第八BF:ザ・バレー 1
セラさんが進む。
ずしんずしんと、地面を鳴動させて。
そのいつもの振動を感じながら思う。
ゴーレムの歩行時の振動はもっともっと大きかったって。
そりゃあっちは頭からつま先まで硬い石でできてたからな。
重量比でいったら……どのくらいだ?
まあいいや、何倍も重いってことで。
……よく勝てたな俺たち!
次なる目的地は「ザ・バレー」。
実は今回、バトルフィールドのネーミング法則を崩して来た。
これまでのバトルフィールドは明確に地名だ。
或いはランドマーク名だ。
有名無名の差はあれど、現地人の地図に、あるいは地球のガイドブックにそう記されている。
だが、今回の「ザ・バレー」は違う。
そもそも異世界で「THE」なんて英語が出てくる時点で地球側の勝手な呼び名なんだなって予測はできる。
その程度は俺にもできた。
垂須さんの指摘を受けての話だけど。
「ここがザ・バレーなのかね?」
「まあ確かに山あいではあるんだけど…… 峡谷って程でもない」
セラさんは谷底に通された街道をかれこれ二時間進んでいる。
最初谷間に差し掛かった時、「いよいよクイズか!?」って身構えてから二時間。
なんか、バス内の空気が弛緩しちゃった。
緊張感って持続できないもんだね。
「どうですか椰子泉さん、進行方向的にザ・バレーって何か予想つきました?」
俺の問いに羊皮紙の地図を睨んでいたワイズメンは、紙面から顔を上げずに答えてくれた。
「この先もしばらく谷底を街道が続くんだけど…… その間街道以外の地名が記されてないのよね。 街道の先に天文観測所とか禁足地のマンドラゴラ群生地とかはあるんだけど、バレーって響きとは違うし。 現時点では予測できないわ」
「マンドラゴラですと!?」
「幸節ステイ。行くわけないだろ、そんな危険すぎる場所」
引っこ抜いただけで絶命必至な植物の群生地なんてデンジャーゾーン×おまえなんて危険なコラボ、オーディエンス総立往生だわ。
「天文観測って、巨大天体望遠鏡とかあるんですかね?」
「そういう科学的な研究所じゃなくて、星占い師が天文を読むための場所みたい」
やはりの文化摩擦!
「あと、ちょっと気になるのはここかしら」
椰子泉さんが地図の一か所を指差す。
そこは谷を抜けたちょっと先の平地に一つだけある小高い丘。
山って呼べるほどの高さもない。
比高200メートルもない。
周りには村落も無く、文字が添えられるような地名も地形もない。
なんかぽつねんと寂しそうに佇む丘。
「このね、あまりになにもなさそうな感じが、逆に怪しい気がするの」
正午にバスが止まったのは、まさにその丘の麓だった。
「お弁当をお配りしまス! ここでお昼休憩を取ったあと、あの丘にハイキングでスよ」
*
そろそろ日没を迎えようかという頃合いで、俺らは丘の上にたどり着いた。
緩やかで長閑なハイキングコース。
頂上に小さなお社っぽい宗教を匂わせるお社があった。
それと、早押し台も。
やるんだな、ここで。
でもこれのどこが「ザ・バレー」よ。
平原の丘じゃん。
愛媛県の平野部でよく見る風景じゃん。
って、がっかりする気持ちを飲み込んで、シャッターをパシャリ。
「なんか撮りたくなる景色でもあった?」
「いや全然」
「そうだよなー。なんの引っ掛かりも無い土地だもんなー」
垂須さんが背伸びをしながら続ける。
「じゃあなんで撮ったの? 写真。カメラ人間に向いてなかったよね?」
「ビフォーアフター」
「ん? どういうこと?」
「だってウルティモだし。絶対なんかありますって。風景がらっと変わるような何かが」
「ああそういう信頼感。確かにフックのないことはしないよね」
「おーい挑戦者諸君待たせたな。席につきなさい」
黄石が良く通る声を張り上げた。
解答台に着く。
ソサエティー組がざわめいた。
「ないぞ?」
……早押しボタンがない。ウルティモハットもまた。
かといって。
あの合宿の夜のような大声測定機もなければ、
ワイズメンズタワーの時のような紙ペラもない。
フリップボードすら。
あるのはマイクただ一つ。
……いや、なんか布切れがあるな。
紐付きの。
手に取って折りたたまれてた布を開く。
「目隠し?」
「そう、諸君が目隠しをしたら撮影開始だ」
今日の黄石はいつものバイタリティを感じさせる脂ぎった笑顔はしているものの、
常のミラーボールスーツもオランシェやヌーの時みたいなコスプレもしていない。
ブラックフォーマルにブラックタイ。
装飾も飾り気もない。
まるでヤツの分際で何かに敬意を表しているような……
威儀を正さねばならないような場所に臨むかのような……
それに勝者席のメダルプレゼンターのお姉さん、何か巫女さんっぽいって言うか。
ドルイド?
自然崇拝者?
そういう、敬虔な雰囲気が漂ってくる空気感を持ってる。
ちなみに眼はガンギマリ。
近寄らんとこ。
おっといけない。
各々指示に従って目隠しをつけてるな。
で、俺もちょっと遅れて目隠し。
「撮影開始」
ホイッスルという名の開戦のラッパが閑君総合プロデューサーによって吹かれた。
黄石は静かに語り出す。
「諸君らの後ろにある小さなお社。それはこの人間国家パルリスの最も辺境であるこの土地の民の祈りの結晶」
これまでと全然トーン違うな?
「『目鼻耳口』様を祀る祭壇だ」
名前。
名前よ。
「彼らは大っぴらにはその信仰を持ち出さない。語らない。なぜならパルリスは女神教の宗教単一国家だからな」
羽合には宗派を名乗るなとかオンエアしないとか言っときながら、宗教語りか。
まあ、文化語りなのかも知れないが。
「だが政府側も土着信仰の存在を知ってなお、指導や弾圧は行わない。それは政治的な判断か? 民族性への配慮か?」
まあ、本音と建て前っていうのはどこでも一緒か。
パチンコもソープも宝くじも、そういう暗黙の了解で成り立ってるし。
「違うね」
ん??
「禁忌だ」
風向き変わって来たな。
「人間風情が纏まって国家を成したところで。団結して魔王軍を撃退できたところで。どうしようもない、理解も出来ない神秘がそこにある。……諸君。目隠しをしたまま首を上げて空を仰げ!」
この緩急。
この空気の掴み方。
やっぱりこの男のアジテイタ―としての能力は図抜けてる。
気配でわかる。
俺と一緒に、周りの挑戦者が一斉に上を向いたことが。
「目隠しを取って!」
期待に胸膨らませて目隠しを取る。
夜空が、割れていた。
「そう! 天蓋に走る一本の深淵なる亀裂! 第八バトルフィールド、ザ・バレーだ!!」




