その一夜
ここはナリタレア空港ターミナルにほど近いビジネスホテル。
ウルティモスタッフが用意したツインルーム。
ここに宿泊してる勝者50名は、明日の朝一番で飛行機に乗り。
転移門をくぐる。
「まー何にせよお疲れちゃん」
同室の大渓さんがビールを手渡して来た。
あの後のことはあまり覚えていない。
現実感が無く、浮遊感と虚無感に囚われて。
勝者席で他の49人と一緒にバンザイをして。
スタッフに誘導されてホテルに入り。
ホテルマンに案内されて部屋に入り。
今、こうして渡された缶ビールのプルタブを開けている。
ぷしゅ、という軽い音がやけに響いた。
部屋はやけに静かで、壁が薄いくせに外の気配は遠い。
カーテンの向こうに滑走路の灯りがぼんやり滲んでる。
ここから先は、空港の向こう側だ。
「心ここにあらずだね」
……まあ、それはそう。
口に含んだビールは苦くて、なんかこう、罰ゲームみたいな味がした。
勝った祝いに飲むには、あまりにも向いてない。
大渓さんはため息を一つ。
すみませんね、折角の勝利に水を差しちゃって。
本来ならあなたも勝利者同士で盛り上がりたかったでしょうに。
そういう空気、分かってるんだけど。
どうしても、心が上向かない。
どうしても、笑顔が作れない。
大渓さんはさらに溜息を重ねると、こっちに数歩、詰め寄った。
距離が近い。
「ナリタレアのジャンケンさ、あれ、君、勝ちを譲ろうとしてたでしょ?」
「ええ…… まあ……」
大渓さんはプルタブをぷしゅっと開けながら、ベッドの端に腰掛ける。
「冷静に見てた人はみんなわかってたよ。あの時の君が諦めた目をしてたって。
勝負の場に立ちながらすでに敗者の背中してたって」
「敗者の背中ですか」
わかるもんなんだな。
でも敗者か。
勝負放棄しただけなんだけどな。
社会人からすると、敗者になるんだ。
「君だってテレビ番組的に、わざと負ける行為がアウトってことはわかるでしょ?」
冷静に考えれば、そう。
でもテレビなんて俺にとっては他人事。
穂積の夢をアシストすることの方が、俺にとってはよっぽど大事だった。
……だった、はずなのに。
「やっぱり上手いなぁ、クワさんは。ちゃんと勝負が成り立つように誘導した」
くそっ、黄石め。
あのサド野郎め。
お前が余計な口を挟まなければ、いまごろここでビール飲んでたのは、俺じゃなくて穂積だったのに。
「さらに盛り上げて、親友君の疑心を生み、君の苦悩を生み、ドラマを作った。
生粋のエンターテイナーだよ、彼は」
ドラマ?
エンターテイナー?
ふざけんなよ。
見世物かよ。
……見世物だわ。
俺たち、見世物だって分かった上で乗っかってたんだ。
文句言う筋合いなんてないわ。
理屈の上では。
そして、TVの世界だって大人の社会だって。
動かしているのは感情じゃなくて、数字。
就活でそれは嫌っていうほど学んでた。
「そうですね。舞台に立った上での勝負放棄はご法度ですよね」
「ごめんな。説教する気はなかったんだけど、なんかこう、君って
ほっとけないオーラが出てるんだよね。大人として、こう」
大渓さんは二本目のプルタブを開けた。
「じゃあ改めて自己紹介。私は大渓慎二。新聞記者をやってる」
知ってる新聞だ。
ここの社説を日々拾うのは、就活生にとって既に前提であるほどの。
「市籠天馬。就活生、苦闘中です」
「マスコミは考えてるの?」
「全然」
「そういう感じはあるね」
軽い受け答えで、探ってくる様子も無い。
本当に世間話。
いまの俺にはこのくらいの距離感が気楽だな。
「大渓さんはクイズ経験者で?」
「私は違うよ。この番組が特別。ほら、異世界、旅したいからさ」
軽く言ってるけど、旅が前提になってる。
勝つ気だな、この人。
「自信ありそうですね」
「まあね。学生には負けないかな」
さらりと言う。
学生にはキングみたいな支配者もいるのに。
知らないはずないのに。
「とはいえこっちは社会人だしね。最後まで勝ち抜くわけにもいかない。まあ、有給の範囲内でね。上手くすれば第10CPくらいまでいけるかな、と」
後さんや塩湖さんを思い出す。
大人の責任。
あの人たちはジャンケン、勝ち残ったのかな。
「まあ、君は目立ってしまったからね。いい意味でも悪い意味でも、目をつけられてるよ、きっと」
「いい意味でも、ですか」
「うん。わかっているとは思うけど、これはクイズラバエティーだからね。バラエティの部分……ロードムービー味というか、そこに滲み出る人間ドラマ的な要素」
閑君が言ってたな。
君という人間を知りたいって。
人間を、か。
あの時点で俺の取り扱い方とか方向性とか、考えてたんだな。
「業界人ならピンと来るだろうね。あ、これはいい素材だ。って」
うーん。
素材。
人間を、素材って言うのか。
いや、言うか。
閑君もぼそっと言ってた気がするし。
就活でも言われてるようなもんだしな。
「じゃ、私は他の部屋で寝てるから、君は一人で一晩考えるといいよ」
「え?」
「ジャンケン勝ち抜けの男女がそれぞれ何人かなんて、流石にスタッフ側もわかんないよね。で、奇数だった場合に備えて余計に2部屋用意してあったのよ。で、それをこう、うまく回してね」
ちゃっかりしてるな、この人。
「君は気にすることないよ。僕の懐が痛むような話じゃないんだし」
肩をぽん、と叩かれて。
ドアが閉まった。
カチリ、って音がやけに重い。
一人になった部屋で、俺は考える。
戦うこと。
逃げること。
友のこと。
責任のこと。
ぐるぐる、ぐるぐる。
慣れないビールが頭をまわる。
勝ったんだ。
経過はどうあれ、想いはどうあれ。
『勝負の場に立つ資格がない』
キングの言葉。
『男ならでっかく一旗あげろ』
『新卒でもまずは現場に立たせるよ』
社会人二人の激励。
面倒な事。
いやな事。
『勝者にはその権利と義務があるんだからな!』
黄石の煽り。
逃げてきた。
背を向けてきた。
言い訳を並べることすらせず。
批判をそのまま受け入れて。
消化せずに棚に上げて。
保留。
先延ばし。
新人類。
棚がぎゅうぎゅうになりすぎて、今にも積み荷が零れてきそう。
もう臨界点。
そりゃこんな子供、まっとうな企業が採用するわけないわ。
こいつ途中で逃げ出すなって、大人の目からみれば丸わかりなんだから。
挫折の予感を覚えたら背を向けて。
目の前の壁には手もかけず。
身を引く理由を探してる。
ここだな。
今まで、こんなにも自分の深奥に潜ったことはない。
きっとこの先、ここまで潜ることはないだろう。
だから――
だから。
ここで決められなきゃ、きっと俺はこのままだ。
逃げる人のまま、大人になってしまう。
就活だってきっと逃げる。
業種を変えて、ランクを落とし。
頑張りましたって体裁だけは整えて。
だから!
俺は、ここでは。
ぐるりウルティモでは。
もう、逃げない。
これからの俺が、背中を丸めずに生きてゆくために。
俺は、この時初めて。
「誓い」を立てた。
自分の意志で。
自分の為に。
*
翌朝、ホテルの玄関口。
空港へ向かうバスが待っている。
スーツケースの音と、スタッフの誘導の声と、やけに明るい朝日。
昨日と同じ場所なのに、まるで別のイベント会場みたいだ。
「……結局、残ったんだね」
振り返ると、大渓さんが立っていた。
ネクタイはきっちり締めてるのに、顔は相変わらず緩い。
「結論、出た?」
「まだ迷ってますけど……勝手に抜けられる程身勝手にはなれなかったです」
「青いなー。真面目だなー」
くくっと笑って。
「でも……そんなだからこそ……いい【素材】なんだよなー」
肩をポン、と叩かれる。
軽いのに、逃げ場を塞がれる感じがする。
「クイズは真剣勝負。でも。意図も仕込みも、無いわけない」
そうだろうな。
黄石。
閑君。
あの男たちがいる限り。
「だって彼らはいい番組をつくりたいんだからね。その為にはなんだってする。業界の大人としてね」
大渓さんはバスの方へ顎をしゃくった。
「そういう世界へ、ようこそ」
エンジン音が唸りを上げる。
呼ばれてる。
行き先は―― 異界ゲートの向こう側。
逃げない俺の、ゴールの見えない旅路。




