俗物三羽烏 2
冒険者ギルドへ飛び込んだ瞬間、空気が変わった。
ガヤガヤしてた。
わいわいはしてない。
で、やっぱりステックソンと同じく、鼻を突くのは鉄と血の匂い。
酒場の匂いとも違う。
汗。
革。
油。
鉄。
錆。
薬。
そういうものがごちゃ混ぜになった、生きるための場所の匂いだ。
木造の高い天井には魔石ランプが吊るされている。
昼間なのに結構明るい。
広いホールには鎧姿の男やローブ姿の女がひしめき合い、あちこちで商談や依頼の交渉が行われていた。
「なんかこう…… 滾るっすね」
「俺はちょっと引いてる」
これが体育会系と文科系の差。
ていうかボーイ、ホントになんでお前みたいなのがソサエティーにいるん?
早押しボタン叩いてる場合じゃない。
リングの上でミット叩いてろ。
「お、あの受付空いてるな」
禿頭で眼帯のいかついおっちゃんがダルそうに欠伸してるカウンターだけ、見事に誰も並んでない。
その左右の愛想笑い受付嬢たちには五~六人並んでるのに。
ま、あのおっちゃんもやる気なさそうではあるけど、訓練場を使うって一言断るだけなんだ。
誰だっていいし、早い方がいいだろ。
って、俺は思ってたんだけど。
「市籠先輩。俺、この列に並ぶっす!」
ボーイが宣言と共に最後尾に着いたのは一番長い列で。
そこの受付嬢は一番おっぱいが大きかった。
ボーイ。
ボーイよ。
や、鼻の下伸ばして並んでる他の冒険者連中も同じことか。
でもなー。
時間かかりそうだなー。
併設の食堂でツルルでも食べれるならそっちで待ってるんだけど、如何せん先立つものが……
金が無いのは首が無いのと一緒だな!
で、しょうがないから別の人だかりの様子を伺う。
壁面に入試の合格発表の様に群がってる。
あ、あれか。
依頼票ってやつか。
ちょっと興味ある。
興味あるけど……
異世界文字読めないしな。
ここにはサンタフェさんもいないし。
ゴルフもどきをやりに行っちゃったし。
……おのれハナさんめ。
俺の財布を破壊した張本人め。
まあ本人に悪気がないのはわかってるんだけど。
だからこそタチが悪い。
ま、列に並ぶのと受付嬢とのやりとりは希望通りボーイに任せて、
俺はおっちゃんに許可取って先に訓練場行っとくか。
すっとおっちゃんの窓口に立って、軽く会釈。
財布からギルドカードを取り出して提示する。
「訓練場使いたいんだけど、いいかな?」
「武器の貸し出しは? 指導員は付けるか?」
ぶっきらぼうながら応答はちゃんとしてるな。
「それぞれいくらかかる?」
「武器は貸し出しだけならタダだ。壊したら半額弁償。指導員は一人につきこのくらいだ」
なるほど。
魔法の指導員はお高いのね。
紙に書かれた金額を見て思わず眉が上がる。
あれだ。
大学生が軽い気持ちで頼める値段じゃない。
そもそも俺には金がない。
「武器だけでいいです。鞭、ありますよね?」
「鞭か。またニッチな武器を…… ああ、お前テイマーなのか。了解」
というやり取りで、なんか事態が動きだした。
「テイマー!? 今きみテイマーって言ったよね!?」
隣の列に並んでた推定悪魔な青肌ちゃんが、急にブッ込んできた。
や、言ったのは俺じゃなくて受付のオヤジだけどな。
青い肌。
巻き角。
くねる尻尾。
黒いチューブトップとファー付き黒皮ホットパンツ。
異世界来てから色んな種族を見てきたけど、悪魔系統はまだちょっと慣れない。
……というか距離が近い。
「御者ってできる? できるよね!? お願い助けて?」
トラブルの予感。
切羽詰まった雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「や、俺御者やったことない―――」
「市籠先輩は凄腕のテイマーっすよ!」
ボーイの華麗なるインターセプト。
お前いつの間に列抜けてきた。
そしてその目線はどこに向けてる。
「ホント! めっちゃ助かるぅ!」
何か俺の意志そっちのけで話が進もうとしてない?
「ウチら遺跡調査隊への補給物資届けるクエスト受注したんだけど、荷物受け取りにいったら馬車が待ってて……積み荷だけじゃなくて馬車そのものも補給物資だってオチだったの! うちら魔術師主体のパーティだから亜空間倉庫とかで荷運びは全然オッケーなんだけど、流石に生きてる馬は収納できなくて困ってたの! お願い! こっち来て!」
長い長い話長い。
人に嘴を挟む余地を与えない。
押しが強いし、話を聞く=了承するってスタイルで詰めてくる輩だ。
これ断ったら「やってくれるっていったのに!」とか難癖つけてくるぞ、多分。
で、周囲を巻き込んで俺を悪者に追い込むんだ。
俺、こういうタイプ知ってる。
大学のサークルにもいた。
「まあ俺らに任せるっすよ。市籠先輩はペガサスさえ意のままに操っちゃえる男っすから」
「すごーい!」
青肌ちゃんは前かがみになって、俺に上目遣い。
両手は肘のところで交差して……つまりは胸がむにっと強調されている。
たわわ。
これはとてもあざとい、狙ったたわわだ!
俺は引っかからないぞ。
こんな作為あるセクシーなんかに。
だいたいテイマーだからって馬に乗れるとは限らないし。
ペガサスだって向こうから懐いてきただけだし。
そもそも俺は文科系だ。
御者経験ゼロだ。
だが巨乳大好きボーイはもう釣り針を丸呑みしてる。
唾液を飲み込んでる。
目がハートマークになっている。
「お願いっす市籠先輩! この依頼受けて欲しいっす。女の子と…… 可愛い女の子と一緒に冒険するの、夢だったんすよ……!」
強い強い力強い指折れちゃう折れちゃうから。
ボクシング経験者の握力に一般文科系青年の指は耐えきれないから。
「だからお前はボーイなんだ」
「ボーイの何が悪い!」
開き直りやがった!
とても真っすぐに!
「おねがーい♪」
青肌ちゃんも媚びてくる。
まあ、そっちはどうでもいいんだけど……
冒険か。
冒険ね。
クイズの合間に冒険者クエスト。
なんか異世界旅行としては正しい気もする。
しかも。
正味の話。
金が無い。
とても無い。
切実に無い。
「日帰りできる距離です?」
「ポータル転送できるから午前中に出発できるなら夜には戻れるよ!」
「こちらのほうはいかほどで?」
「このくらい!」
……ん?
んんん?
これ、見間違いか?
金額の桁、間違ってないか?
「いいんですか? この金額で」
「そりゃCランク依頼だもん。均等割りでもこのくらいになるよ」
中堅どころの依頼か。
……こんだけあればツアー五回は行けるな。
その上で毎夕食にツルルを二個つけれるな。
俺の脳内で一瞬にして家計簿が弾き出される。
よし。
「ボーイ」
「やってくれるっすか?」
「依頼料は俺の総取りな?」
「むむむ…… でも青肌ちゃんの為ならば!」
「で、お姉さん」
「おっけー、みんなを紹介するね♪」
「まずは馬との相性を見てみましょう。で、行けるようなら受けますよ」
「ありがとー!!」
「俺も茂侍先輩に続いて市籠先輩のこと先生って呼ぶっす!」
「止めて。心底マジで」
先生呼びは本当に勘弁して欲しい。
俺はただの大学生だ。
しかも金欠の。
一時の感情で一晩にして貯蓄を失った無計画な男だ。
「あと」
行き先は異世界の遺跡。
じゃあ、アイツを誘ってやらないと。
こういう話なら絶対に飛びつく。
金欲しさじゃなく。
たわわ目的でもなく。
新鮮な発見に目を輝かせて。
「もう一人同行させたい男が」




