◆ペナ仕置き:ヌー◆
「ねー? 吸血まだー?」
「お坊ちゃまは成長期ゆえ、健全な睡眠時間が必要でございますゆえ……」
ソファで足をぱたぱたさせているお行儀の悪いモーリーに、正対した老執事は慇懃に答える。
現在時刻、18:30。
本来は18時にペナ仕置きの撮影を開始する筈だったんだ。
でも、スタッフたちが燃え上がっちゃったんだ。
『ハイ! 牙の鋭い真祖がいいでっす!』
モーリーが敗北時に発した、その一言に。
モーリーにペナ仕置きを楽しませてなるものか、と。
だから緊急会議を開いてまで、ペナ仕置きの形を変えようとしている。
モーリーだからこそお仕置きになる形を組み立てている。
嬉々として。
或いは爛々として。
君たちさぁ……
番組の進行を遅らせてまでさぁ……
そんな私怨まみれの理由でさぁ……
わかってるじゃないか!
「黄石アナ。例の件、まとまりました」
「どうなった?」
「こちらの進行表をご覧ください」
ほうほう。ふむふむ。
成程、な。
これならモーリーにはきっついお仕置きになるだろうな!
「モーリー、晩餐室に移動だ」
「あ、折角の少年バンパイアならバックハグからの首筋ちゅーちゅーで!」
能天気に欲望を駄々洩れさせるモーリーの表情はだらしなく弛んでる。
おおよそ年頃のお嬢さんがしてはいけない顔だ。
この顔が数分後には歪む……
楽しみだ。
実に楽しみだ!
*
「あの? 私? 鎖で雁字搦めなんですけど?」
「君にゃー前科がありすぎるからね。フリーハンドでご子息様に合わせるわけにはいかないよ」
「高貴なお方!? ブルーブラッド!?」
「とびっきりだぜぇ? なんせ王子様なんだからな!」
「ロイヤルブラッド!」
モーリーの身体が喜びの余り跳ね回る。
椅子の背もたれに括りつけられているので、水揚げされた海老の様な動き。
本当にこいつは我慢が利かない。
「王子、ご入室されます。ご静粛に」
「麗しのかんばせ…… もごーもごー」
絶叫を迸せらんとしたモーリーの口を手で塞ぐ女性スタッフ。
君にも苦労かけたな。
円形脱毛したらしいな。
せめてこのペナ仕置きで多少なりともその鬱憤を晴らしてくれ。
キィ……
年季の入った重々しい扉が軋みながら開くと、その向こうから一人の少年が現れた。
表情は不遜にして不機嫌。
漆黒のユニセックスタキシードに金の縁取り。
金髪碧眼の王子様がお出ましだ。
「はぁ……」
王子様は憂鬱気に上座に付くと、我々を一瞥して一言。
「その女が、我に供されし日本女か」
「左様に御座います」
「変わらんな。日本人だろうと、大陸人だろうと」
冷やかにして怜悧な眼差しで、あからさまな落胆を口にした。
「えっ……」
期待からの落差に絶句するモーリー。
くっくっくっ……
始まるぜェ、お前にとっての地獄がな!
「説明しよう! 王子は大の偏食家で、ヒューマンの血液嫌い。栄えあるバンパイアの王子がこのままではいけないと、現在奮起されて人間の血を糧にすべく努力されているんだ」
「吸血鬼には吸血鬼の伝統というものがあるからな。下らぬ拘りだが、その血を引く以上責任もまた存在する」
王子は控えていたメイドにナプキンを付けて貰うと、老執事に合図した。
「良きに計らえ」
「畏まりました」
慇懃に頭を下げる老執事。
「えっ? えっ? 首筋ちゅーちゅーは!? なんで王子様そんな遠くに座っちゃうの!?」
混乱するモーリー。
「生物に直接牙を立てるなど、そんな野蛮で汚らわしいことなどできるか」
王子は実に不快気に眉根を寄せ、つまらぬものを見る目でモーリーに吐き捨てた。
「えっ? じゃあ吸血は?」
「この注射器で行いますな」
老執事が手にしているのは日本産の安っぽい注射器。
「失礼いたします、日本人様」
いつの間にかモーリーの傍に寄っていたメイド隊の一人がカーテシーにて優雅に一礼。
その手にしているのはアルコールの染み渡ったガーゼ。
それが、拘束されているモーリーの二の腕を清拭する。
「えっ、これって採血……」
眼を白黒させているモーリーの事情など斟酌せず、老紳士は注射針をモーリーの二の腕に静かに差し込むと、ゆっくりと丁寧に血を抜き出した。
「グロテスクな色をしているな」
「こちらのヒューマンより幾分、栄養素が芳醇なようです」
「そう栄養満点なの? だからお姉さんから直接ちゅーちゅーしよ?」
「……なんだこの女は? 誰か魅了したのか?」
「いいえ王子。この者は既にして吸血鬼に…… 魔の物に尋常でない執着を見せておりますれば、これはこの者の素であるかと」
「度し難いな」
「ああっ、その目! 冷たい目! 蔑んだ目!」
「……喜んでないか?」
「これ日本女よ。あまり若の教育に悪い言動をするでない」
そうして数十cc程の血液が無機質な注射器に収められ。
老執事は王子に恭しく注射器を掲げた。
「ふんふん…… 成程。事前の話通り、魔素は低いな」
「地球には魔術がございませぬ故に」
「ならば…… 行けるのか?」
「王子の血液嫌いの理由は魔素嫌いにあるという推測が確かならば」
「まあ、試してみるか。メイド」
「は」
控えていたメイドが王子から注射器を受け取ると、白ワインの入っていたグラスに数滴、注射器に蓄えられていたモーリーの血を垂らした。
白に溶け切らず、漂う赤黒のマーブル模様。
老執事とメイドは血の匂いに喉を鳴らす。
「お試しください」
「うむ」
そうしてワインをテイスティングするように、王子はグラスをゆらゆらと回し。
眼を閉じて。
香りをかぐと…… 顔を青くした。
「無理だ」
コトン。
テーブルに小さな音を立てて置かれるグラス。
広い天井に染み渡る静寂と失望。
「どぼじでぞんな゛ひどいごどゆ゛うの゛おぉぉぉお゛!?」
この状況に、ついにモーリーが切れた。
死霊でも憑依しているかの如く、びたんばたんと、体中の動かせる部分を無秩序に暴れさせて絶叫する。
「の゛んで! の゛んでよ゛ぉ゛! く゛わ゛ずぎらいし゛な゛い゛でぇ゛! お゛いし゛いか゛ら! ク゛セ゛にな゛る゛か゛ら!」
「うるさいぞ日本女。美味しい訳あるものか。こんな不純物塗れな…… コレステロールが充満した血液など。吐き気がする! 我の贄としてその血を捧げたいというのなら、まずは己が血をサラサラにしてこい!」
「うっ!」
思い当たることがあったのか。
モーリーは己の腹部あたりに目をやると、俯いたまま沈黙した。
そして、モーリー担当の女性スタッフ。
彼女の眼が愉悦に輝いていた。
あの目。
まるで僕のような目じゃないか!
「口直しだ、爺や。いつもの奴を」
「かしこまりました」
老執事は慇懃に頷くと、メイドの一人を呼びつける。
その手には一本の瓶が握られていた。
それを、空のグラスに音も無く注ぎ込む。
「昼獲れの豚の血液でございます」
「ぶた……?」
「こくこく…… うん。実に美味」
「な゛ん゛て゛……?」
「やはり管理された獣の血は旨い! そこな女の野放図に汚れた血とは違ってな!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛ま゛り゛だぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
【第七バトルフィールド】
【敗者:毛利井栞――― 強制送還】
【ヌーへの恒久的な入国禁止措置(ヌー政府発令)】




