第七BF:ヌー 4
左側の列は俺を含めて三人抜けた。
だからこの列には俺の後ろで走ってた椰子泉さんしかもういない。
なので。
仮に椰子泉さん以外の誰かが正答したとしても、
椰子泉さんが後ろに下がることはない。
交代要員がいないからだ。
ずっと回答権を維持できる。
凄い歪なルールだ。
でもゲームとしては面白い。
番組十年の歴史の重みを感じる。
垂須さんの時は全員横一列で走ってたっていうしな。
長年の試行錯誤の末に辿り着いた形なのだろう。
公平じゃない。
だが公平じゃないからこそ、極端な展開が生まれる。
偶然が弱者に意外なチャンスを与えることもある。
強者に解答機会が回らないこともある。
勝負としては残酷で、だからこそ視聴者は目を離せない。
走りながら考える。
息が上がる。
肺が焼ける。
思考が鈍る。
それでも答えなければならない。
もはや総合競技だ。
とは言え。
真に実力を持つものが機会を得たならば。
そんな企画意図、簡単にひっくり返ってしまうものなのだ。
FORTUNEの理不尽があるのなら。
INTの理不尽だってあるのだから。
ぽーん!「椰子泉さん!」「倒産の本質」ぴんぽん!
ぽーん!「椰子泉さん!」「どんタヌキ」ぴんぽんぴんぽんぴんぽん!
椰子泉さん、ストレート抜け。
早押しクイズで彼女の速度に追いつける人は誰もいない。
クイ研にすら。
キングでさえ。
ボタンに手を置くその瞬間、彼女の中では既に答えが確定している。
迷いが無い。
だから速い。
だから強い。
「セッカさんおめでとー!」
「うん」
「ワイズメンって凄い。俺はそう思った」
「ふふっ、友情四連結ね?」
カボチャの馬車の中にいるのはともだちオンリー。
とても気楽で気安い空気感。
とても勝負の最中とは思えない。
が、一歩馬車から外に視界を移せば。
そこに広がっているのは泥沼のクイズレース。
「……」
キングが三度、先頭に舞い戻って来た。
疲弊の色はすさまじい。
既に、左ひざをかばう様に引きずり気味に走っていた。
あの体格だ。
無理もない。
たしかに鬼門。
まだ一問も答えていない。
呼吸が荒い。
肩が上下する。
だが視線だけは死んでいない。
獲物を狙う猛獣のそれだ。
「エナジードレイン凄かった! もうフラフラだよ!」
真ん中の先頭にはつやつや顔のモーリー。
でも顔色は青いという矛盾っぷり。
くちびるも乾いてる。
そりゃそうだ。
ゴーストにわざと飛びついて、エナジードレイン強制したんだから。
ゴーストさん泣き顔だったぞ?
お前のエナジーまずかったのか、吸った後にげーげーしてたぞ?
ダンサーズのみんなも引いてたぞ?
うずくまるゴーストさんに肩を貸してマジうらめしやな視線をお前に送ってたぞ?
「お前なーモーリー。いくらアンデッドと交流したいからって、ああいうわざと負けは感心せんぞ?」
珍しくマジ声で注意する黄石だが、魔物オタには馬耳東風。
「次の問題いこー!」
るんるんで次の問題を促す始末。
異世界ぐるりを謳っている番組故に、必ず異世界問題が仕込まれる。
大体五問に一つくらい。
これがモーリーと噛み合う。
異世界問題しかわからないモーリーがここまで勝ち残れてしまう。
組み合わせの妙というか、盲点というか。
そして、次の問題もまた――
「問題。異世界から持ち込まれ、この度特――」
ポーン!
「モーリー!」
「ウパマンダーでっす!」
ぴんぽん!
異世界問題。
魔物問題。
それをモーリーはきっちり。
誰よりも早く抑えてくる。
沿道では、その様子をアンデッドたちが取り囲んでいる。
崩れかけた建物の窓から顔を出すゴースト。
石畳の上で手を振るスケルトン。
ふわふわ浮かぶ表す顔と手だけの球状集合体。
誰もが楽しそうに、楽しそうに見えるように応援している。
「おそろしや~~~!」
リズムに乗って声を上げる者もいる。
その光景はどこか祭りめいていて。
だが同時に、リビングマンからしたらどこまでも不気味だった。
「問題。しい――」
ポーン!
「モーリー!」
「ミイラの包帯解かないとだから!」
再びのわざと誤答。
なんて欲望に正直なやつ!
こいつにはクイズ中でも腰ひもと拘束具が必要だと思う。
是非前向きにご検討ください閑君さん。
「くーっ、ルールでこれ以上ペナルティ与えられないのが悔やまれるなぁ」
黄石のボヤキを背に受け、モーリーの身が翻る。
そこで、アクシデントが発生した。
「うぉっ!?」
翻ったモーリーの後ろ髪が李野くんの鼻っ面を掠め、李野くんが姿勢を崩す。
その乱れが後続のクイ研たちを巻き込んで三者転倒。
足音が乱れる。
呼吸が途切れる。
隊列が崩れる。
マラソンクイズにおいて、それは致命的だ。
そのうちの一人が――
「ぐあーーーっ!」
俺はその時初めて、荒火の悲鳴を聞いた。
今まで決して漏らしてこなかった苦悶の声。
痛みの訴え。
顔中を汗まみれにしながらも表情は涼しさを決して崩さなかった。
圧倒的な自負心からくる絶対的な痩せ我慢。
それがついに崩れた。
「荒火!」
思わず俺も叫ぶ。
荒火は立ち上がろうとして再転倒。
茂侍と穂積が荒火に肩を貸す。
貸そうとした。
ピッ!
しかし、それをスタッフが短いホイッスルによって止めた。
どうやら立ち上がらせることも禁止らしい。
スポーツ界においても。
競技会でマラソンランナーが転倒しても。
その原因が己の責に寄らぬ玉突き事故だったとしても。
人の手を借りた時点で失格になる。
そういうこと、なのだろう。
無情。
だがルールはルール。
馬車は走る。
荒火たちを置いて。
それでも。
体感でしかないのだけれど。
馬車の速度が、いくぶんか緩んだ様に感じられた。
番組スタッフのできる限りの気遣いをそこに感じた。
あるいは人間味を。
背後では、相変わらずアンデッドたちがガニマタで迫ってくる。
妙に陽気な、それでいて重々しいステップのまま。
腕を振り、腰を振り、笑顔とも咆哮ともつかない表情で。
動けぬ荒火との距離は確実に詰まっている。
モーリーが今度はミイラ男に吶喊している。
笑えない。
解答席には中央列の垂須さんのみ。
所在なさげに、それでも強い戦意を五体にみなぎらせ。
問題の読み上げを待っている。
黄石がマイクから半歩体をずらす。
視線を横へ。
伴走する小型馬車の上の閑君がペケサイン。
クイズの継続が決定された。
垂須さん一人に向けて読み上げる。
「問題。」
後方にはもう顔も見えない集団となったクイ研たち。
その中心に倒れ込む黒ランニングシャツが、こちらを指差した。
顔は見えない。
だが確かに射抜くような鋭い目線を感じた。
そしてひときわ通る低い声にて家臣へ下知が下される。
「戻れ! 戦士が戦場を放棄するな!」
「しかしキング、その足では……」
「俺がクイズを前に立ち止まることはない。案ずるな。必ず舞い戻る!」
膝立ちとなった荒火は、戦士たちに戦列復帰を促す。
その声にはまだ力があった。
折れていない。
だからこそ、周囲も動く。
「シータマックス」
ぴんぽん!
その間に垂須さんは一問を奪い取っていた。
この状況、垂須さんにとっておいしい状況のはずだ。
でもそういう顔をしていない。
悔しそうな。
苦しそうな。
どこか不本意さを感じさせる顔をしている。
だが、はっきりしていることは。
彼は、一歩進むと決めていることだ。
感情ではなく、意志で。
「問題。」
ボーイが左側先頭に復帰する。
ばらばらと穂積たちもまた復帰。
李野くんは遅れて、モーリーと共に復帰。
荒火はもう、顔が見えないほど小さくなっていた。




