二次予選:ナリタレア 2
「君たちは親友同士なんだって?」
マイク越しの声。
黒い礼装の男―― 黄石が、笑ってる。
知ってるのか。
いや、そりゃ知ってるか。
あの面談、あんなに掘られたんだから。
その上で、これ。
ほんと性格悪い。
「さて、港ヶ陸くん」
「……はい」
「君ぃ、いろんなクイズで優勝してるんだってな?」
「恐縮です」
「ぐるりウルティモが原点なんだって?」
「子供の頃憧れてて。いつか俺も異世界行くんだって」
「そっか。じゃ、是非とも夢を叶えないとな! 親友を踏み台にして!」
……ヤロウ。
笑いが起きる。
観客って便利だな。何言われても笑う。
「逆に青コーナーの市籠くんは、クイズ経験がないんだって?」
「テレビも初出場です」
「それなのに一次を突破した。とんだラッキーボーイじゃないか!」
「ラッキーなんですかね?」
「……これだよ。やはり君は間違いなく【新人類】だ」
「よく言われます」
適当に返す。
もう張られちゃったレッテルに、ムキになって逆らうのはダサい。
そういう反応はきっと散々弄られるんだろうから、低体温でやり過ごすのが吉だ。
でも、まだマイクが離れない。
「じゃあ、もう一回聞くぞぉ。異世界に行きたいかー!?」
ああ、はいはい。
お約束。
「……それなりに」
これで終わり。
そういう呼吸の筈なのに。
「でも君はラッキーだ」
まだ続いた。
「ウルティモのモットーは、INT値VIT値FORTUNE値だ」
知らねえよ。
黄石は、ぐっと距離を詰めてきて――
肩を掴まれる。
弛んだおっちゃん体形の割に、妙に力がある。
「百戦錬磨のクイズ猛者にだって、ジャンケン一つで勝てちゃうんだぜ?」
耳元で、囁く。
マイクは通ってるのに。
全部、会場に筒抜けなのに。
赤コーナーの穂積にまで届いてしまうのに。
わざわざ、こういう形を取る。
演出。
いや、違うか。
試してる。
「じゃあいくぞ!」
反射的に、肩に力が入る。
赤コーナーの向こうで、穂積が息を呑んだ。
立ち合いは共に不十分。
しかし行司は待ったなし。
「じゃんけんポン!」
掛け声に押されてグーが出る。
条件反射。
「港ヶ陸くんワンポイント!」
穂積はパーを出していた。
「……っし!」
小さくガッツポーズ。
相当気合、入ってる。
勝ちに来てるな、俺相手に。
勝ちに来るよな、俺相手でも。
たかがクイズ。
たかがテレビ番組。
友情を裏切るとかそんな話じゃない。
穂積は俺がウルティモにかける思いなんて無いことを知ってる。
だから当然。
ちょっと淋しく思う必要なんてない。
「二回戦、行くぞ。じゃんけんポン!」
掛け声に押されてグーが出る。
条件反射。
「市籠くんワンポイント!」
穂積はチョキを出していた。
「……くっ!」
小さく額を叩く。
ポイント取っちまった。
しかたないよな、じゃんけんだし。
INTの通じないFORTUNEの領域だし。
俺のせいじゃない。
「勝負は五分に戻ったぞ」
わあわあと盛り上がる周囲。
そんな盛り上がるところか?
あ、あそこにちっちゃな女の子がいる。
衿衣って子だ。
ひさしぶり。
あの子だけは違うな。
全然盛り上がってない。
黄石の煽りに乗ってない。
こっちに興味を示してない。
変わんないな。
強いな。
あーいう強さ、俺にないよな。
人目ばっか気にして、どう思われるかばっか考えて。
もともとそんな人間じゃなかったのにな。
就活で変わっちゃったのかな。
「三戦目! じゃんけんポン!」
またしても条件反射。
俺はまたしてもグー。
穂積はまたしてもチョキ。
「ポイント! 青コーナー!」
青の柱に電球が灯る。
二つ目の電球。
リーチ確定の演出。
……あれ?
俺、勝っちゃうかも?
視線を感じる。赤コーナーから。
見てきてる。
親友が、俺の目を、じっと。
穂積の瞳は燃えている。
俺は即座に目を逸らす。
俺と、既に戦っている。
俺は、戦えてないのに。
思い出せ。
たった二時間くらい前、バスの中でこいつはジャンケンの必勝法を語ってたじゃないか。
なんだったっけ。
次に出す手を心に思い浮かべて、相手の目を見る…… だったか?
で、相手が逸らしたらそのままゴーだと。
あ、俺、秒でそらしてたわ。
てことは穂積は今思い描いてる手を出してくる。
……わかるわけねーだろ、あいつの心の中なんて!
思い出し損だったわ!
「さーあ、青コーナーにリーチがかかったぞ」
司会、煽る。
煽り先は穂積。
「負けられないな?」
「負けられないです」
「親友でもか?」
「親友でもです」
そうだよな。
ずっと憧れてた舞台なんだもんな。
そりゃ、負けられないよな。
俺と違って。
…………そうだよ。
キングも言ってたじゃん。
勝負の舞台に立つ資格ないって。
ウルティモ辞退しろって。
それでいいじゃん。
負けたら穂積の願いが叶うんだし。
どうせ俺、逃げる人間だし。
【新人類】だし。
本来、俺は物見湯山でしかなく。
就職活動に行き詰ったことへの逃避でしかなく。
十分に気分転換、出来たから。
こいつは本気で。
これに賭けてて。
だから、俺は……
「パーで、行く」
勝ちを譲ることに、決めた。
「天馬……」
楽しかったよ、親友。
行って来いよ、異世界。
そんでちょっと高級なお土産でも買ってきてくれたら、俺は満足だから。
「おっとー。赤コーナー市籠君、やる気なく見せかけておいて、まさかの心理戦を仕掛けたぞー!?」
黄石の声で。
親友の瞳が、揺らいだ。
惑わされるな、親友。
俺はお前に勝ちを譲りたいだけなんだ。
そんな小狡いこと、これっぽっちも考えてない!
左腕を突き出して、手のひらを開いた。
「パーで、行く」
よく見ろ、親友、俺の目を!
よく見ろ、親友、俺の手を!
「さらに新人類、パーの右手を前に出したー!?」
もう煽るなよ!
俺たちの友情をこれ以上揺さぶるな!
「プレッシャーを重ねていくねー。この策士気取り、吉と出るか、凶と出るか?」
あ……
親友が、目を瞑った。
集中してる。
考えてる。
俺のコレが作戦かどうかを。
裏目に出たか!?
ここで俺が勝ちに行くと踏んでいるならば。
俺がグーに切り替える前提でパーを出す……?
か、そう読まれてると呼んであえてのグー?
じゃあ、俺はそれに合わせてチョキ?
……いやいや。
あいつが目を閉じたのは周囲の雑音を、余計な情報を排除する為だろう。
それは、俺のパーを信じたいがこその行為なのでは?
じゃあ、俺はこのままパーを……
くそっ、どうしたら負けられるんだ!?
どうしたら……
「運命の一戦! じゃーんけーん……」
だから……
「ぽん!」
あいつは、右腕を振り下ろした。グー。
俺は、右手を動かさなかった。パー。
「勝者、新人類!」
コールとともに、穂積の膝が崩れた。
「あれ…… 俺…… グー?」
信じられないものを見るように、自分の握りこぶしを見つめている。
信じられないのは俺もだよ、親友。
お前がどういう判断でそれを選んだのか解らない。
でも、俺の言動を信じきれなかったから選んだことは解る。
友情を否定したんだ。
友情が否定されたんだ。
「いやー勝負の世界は非情だなー。でも胸を張って進もうぜ、新人類。勝者にはその権利と義務があるんだからな!」
黄石は親し気に俺の肩を叩く。
バンバンと。
痛いくらいに。
「おめでとう!」
めでたいわけ、あるか。




