第八BF:ザ・バレー 7
全身から力が抜けた。
思わずへたり込みそうになったが、解答席に片手をついて耐える。
さすがにへなへな尻もちついちゃうのはカッコわるすぎじゃん?
「勝者席へ。次はド迫力のゲズマンダヒルが待っているぞ」
黄石の煌めく前歯に促されて、俺は解答席を離れ……
いつの間にか解答席の脇に回り込んできた閑君が掲げるフリップボードを見て、足を止めた。
『彼らにヒントを! 一つだけ!』
……こいつら、番組作りの為に悪魔に魂を売ってるくせして、たまにこういう捨てきれない人情味、出してくるよな。
ホント大人ってずるいぜ。
俺、こんなに青臭いままで就職しちゃっていいのかね。
ま、藻掻いて足掻いて泥沼にはまっちゃってる旅の仲間を助けたい気持ちは当然あるから、
その指示には喜んで従わせてもらいますがね!
「っとその前にっと」
黄石の目もまたこのフリップボードを捉えていたらしい。
軽い口調で俺の襟首をひっつかみ、質問を投げてきた。
「市籠くん、に勝利の秘訣を尋ねてみるか。君は何を考えてワードを変更したんだい?」
「えっと……」
言葉を探す。奴らに届くような、何か一言を。
「想いの純度…… ですかね」
「純度」
全員にクリティカルする言葉はない。
あいつらはそれぞれの理由と背景から抱えてるそれぞれの想いがある。
俺ではその核の部分まではわからない。
だから……
その核に付着してくる不純物の存在に、気付いてもらおう。
「最初の頃はワードに込められた想いに集中できてたんですけど、クイズが進むと焦りとか不安とか疑念とかが、自分の中で浮かび上がってきちゃって」
「ほうほう」
相槌だけってことはもうちょっと喋っちゃっていいんだな!?
「全員が絶叫しても誰もこだましてもらえなかった時、「ワード」と結ばれる「想い」にそういう邪念が混ざって、想いの純度が落ちたから目鼻耳口様に拾って貰えなかったんだと類推して」
「成程。無い知恵絞ってよく考えたな市籠くん!」
もうちょっと言葉を用意してたけど、黄石にポンと背中を叩かれる。
ヒントコーナーはこれで終わりか。
まあ、拙い言葉ではあれど。
伝えたいことは、言えたかな。
勝者席。
いつメンとハイタッチして腰掛け、まばらになった解答席を眺める。
「いくぞ問題。」
黄石の声が遠く聞こえる。
茂侍は目を閉じて顎を上げている。何事かを考えているのか、意識を集中しているのか。
ハナさんは大きなあくび。集中力切れてるな。緊張感はもともとない。
ボーイはショートジャブやアッパーを空に放ってる。あれはルーティンなのか、苛立ちの表れか。
李野くんはより猫背に。肩で息をしている。
墨市氏は一番向こうなので表情は見えないが、背筋は伸びている。
「洋書、やもめのヨナタン。先頭を走る――」
文学問題。俺でもわかりそうな出だし。
俺たちの絶叫が届かなくなってから、あからさまに難易度調整されてる気がする。
気、じゃないんだろうな。
そのぐらいの盤面コントロール、ウルティモは平気でやる。
『競技クイズ』じゃなくて『クイズバラエティ―』らしいからな。
「僕はここにいます!」「クイズ作家になりたい!」「ボーイって呼ぶな!」
だが十秒経過でタイムアップ。
叫ばなかったのはハナさんと茂侍。
ハナさんのきょとんとした表情を見るに、単に答えがわかんなかったんだろうが。
恐らく茂侍は――
「黄石アナウンサー。ワードの変更権を行使したい」
何かを、掴んだ。
「ボードの裏面に新ワードを記載して、ひっくり返してくれ」
「了解した」
さらさらと迷いなく、ちょっと長めの文字列を刻んでいく。
開示されたワードは、これまたあからさまなものだった。
『俺はとても焦っている』
「こりゃまた市籠くんに続いてあからさまなワードが来たな。開き直りっていってもいい」
「思考検討は継続するので開き直りではない。現状の立ち位置を規定しただけだ」
「って、君は思っているわけだ。事実はこだまが暴いてくれるぞ。……問題」
あ、ダメじゃないか茂侍!?
なんか急速に顔色が悪くなってきたぞ!?
体もガタガタ震え出したし……
呼吸もそれ、プレッシャーに押しつぶされるとき独特の、息を大きく吸えない感じが出てるじゃん!?
俺も就活の中盤から、複数面接官を前に一人で対峙するとそういう感じになったからな。
間違いない。
あれはもう、頭真っ白になるカウントダウン開始されたやつ!
「お、おおれはとと」
《おれはとてもあせっている》
「茂侍くん!」
「ホールの穴」
ぴんぽんぴんぽんぴんぽん!
……あれ?
なんかぬるっと勝ち抜けちゃったぞ!?
「茂侍くんおめでとう……おいおい腰が抜けてるぞぉ?」
「これまでに体験したことのないプレッシャーでしたから」
「君は何故ワードチェンジをしたのかな?」
「市籠先生のお言葉に着想を得ました。が、未熟な俺では湧きあがる焦燥感を留めることができず。ならば焦燥感で想いを満たしてしまえと……」
「まさに逆転の発想! ブレイクスルーってのはこうやって生まれるんだな!」
キャリーバックを引きずってこっちに向かって来た茂侍に両手を上げてハイタッチ。
……が、したかったんだが。
「? 市籠先生。バンザイは勝者席が埋まってからするものだが?」
茂侍の根っこはやっぱり茂侍でした。
「はは。ハイタッチだよ。こうやって勝者同士喜びを分かち合うんだ」
意図を汲んでくれた垂須さんが立ち上がって俺と手を合わせてくれた。
「さあ」
「はあ」
茂侍は困惑した顔で、音を鳴らすことなく、俺たちに手を合わせてきた。
「勝ったわりに浮かない顔だな」
「俺は…… ママへの想いを貫けなかったから……」
「もう俺たちのクイズは終わったから言うけどさ」
「なんでしょう先生」
「お前の『ママ』ってワードチョイス、網羅される感情の種類が多すぎだよ」
「あ、それ僕も思った」
「感情の種類?」
「ママ大好き、ママありがとう、ママにまた会いたい……。そういうのが全部『ママ』ってワードに括られちゃうから、想いを絞りづらい」
「よく一発目を通したよね」
「ああ……その理屈付けは腑に落ちる。思い返せばあのときは、ママに対する一つの想いで満たされていた」
「どんな?」
「ママ、俺頑張るよ」
《ままおれがんばるよ》
問題文を途中まで読み上げてた黄石が言葉を止めた。
丘の上を包む「あちゃー……」って雰囲気。
「以後、勝者の一切の私語を禁止します」
俺はその時、久しぶりに閑君の無機質な目にカミツキガメの幻影を見た。
勝者席はあと3席。
挑戦者はあと4名。




