置いて」


 反射的に、冊子の表紙に手を置く。

 まだ開かない。

 でも、その向こうに400問があるのは分かってる。

 時間も、空間も、ぐちゃぐちゃになる場所で解かされる400問。

 意味が分からない。

 分からないけど、やるしかない。


「3.2.1…… スタート」


 スタートの合図と同時に、ページをめくる。

 余計なことは考えない。

 考えると、止まる。

 止まると、終わる。


 マークシート式。4択。400問。


 時間は一時間。


 一時間は3600秒。


 問題は400問。


 一問あたり、9秒。


 合宿で李野くんが教えてくれた数字が、そのまま頭の中に残っている。

 だから俺だけじゃなくて、クイ研の連中は全員知ってる。

 その上で、それぞれやり方を決めてきてる。

 俺も、一応。

 昨日の明け方、2時間くらいだけど。


 ページを追う。

 問題の文章量はばらばらだ。

 選択肢抜きで20文字もないやつもあれば、原稿用紙半分くらい使ってるやつもある。

 

 長い問題は読まない。

 読んだら30秒は持っていかれる。

 そんな余裕はない。

 どうせ400問にはたどり着けない。

 わからない問題も、山ほど出る。


 だから。

 最初から決めてある。

 マークは「1」。

 迷っている時間は無い。


 問題文をざっと見る。

 分かるかどうか。

 それだけ。


 歴史問題。世界史。中世。

 たぶんいける。

 これはと思う数字を塗る。


 次。


 時事問題。日本―異世界間。

 これは、いける。

 確信を持って塗る。


 次。


 芸能。

 知らん。

 マークは1。


 次。


 わかる。わかる。わからん1。


 わかる。長い1。わからん1。


 わかる。わかる。わかる。


 ペン先が紙を叩く音。

 それに混じって、どこかで小さな声。


 「あーわからん」


 「まずい、時間時間」


 焦りがにじむ声。

 でも、意味としては入ってこない。

 ただの音だ。

 処理しない。

 処理すると、遅れる。


 通路を歩く足音。

 一定のリズム。

 スタッフが巡回している。

 監督官みたいに。

 視線は上げない。

 紙だけを見る。

 足音が近づく。


 止まる。

 横。

 気配。

 覗き込まれている。

 呼吸が、ほんの少しだけ浅くなる。


 気にするな。

 見られても、何も変わらない。

 やることは同じだ。


 次。


 わかる。

 塗る。

 足音が離れる。

 去った。


 ……今の、何秒だ。

 10秒か。

 20秒か。

 三問くらい、持ってかれたか。


 舌打ちするほどでもない。

 でも、惜しい。

 取り返せるかは、わからない。

 だから、そのまま進む。


 わかる。わからん1。わかる。


 わからん1。わかる。わかる。


 ペーパーに視線を走らせる。

 判断。

 塗りつぶし。

 それだけ。


 思考は短く、鋭く。

 余計なものは切り落とす。


 「残り10分です」


 声が落ちてくる。


 あと600秒。

 残り問題は、ざっと見て100問。

 計算通り。

 少しだけ、安心する。

 でも、ペースは変えない。

 ここで焦ると崩れる。


 わかる。長い1。わかる。


 わからん1。わかる。わかる。


 「残り60秒」


 来た。


 モードを切り替える。


 ここからは、読むな。

 読むと負ける。

 問題文は見ない。

 番号だけ追う。


 1、1、1、1、1。


 1、1、1、1、1。


 1、1、1。


 塗りつぶす。

 機械みたいに。

 リズムだけで進む。


 四百問。

 

 全部、埋める。

 手が止まらない。

 止めない。

 最後の一マスまで。


 ――完了。


 息を吐く。


 13問残し、か。

 想定よりいい。

 少しだけ。

 本当に少しだけ。

 肩の力が抜ける。


 「残り三十秒」


 二問くらい見直す余裕はあるか。

 ……いや。

 やめとく。

 バタバタする方が怖い。

 予定通りのことを、予定通りにやれた。

 それでいい。


 「5、4、3、2、1」


 ホイッスル。


 「ペンを置いて!」


 言われる前に、置いていた。

 指先がじんわり痺れている。

 スタッフがやってくる。

 解答用紙を、一人一人から回収していく。


「お疲れ様でした」


 短い声。

 でも、ちゃんと全員に向けられている。

 それだけで、少しだけ気が抜ける。

 軽くなる、というか。

 俺のところにも来る。

 解答シートを渡す。

 持っていくのは、それだけ。


「問題とペンは?」


 思わず聞く。


「お土産にしちゃってください」


「ありがと」


 こんな状況で、土産って。

 苦笑いが出る。


「全問埋めたんですね」


 スタッフの声に、ほんの少しだけ感心の響きが混じる。


 ああ、見てるんだな、ちゃんと。

 なんか。

 報われた気がした。

 この程度で報われちゃう自分は、小物だな、と思った。


 ふと、顔を上げる。

 窓の外。

 さっきまでの色とは違う光。

 空の色が、微妙におかしい。


 太陽が。


 二つ、あった。




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