第七BF:ヌー 5
「モーリーには一度、人の道ってもんを骨の髄まで叩き込んでやらないといけないな!」
黄石の声は笑っている。
瞳は笑っていない。
冗談めかした口調の裏に、確かな苛立ちと、そして――わずかな期待。
モーリーではそれに気づけない。
周りの冷え切った空気にも。
毛利井栞とはそういう女だ。
欲望第一。
ほかのことはお構いなし。
その姿勢は一周回って清々しいほどで、だからこそ厄介でもある。
スライム捕獲騒動から一度もその芯をぶらしたことはない。
『ずらいむ゛ぢゃんをぶにぶにじだいがだめに゛ぃ!』
あのときもそうだった。
危険だとか迷惑だとか、そういう概念が最初から彼女の思考に入っていない。
欲しいと思ったから捕る。
それだけ。
『大精霊様しゅきしゅき!』
『ペガサスファンタジー!!!』
『ぽんぽんを猫吸いしなきゃ!』
『100霊和合超モーリー、爆誕!』
『わわわ私は何にもやってない!』
……最悪だなコイツ!
「貰っちゃった」
モーリーが誇らしげに掲げるのは麻の包帯の切れ端。
本当に貰ったのか、つい千切っちゃったのかはわからない。
「この沈香の香りが凄い!」
だが、その浮かれポンチで他者を顧みない。
その、態度が。
クイ研たちに火をつけた。
「「「「…………!」」」」
傍目にも分かる。
ソサエティの四人が。
「…………」
関東の雄が。
「…………」
そして、元クイ研の公務員一人が。
その背に、炎を背負ったことに。
空気が変わる。
走っているだけなのに、まるで戦場の陣形が整っていくような気配。
あれは、間違いない。
反撃の狼煙だ。
クイズを愛する者からクイズを弁えぬ者に対する、静かなる宣戦布告だ。
その怒りは、叫びにはならない。
ただ、行動に変わる。
それが彼らの流儀なのだろう。
「波名真くん!」「ズビズバ☆フェスティバルっす」ぴんぽん!
次の問題をボーイが拾って一ポイント。
垂須さんが下がり、モーリーが最前列へ。
「異世界問題プリーズ!」
黄石はモーリーの軽口を無視して読み上げ開始。
「問題。デュラハン――」
運よくか、折悪しくか。
モーリー、復帰一発目で得意の異世界魔物問題。
だが、ここからデュラハンの何が問われるのだろうか。
種族か、性質か、伝承か。
そのあたりまで問いが進めば、モーリーならば確実に正答する。
既にリーチの身。
勝ち抜けは確定したといっていい。
しかし前提として、そのあたりまで問いが進めば、だ。
ポーン!
問いは、進まなかった。
この少年が崩した。
「ボーイ!」
モーリーの唖然とした表情の横で、波名真が自信なさげに解答する。
「えっと…… 妖精族っすか?」
ブー!
「ヤマを張り過ぎだ馬鹿者。ゾンビダンサーズに揉まれて来い!」
でもナイスファイト!
「……っス!」
ボーイは全力ダッシュでおそろしやダンサーズへと駆けてゆく。
背後では、相変わらずガニマタで踊り続けるアンデッドたち。
リズムは陽気なのに、距離が縮まるたびに本能的な恐怖がせり上がる。
あれに触れられること自体がペナルティだと分かっていても、やっぱり嫌だ。
嫌だからこそのペナルティ。
次に出てきたのは李野くん。
呼吸は乱れている。
瞳は燃えている。
「問題。とっぴんぱらりのぷうでおなじみの喜劇役者桔梗屋新右衛門。彼のトレードマークといえば?」
チキチキチキ……
カウントが進み……
ブブー!
タイムアップが来る。
解答順の入れ替わりはない。
向こうにダンサーズにタッチしたボーイの姿が見える。
彼はそこで立ち止まった。
そして後方のキングに向かって何事かを叫び。
くるり回れ右。
こちらに向かって猛ダッシュ。
カボチャの馬車の中までは声は届かない。
だが、その必死なボディーランゲージと。
強い想いによって生じた熱は伝わってくる。
「問題。」
次いで世界史の問題。
次いで食物の問題。
次いで時事問題。
決して難しい問題ではない。
俺ですら二問はわかった。
むしろ、サービス問題に近い。
だが。
誰も押さない。
押せるはずの者が、押さない。
全てがタイムアップ。
時間だけが無駄に消費されていく。
李野くんは答えなかった。
モーリーでは答えられなかった。
左の列には誰もいない。
そして五問目。
パターン的には異世界問題が来てもおかしくない頃。
「問題。やられ役として有名なゴブリ――」
やはり挟まれる異世界問題。
しかもまたしても魔物問題。
さらにはゴブリンが出るあたり、もうあと10文字も読み上げればモーリーなら正答間違いなしだろう。
デジャブを感じる戦局。
しかし。
やはり。
またもやそのタイミングで。
ポーン!
「李野くん!」
「……ゴブリンキング?」
ブー!
「んもう!」
ボーイの時の焼き直しだ。
モーリーが解答に確信を得る前の読み押し。
あるいはカン押しか。
「ふぅん」
椰子泉さんが感情の乗らぬ音で頷いた。
何かを察したのだろう。
「しからばペナルティを受けて参ります」
苛立ちをあらわにし始めたモーリーを一顧だにせずに、李野くんは駆けだす。
もたもたと。
よろよろと。
決して体力が余っているわけではあるまいに。
「おっ、自分からゾンビの群れに突っ込むか」
李野くんもやはりゾンビの群れの向こうのキングにエールを贈る。
一瞬だけ振り返り、何かを叫ぶ。
こちらに戻って来た時、李野くんの顔は笑っていた。
苦しいはずなのに。
最前列には茂侍が出てきた。
本来キングが出てくる番だが、彼はここにいないので飛ばされる。
残酷なルール。
「問題潰し」
衿衣が後方を睨みながら呟いた。
「問題潰し?」
ハナさんの問いに椰子泉さんが答える。
「他人の答えられそうな問題をわざと先回りで誤答して、ポイントを上げさせない戦術よ」
戦術。
その言葉が妙に重く響く。
「それってズルくない!?」
「ズルいから戦術として成り立つの」
ばっさり椰子泉は健在。
「それだけじゃなくありません?」
「そうね」
「何が? ほかにもズルいことしてるの?」
「わかる問題もわざとタイムアップにしてます」
「え。えー? なんでそんなことを!?」
ハナさんでは分からないか。
そういう悪意も。
きっと熱意も。
彼女には無縁の世界だろうから。
あれから七問。
三度の異世界問題。
今度は音楽史ではあったのだが。
モーリーが動く気配を察した茂侍が。
問題を、潰した。
「伝統派」
ブー!
「問題は最後まで聞く! 伝統派の中の最古派閥は? バイロイト派でしょ!」
「失礼」
茂侍が慇懃に一礼し、後方のアンデッドの群れに突貫。
その背中もまた、どこか晴れやかだった。
「もー! もー!」
モーリーが牛の鳴き声で不快感をお気持ち表明。
だが誰も取り合わない。
もう空気は完全に変わっている。
彼女以外の挑戦者は無言のうちに団結している。
「毛利井潰しなら問題潰しだけで事足りるはず」
衿衣にもわからないか。
あんまり人と関わった生き方してないみたいだから。
「無意味な問題浪費」
「なんでそんなことするのかな?」
「自業自得ではあるけれど…… 流石にモーリーが可哀そうになってくるわ」
俺だって積極的に仲間作りしてこなかったし。
寧ろチームプレイ必須なスポーツって苦手だったし。
でもさ。
それでもわかるのは男の子だからかな。
理屈じゃなくて、感覚で。
あいつらの動きの意味が。
「あいつらはね、衿衣、ハナさん、椰子泉さん」
クイ研の卑怯な行いで、胸が熱くなってしまうのは。
ただの嫌がらせなんかじゃない。
勝ちたいからでもない。
もっと真っ直ぐで、もっと熱い理由が、そこに見えるからだ。
「王の帰還を待ってるんだよ」




