第七BF:ヌー 3
「問題。」
第一問は必ずご当地問題。
それもちょっと観光ガイドとかに目を通せばわかる簡単な奴。
このお約束は、第一回大会の時からの伝統らしい。
各BFの事を思い出せば、確かにそう。
だから誰もが読み上げに集中する。
コンマコンマ一秒でもライバルに先んじてボタンを押すために。
己のハットの感嘆符を立たせるために。
「アンデッド国家・ヌーにおけるリビングマン特区とは――」
ここでボタンを押せるのは先頭を走る三名のみ。
衿衣、穂積、荒火。
俺たちのマラソンコースは長い長い直線コース。
アンデッド国家・ヌーのリビングマン特区と国境を結ぶ赤レンガの道。
沿道には――アンデッドたち。
壁際に並び、あるいは瓦礫の上に腰掛け、あるいは宙に浮かびながら。
「生きているヒューマノイドの生存を国家が保証する一帯となりますが――」
無表情な骸骨が、カタカタと手を打ち鳴らす。
ミイラが大きな包帯を日の丸に染めて振っている。
ゴーストがふわふわと揺れながら、なぜかポンポンのように淡い光を振っている。
応援、している。
明らかに。
「ウォオオ……」「オオオ……」「非怨怨怨……」
くぐもった声が重なり、奇妙な歓声になる。
日本人、やっぱりここでも人気者の模様。
勇者は一体、この不死の都でどんな偉業を成したものやら。
「国境から特区までを――」
ダンタンドン!
三つの解答席がほぼ同時に叩かれた。
速い。
速すぎる。
だが、この問題なら、俺でもこのタイミングで押せただろう。
ポーン!
「衿衣ちゃん!」
答えは、今俺たちがマラソンしている――
「赤レンガの道」
ぴんぽん!
衿衣が確信を抱いてボタンを押すとき、彼女は必ず押し負けない。
打釦の間を、勝負の呼吸を、完全に自分のものにしている。
ペネトレイター。
そのジョブの副次的効果なのかもしれない。
それとも単純に、才能と経験の積み重ねか。
いずれにせよ。
簡単な単発問題が出された時の衿衣は、強い。
「さあ、押し負けた野郎どもは最後尾まで下がれ」
右の先頭だった荒火は二歩左にズレて走行ペースを落とす。
すると後列が奴を抜き去って前進。
順番待ちの列が切れた頃合いで二歩右に戻って走行ペースを戻す。
体力配分を考えた無駄のないムーブ。
これも多分、ソサエティの合理追及の成果。
真ん中の先頭だった穂積はすっと脇にズレて回れ右。
最後尾に向かってダッシュを敢行。
十歩にも満たぬ走りですっと列復帰。
体力配分を捨てた情熱のムーブ。
想いが綴られたスカイブルーの法被がひらめいた。
下った二人は少なくとも四問は解答権を失う。
凄まじいルールだ。
ただ知っているだけでは勝てない。
ただ速いだけでも勝てない。
ただ走れるだけでも勝てない。
解答権のある状態で押し勝ち、正答するのが勝利の条件。
ようやくわかった。
これ、VIT値全振りのクイズ形式じゃない。
FORTUNE値も必要になる。
それも、実力の無いものほど、FORTUNE値に依存する割合が大きくなる。
え、つまり俺に極端に不利に働くってコト!?
やばいよやばいよ。
VITにだって自信ある方じゃないし。
せめてフォームを保たねば。
せめて呼吸を整えねば。
不利な形式の中で少しでも有利を引き寄せる為に。
なんて、俺の焦りを他所に、最前列に上がって来たのは墨市氏と茂侍。
後ろからはアンデッドの群れ。
ただし、全力疾走ではない。
あいつら、まだ踊ってる。
ガニマタで。
チュ、ランラン、デューワーラッ! パン!のリズムに合わせて。
腰を左右に振り、腕を振り、ステップを踏みながら。
じわじわと。
ひたひたと。
一定の距離を保ちつつ。
笑顔なのに怖い。
笑顔だから怖い。
めちゃくちゃ怖い。
でも、ちょっと面白いのが腹立つ。
この世界観、どうなってんだよ。
「問題。保育園における乳児が占める指数を、俗になんという?」
一瞬で空気が変わる。
難問。
誰もボタンを押さない。
さっきまでの分かる問題から、知らなければ手が出ない問題へ。
「……っ」
後ろから小さく聞こえて来た悔し気な吐息。
椰子泉さんだ。
きっとワイズメンな彼女はこの難問の答えを知っている。
でも答えられない。
解答権が無いから。
衿衣と、ハナさんと、俺が。
全て勝ち抜けるか解答権を失うまで、ボタンを押せないから。
社会問題。
それも知らなきゃ答えようのない知識問題。
分野としては得意分野なはずなんだけどな。
ちょっと時代の古い話だと逆にわかんないな。
考えながら走る。
だが、答えは浮かばない。
チキチキチキ。
残りタイムが計測される。
焦燥だけが積み上がる。
そこに。
ポーン!
「衿衣ちゃん!」
衿衣が、勝負をかけた。
「お婆ちゃんいない指数」
ぴんぽんぴんぽんぴんぽん!
そして衿衣は賭けに勝った。
開幕二問連続ポイント。
最速にての勝ち抜けコール。
「衿衣ちゃん一抜け! おめでとう!」
「ん」
「凄い速攻だったな! まさにペネトレイターだ!」
「そう」
黄石の祝福を淡々と。
いつも通り。
体温低めの最低限の返事で受け流し。
衿衣はハナさんと俺を一瞥すると、スタッフに促されてカボチャの馬車に乗り込んだ。
小さくて、大きくて、真っすぐな。
その背中は、クイズにおいてはやっぱり遠い。
追いつきたいと思う。
隣に並んでも恥ずかしくない程度には。
でも、今は目の前だ。
左の列は勝ち抜けた衿衣の代わりにハナさんが先頭につき。
真ん中と右の列から墨市氏と茂侍が最後尾に落っこちて。
代わりに出て来たのは垂須さんとボーイだった。
「思い出すねェ、垂須くん」
「いやな思い出だよ!」
「第八回の第8バトルフィールド。競馬場でのマラソンクイズ。いやー激戦だった」
「想い出話なんてどうでもいいから早く問題!」
やっと巡って来た解答権を前にMCをぶち込まれた垂須さん。
案の定イラち癖が爆発しておられる。
もう慣れた。
この人はこういう人。
「心拍数上げると余計に体力消耗しちゃうぞ? ――問題。」
空気が張り詰める。
いや、張り詰めるどころじゃない。
沸騰してる。
垂須さんのイライラ。
それはもはや圧だ。
周囲の空気を押しのけて、場を侵食してる。
「ぴえ」
悲報。
ハナさん、怯える。
小動物の様な鳴き声を上げて、体が一瞬固まる。
足をもつれさせる。
「世界のマズメノ漁獲量で、前年度――」
……足をもつれさせちゃったァ!?
「あわわ!?」
当然、つんのめるハナさん。
前傾する彼女は支えを解答台に求め――
ポーン!
ボタンを押しちゃった。
「舞網さん!」
「答えなきゃダメ?」
「あんたがボタン押したんでしょ!」
それはそうなんだが。
これは事故みたいなもので。
「あっ……」
流石に垂須さんも気まずそう。
イライラオーラを引っ込めて、ハナさんを不安そうに見てる。
が。
「んー、じゃあ日本!」
「くっ……」
なげやりに解答するハナさん。
悔し気に言葉を切る黄石。
悔し気に?
ってコトは!?
ぴんぽん!
これだよ。
正解だよ。
なんでだよ。
三ケタのFORTUNEだわ畜生!
「あー……」
黄石は静かに垂須さんを見やる。
垂須さんは視線を受けて静かに最後尾に下がる。
合わせてボーイも???って顔で下がってく。
幸運の暴威。
理不尽。
でも、これはルール内。
なにも問題はない。
「気を取り直そう!」
黄石の正気復帰と共に上がって来たのはモーリーと李野くん。
ナイトメア三タテした問題児コンビ。
コンビにしたら李野くんが可哀そうか。
ヤツには一応良識はあるが、探求心という発作持ちなだけなので。
モーリーには良識なんて無い。
あるのは我欲と愛情のみ。
「問題。か――」
ぽーん!
おい、モーリー。
問題読み上げ、たった一音だぞ?
一語ですらないんだぞ?
何でそこで押せる?
お前エスパーか?
「わかりません!」
ブー!
なんてこった!
あの野郎、アンデッドタッチの為にわざと誤答したな!
腰ひもで悉くアンデッドとの交流を遮られてきたから、反発力が高まり過ぎたのか?
「それはダメだろモー…… もう行っちゃったか」
黄石が苦言を呈す間もなく、モーリーは後ろに向けてダッシュ。
誤答ペナルティは追跡してくるアンデッドダンサーズにタッチして戻ってくること。
ゆっくりダンサーズに向かえばその分タイムロス。
ダッシュでダンサーズに向かえばその分体力ロス。
なのに、モーリーにはご褒美。
体力なんて知ったことか!
そう言わんばかりの猛烈な速度でダンサーズに走りよるモーリー。
走るために後ろに束ねた髪が嬉し気に弾んでる。
「ドレインしてして♪」
どうやらゴーストにターゲットを定めた模様。
「……ひぃ!」
ダンスを乱して身じろぐゴースト。
怖がらせる存在を怖がらせてどうするよ!?
「まあいい。次行こう」
諦めた黄石はクイズの続行を宣言。
モーリーに代わっては再びの穂積。
穂積の息は正常。
足取りもまだ軽い。
対するハナさんはさっきの足のもつれが祟ってか、息が乱れてきてる。
フォームが崩れてランニングから女の子走りになっている。
「問題。」
二人のクイズ戦士がボタンに手をかけ。
ハナさんはボタンの横に手を置いてる。
「今年度の猫のペット登録において、一番多かった名前はタマ――」
え、この振り。
直感が走る。
まさかな。
まさか犬の名づけ一位を聞いて来て。
その答えがポチなんてことは、ないよな?
「ではい――」
ポーン!
「ぬの名づけ……舞網さん!」
「ポチ!」
ピンポンピンポンピンポン!
来ちゃったよ。
まさかの問題。
まさかの二抜け。
流石の穂積でもこれには悔しそうな顔をして最後尾に。
李野くんはもう余裕がないのかふらふらと一旦立ち止まって最後尾に。
代わりに出てきたのはナンバーツーとキング。
そして、俺。
ナンバーツーは軽く額に汗の球が浮き上がっている。
呼吸はやや粗いか。
膝があまり上がっていない。
シューズの重さが負担になってる印象。
一方の荒火。
既に彼のタンクトップは汗まみれだ。
息は荒く、顔も真っ赤。
それでも貫く傲慢な不機嫌さには喝采の一つも上げたくなる。
俺。
呼吸はまだ乱れていない。
心臓はうるさくなってきた。
足の指先にはひりひりとした痛み。
体にこわばりもない。
頭は――冴えている。
カッコ悪いながらもここまでしっかり腕を振って走って来た。
常に一定のペースを心がけ、苦しくても呼吸を一定に保った。
それが功を奏したと思いたい。
体力戦。
ここで差が出る。
本来なら相手にならないクイズ強者二人。
だが彼らは絶不調と不調。
この差。
その差。
――ここが攻め時。
衿衣。
ハナさん。
友情二連結勝利。
勝者は全て左の列から。
解答も全て左の列のみ。
流れが来ている。
続かねば。
そして俺が。
今。
………………行ったれ!
ぽーん!「市籠くん!」「京都タワー」ぴんぽん!
ぽーん!「市籠くん!」「オッペケペ」ぴんぽんぴんぽんぴんぽん!
「ストレートで三抜け! おめでとう!」
友情三連結を達成した。
……出来過ぎだな。
あとがちょっと怖い。




