俗物三羽烏 1
「はーい、では定時となりまシたのでミニツアーに出発でス!」
「わーい♪」
サンタフェさんがてのひら大の赤いツアー旗を振ると、ハナさんは今日も元気に良い子のお返事を返す。
雲ひとつない青空の下だった。
ヌーを出てから数日。
俺たちは今、第八バトルフィールドの開催地近くにある山間の街へ滞在している。
街を囲むのは低い山々だ。
険しい峰ではない。
緑の毛布をかぶせたみたいな、なだらかな丘陵がどこまでも続いている。
山肌には花が咲き、木々の葉は風に揺れ、遠くでは羊に似た魔獣がのんびり草を食んでいた。
異世界だなんだと言われても、こういう長閑で牧歌な景色だけ切り取ればアジアの田舎の原風景だ。
空は高い。
二つの太陽が作る光は少し不思議だけれど、それでも青は青だった。
吸い込まれそうなほど青い。
それが、憎い。
そう、憎いんだ。
恨めしいんだ。
ハナさんのこの天真爛漫な笑顔が、今日この時に限っては。
「市籠君、どうしたの? あなたそんな寿美子みたいな三白眼でこっちを睨んで」
「ちょっと寝不足みたいで」
嘘つきました。
ホントはハナさんに呪詛を送ってました。
「まあ、深くは追及しないわ。でも『ともだち』になったから。心配くらいはするわ」
「ミシュヘット、楽しんできてください」
今回のミニツアーはゴルフとかクリケット的なスポーツ体験。
大高原にてのミシュヘット体験コース。
無防備なもふもふもいっぱいいるよ。
なもんで参加費がちょいお高め。
俺はヌーのホテルにて、ハナさんのホームシック解消のための遠距離通話代を立て替えて財布がすっからかんになった上に、仕送りの前借りをも無残にも断られ、ツアーに参加できないはおろか、デザートにツルルをつけることすらままならない身となっていた。
だというのに!
あの天然ぽわぽわ娘(※もうすぐ26歳)ときたら!
ちゃっかりツアー参加費を椰子泉さんにおねだりし!
これから大自然を相手に異世界スポーツを楽しむのだ!
……まあ、流石にカッコ悪いので、この想い口には出さないけど。
出せないから笑顔で出発を見送ってるんだけど。
こう、釈然としない想いが、胸の奥で、めらめらと。
ハナさんたちを乗せた馬車がゆっくりと坂道を登っていく。
その先には広大な高原地帯が広がっているらしい。
緑の草原。
蒼穹に吸い込まれる白球。
風を受けて揺れる花畑。
思い思いにくつろぐシープやゴートの魔物たち。
絶対楽しいやつじゃん。
くそう。
「いーなー! いーなー!」
馬車に乗った友情三人娘がそれぞれ俺に手を振る様を見て、なぜか隣にいるボーイが俺に対する羨みを口にした。
「この突発性金欠で遊興費ゼロになった俺に向かっていいなとは?」
「市籠先輩ばっか女子と仲良くなって! なんすかあれ、クールビューティーにまで『ともだち』って? 心配って? かーっ! 港ヶ陸先輩といい、東京モンってやつぁ本当に…… このスケコマシ!」
「そんなんだからお前はボーイなんだ」
「ボーイって呼ぶな!」
「いいかボーイ。ともだちって言葉はな。そこでともだちって線を引かれた仲なんだぞ?」
「はっ!?」
「つまり、関係の行き止まりってやつだ」
「そうなんすか……」
マジで肩を落とすボーイ。
素直でわかりやすいやつだ。
ボーイこと波名真幼一郎。
関西クイズソサエティーの新人。
挑戦者最年少十八歳。
まだ少年っぽさが抜けていない。
背も高くないし、顔立ちも幼い。
そのくせ無駄に声がでかい。
こいつもスポーツ体験ツアーと聞いて体動かしに参加希望だったんだが、持ち金が足りなくて俺と一緒に見送りにまわった。
仲間。
いや、戦友。
いや違うな。
貧乏人仲間だ。
同病相哀れむ仲ってやつ。
「でもやっぱり羨ましいっす。女子に手を振って貰えるだけでも。一緒に食事できるだけでも」
「そんな、絞り出すように言わなくても」
「俺はね、市籠先輩」
「何よ」
「硬派なんすよ」
「ふーん」
「あ! 興味なさそうな態度っす」
「硬派界隈とは縁が無いんで」
というかそんな連中避けて通るしな。
あっちはあっちで俺の事なんて眼中に入れないし。
棲み分けが出来てる感じ。
もう別の生命体。
暑っ苦しいし。
めんどくさいし。
発散するエネルギー量に当てられちゃうし。
そんな硬派とは無縁の俺であっても、硬派が女の子と一緒にメシ食いたくて人を羨むことなんてないことくらい知っている。
結論。
ボーイはしょせんボーイ。
「だから、女子の友達いないんす」
「そういえばソサエティー、女子いないの?」
「……代表がキングっすから」
「ああ」
妙に納得した。
「それでも四月には居たんすよ、三人」
「ほうほう」
「二人はキングに戦士たる資格なしって除籍されて、一人は男作って辞めたっす」
「ひどいな」
「ひどいっす」
しみじみ頷き合う。
なんとなく俺が相談されるような雰囲気になって、二人あてどなく歩く。
ホテル帰ってもすることないし。
余計なお金使う余裕ないし。
街道沿いの石畳を歩く。
山から吹き下ろす風が心地いい。
乾いていて。
少しだけ草の匂いが混じっていて。
遠くでは鳥型の魔獣が輪を描いて飛んでいた。
第八バトルフィールドが行われるというザ・バレーは、この先にある。
具体的にどこを指してるのか参加者は誰も分からない。
地図に名前が載ってないのだとか。
最有力候補は半日の距離にある巨大な渓谷地帯。
でも今はそんなことより財布の中身のほうが気になる。
残金を思い出して気分が沈んだ。
今日から井戸水生活だ。
変な菌にあたらんといいけどな。
「ボーイはクイズ特訓に戻らないの?」
「なんかスポーツする気でいたんで、クイズの気分じゃないすね」
なんて、うだうだやってる俺たちと、鎧やらローブやらの数人がすれ違った。
冒険者だ。
そう言えば俺たちもステックソンで冒険者登録したよな。
ロードだのワイズメンだのカースメーカーだの。
波名真はジョーカーだったか?
あれも衿衣のペネトレイターと同じく謎ジョブらしい。
日本人であることで判定水晶球がバグったのやも知れぬ。
あ、俺はテイマー。
魔物使い。
気付けば精霊と仲良くなったりペガサスに気に入られたりしている。
エルフの長老曰くケモノとの魂の繋がりがごんぶとなのだとか。
鳥ちゃん元気にしてるかな。
人生ってわからんな。
就活の未来もわからんな。
冒険者たちはスイングドアの建物に吸い込まれていった。
交差する剣と杖の看板。
冒険者ギルド。
昼下がりの日差しを浴びて木製看板がきらりと光る。
中からは剣戟の音。
誰かの怒鳴り声。
笑い声。
酒場みたいな喧騒が漏れてきた。
俺とボーイは顔を見合わせる。
「市籠先輩。ちょっと訓練場寄ってかないっすか?」
どうせ暇だ。
金もない。
時間だけは腐るほどある。
だったら――。
「いいよ」




