俗物三羽烏 5
聖櫃が砕け散る。
数千年だか数万年だか、ずっとそこに在り続けたであろう神秘の遺物。
それが守護者の筈のゴーレムの一歩によって木っ端みじんになった。
ロマンもへったくれもない。
だが問題はそこじゃなかった。
ゴーレムは巨体を揺らしてゆっくりと歩き出す。
そして不意に。
近くに立っていた石柱へ巨大な腕を伸ばした。
メキメキメキ。
石が悲鳴を上げる。
バキィィィン!
柱が根元からへし折れた。
「うおっ!?」
俺たちは思わず身構える。
そのままゴーレムは折れた柱を振りかぶり――
ぶんっ!
瓦礫を拾って、二投、三投。
石と石がぶつかり合う破壊音が遺跡中へ響き渡る。
だが俺たちにも学者先生方にも当たらない。
かすりもしない。
「ノーコンか?」
そう思った。
一瞬だけ。
だが違う。
煙が晴れた先を見て理解した。
背後の通路。
俺たちが通ってきた唯一の道。
それが完全に埋まっていた。
思わず叫ぶ。
「あいつ逃走経路を塞ぎやがった!」
背筋が冷たくなった。
しまった。
完全に判断を誤った。
思考が取っ散らかっていた。
キューブ。
聖櫃。
封印。
遺跡。
ゴーレム。
目の前で起きるイベントが濃すぎて脳みそが処理落ちしていた。
歴史とファンタジーのスペクタクルに酔っていた。
青肌ちゃんたちが逃げ出した。
あの瞬間。
あの瞬間に。
無理矢理でも李野くんの首根っこ掴んで撤退すべきだった。
そうすればまだ間に合った。
その判断は常の俺なら出来てたはずだ。
だが…… 現実感を失っていた。
冒険に酔っぱらっていたんだ。
……いかん。
久々の現実逃避型の分析モードに嵌り込み掛けてた。
逃げるな、目の前の危機から。
逃げるぞ、目の前の巨体から。
ゴーレムに嘲弄の意図はない。
こいつは感情も魂も持っていない。
だからこれは受け手側の錯覚だ。
それでも。
まるで猫に弄ばれる鼠のような気分。
完全に掌の上だ。
「ひっ」
「ど、どうするんだ!」
「結界は!?」
流石に学者先生方も事態の深刻さを理解したらしい。
さっきまで歴史的発見だの何だの騒いでいた連中が顔面蒼白になっている。
遅ぇよ!
俺も人のこと言えないけど!
「李野くん!」
振り返る。
だが当の李野くんは、なぜか落ち着いていた。
焦る俺に慈愛の眼差しを向け、瓶底眼鏡をくいっと押し上げる。
「焦りは思考を狭めますぞ市籠くん」
妙に格好いい。
が。
いや今それ言ってる場合か!?
「ゴーレムにはですな。致命的な弱点があるのですぞ」
「マジで!?」
生存ルート!
そう思った瞬間。
ぶおん!
巨腕が横薙ぎに振るわれた。
「うおおおおっ!」
ボーイが飛び込む。
李野くんをタックルみたいに突き飛ばした。
直後、台風の如き風圧と轟音。
俺たちの頭があった空間を巨大な腕が通過する。
「要点を一言にまとめて!」
俺が叫ぶ。
李野くんも叫ぶ。
「エメスと刻まれた文字からエを削ってメスにすると止まりますぞ!」
「なるほど!」
なるほど?
いや全然わからん。
だが弱点があるのはわかった。
俺はゴーレムを見る。
複雑な文様。
いや、これ文様じゃない。
文字だ。
文字列だ。
全身びっしり。
肩にも胴にも腕にも脚にも、余すところなく刻まれてる。
意味不明な文字列の洪水。
しっかり弱点対策されてるゥ!?
弱点どころかダミー文字だらけじゃねぇか!
寿限無寿限無かよ!
「あわわどうしましょうどうするんですか市籠くん!」
俺と同じことに気づいたらしく、途端にパニックになる李野くん。
「次のプラン!」
「打ち止めですぞ」
さっきの賢者モード返せ!
ゴーレムが腰を捻る。
嫌な予感。
というか予感じゃない。
明確にわかる。
必殺パンチの構えだ。
当たったら死ぬ。
即死だ。
「こちらに!」
学者先生がたが叫ぶ。
俺たちは走る。
ゴーレムの脇をかすめるように。
転びそうになりながら。
必死で。
三人揃って。
学者たちのいる場所へ飛び込んだ。
学者先生が床に設置していたなんらかの機構を起動する。
魔法陣、展開。
いつかのストローマンで結界師が張った半透明ドーム。
あれが俺たちの周囲を覆った。
ガン!!
ゴーレムの拳が結界に直撃。
4トンクラスのトラック直撃くらいのパワーはありそうな一撃。
だが、結界は振動すれど割れず弱まらず。
ガン!
ガン!
ガン!
何度殴られても揺れるだけで、壊れない。
「おお……」
「耐えてるっす!」
「耐えてますな!」
ひとまず。
本当にひとまずだが。
安全圏は確保された。
「市籠先輩テイムできないっすか?」
ボーイが聞く。
「あれ生き物じゃないし無理っぽい」
「そうっすか……」
「ボーイこそジョーカー的な切り札なんかないの?」
「俺のジョブ使い方わかんないんすよ」
「学者先生方は?」
「我々は非戦闘職なので……」
学者先生が額の汗を拭う。
万事窮すか。
「しかしながら、逃げた冒険者がギルドから応援を呼ぶはずです」
青肌ちゃんたちか!
「一日耐えれば」
「あ……」
俺たち三人。
顔を見合わせる。
二人とも顔面蒼白。
俺の顔からも血の気引いてる筈。
だって「一日」。
フリータイムは今晩の夕食までだ。
明日の朝一でセラさんバスに乗り込む予定なんだぞ。
「間に合わないじゃん……」
もちろん命は大事だ。
命最優先だ。
だが、俺たちの軽率な行動でクイズ進行に穴を開けることになるのか。
閑君とかスタッフ連中は有能だ。
なんとかするだろう。
体裁も整えるだろう。
でも……
「迷惑かけるなぁ……」
ものすごく。
「ごめんっす先輩方」
ボーイが俯く。
「俺が浪漫に急き立てられたばっかりに……」
「気にすんなボーイ。俺はマネーに惑わされた」
「やはは。私は知識欲に翻弄されてしまいました」
李野くんが笑う。
俺とボーイが同時に叫ぶ。
「「ヌーの悪夢、忘れてないからな!」」
「夢の事を責められるのは理不尽ですぞ!?」
ガン。
ガン。
外ではゴーレムが結界を殴り続けている。
だが、壊れる気配はない。
なら、やることは一つだ。
「さて」
俺はゴーレムを見上げる。
「あのパイポパイポのシューリンガンから、エメスとやらを見つけましょうか」
「ですな」
「どうせすることないっすし」
そうして。
学者先生方もひっくるめた俺たち七名は、結界越しに巨大な石人形の全身を観察し始めた。
文字。
文字。
文字。
ひたすら文字。
似たような記号。
似たような羅列。
意味不明。
眠くなる。
肩も凝る。
ガン。
ガン。
ガン。
物騒な打撃音だけが秒針の如く時間を刻む。
ガン。
ガン。
ガン。
そして約二時間後。
「――ありましたぞ!」
李野くんが叫び、全員の目線が李野くんの人差し指の先へ。
ゴーレムの左脇。
腕の付け根の陰。
そこに、他とは微妙に違う文字列が刻まれていた。
件の文字列。
エメス。
だが喜びも束の間だった。
問題は、その場所。
ゴーレムの左脇。
腕の付け根の陰。
しかも常時見えているわけじゃない。
左腕を大きく振り上げた時だけ。
攻撃モーションの入りから終端の3秒ほどだけ。
その文字列はちらりと姿を見せる。
つまり。
「即死パンチをかいくぐって、脇に潜り込んで、あの石肌を削り取る必要があるな」
ぽつりと呟く。
結論は明快だった。
至難と言うことを除けば。
というか無理では?
普通に考えて無理では?
4トンパンチだぞ。
風圧だけで人が死ねそうな代物だぞ。
一方。
学者先生方はすっかり落ち着きを取り戻していた。
結界の内側でお茶を淹れている。
お菓子まで出てきた。
ツルルはないな? 悪し!
「安全は確保されてますし、あとは待つだけですので」
優雅にティーブレイクである。
君らはそう。
俺らは違う。
明確な時間制限がある。
明日の朝にはバスに乗り、第八バトルフィールドへ向かわなければならない。
やるなら命がけ。
やらぬなら迷惑をかける。
旅の仲間たちに。
番組スタッフに。
穂積に。
椰子泉さんに。
ハナさんに。
衿衣に。
迷惑をかける。
命と比較するような話じゃない。
状況を話したらそれじゃしょうがないねと許してくれるだろう。
番組的には脱落扱いになるだろうけど、ただそれだけ。
脳内で開催された俺会議でも、議員の九割が挑戦案を却下していた。
当たり前だ。
危険すぎる。
馬鹿げている。
命は結界で保障されている。
ただ助けを待てばいい。
それで済む話だ。
だが。
脳内議員の残り一割。
野党少数派の声だけが、投票結果が出た後も妙にしつこく騒ぎ続けていた。
『また目の前の困難から逃げるのか』。
少数派はそう叫ぶ。
『命を掛け金とした無謀な挑戦こそ、現実からの逃げだろう』。
多数派はそう諭す。
多数派は正しい。
圧倒的に。
人としてではなく、生き物として。
だが、結論が出ても議論は終わらぬ。
少数派が一歩も引かぬ。
「市籠先輩」
隣から聞こえた声に、俺はすぐ反応できなかった。
ボーイだった。
いつもの軽い調子じゃない。
冗談もない。
真面目な声。
マジトーン。
やっと反応できた俺はボーイに……幼一郎に視線を向ける。
「なんだボーイ」
ボーイも真っ直ぐ俺を見ていた。
「一発だけ」
ごくりと喉が鳴る。
「左腕の一発分だけ、おとりになって貰えないっすか」
その言葉に。
俺会議で最後まで反対票を投じていた一割が、にわかに色めきだった。




