第七BF:ヌー 1
まず、俺たちの目に飛び込んだのは一台の大きな馬車。
カボチャの。
シンデレラかよ。
だが、目の前にあるそれは童話の優美さとは程遠い。
巨大な橙色の外殻は鈍く光を吸い込み、表面には黒ずんだ蔦が絡みついている。
節目ごとに打ち込まれた金具は装飾というより補強で、無理やり運用されている感が強い。
窓は薄い膜のようなもので覆われ、内側の様子はぼやけて見える。
どこか生き物じみた、呼吸しているような錯覚すら覚える不気味さ。
それを引くのは、体格の良い青い馬。
首のない奴。
筋肉の盛り上がりは明らかに常軌を逸しており、皮膚の下で何かが蠢いているように見える。
切断された首の断面からは血の代わりに青白い霧が立ち上り、ゆらゆらと揺れていた。
蹄が地面を踏むたび、乾いた音ではなく、どこか湿った、重たい響きが足元から伝わってくる。
そして――
その首無し馬の手綱を引いているのが、フルアーマーの騎士。
デュラハン、というらしい。
やっぱり首無し。
鎧は重厚な黒鉄色。鈍い光を帯び、無言の威圧を放っている。
空洞の首元。
にもかかわらず、その動きには迷いがなく、確かな意思を感じる。
そして。
その騎士は、小脇にフルヘルムを抱えていた。
中には――首。
自分のものと思しきそれが、きっちりと収まっている。
ヘルムの隙間から覗く顔は青白く、騎士らしく髪や髭は整えられてる模様。
わお!
目が合っちゃった。
向こうもなんか気まずそうに眼を逸らして来た。
抱える左手でヘルムを持ってペコリ。
「…………あ、どうも」
「…………いいお天気ですね」
それだけ言ってふいって目を逸らした首だけ騎士さんはたぶん緊張しい。
手綱は右手、頭は左脇。
それでもなお、完全に統制されている。
さらにもう一組、同じ構成のデュラハンが配置されている。
「日本人と目が合っちゃったよぅ」
「ちゃんと睨みつけてやったか? ビビらせてやったか?」
「そんなのむりぃ!」
「300年生きてるのに全然貫禄つかねぇなあ、父さん」
……情報量が多すぎる!
首無し馬と、それを御する首無し騎士。
カボチャの馬車を、二頭立てで曳いている。
逃げ道を断つようにも見え、あるいは厳重な護送のようにも見えた。
「タンデム希望!」
ヌーに入国してからのモーリーは腰ひもによって行動半径が定められており、デュラ馬に二ケツするという悲劇は事前に食い止められた。
だが、クイ研たちが気にしたのはそれらではない。
彼等の武装たる解答装置。
馬車の後部に取り付けられた、三台の早押し機。
え三台だけ?
まだ挑戦者12人もいるのに?
「マラソンクイズか」
「ついに来たな」
ギリ、と奥歯を噛み締める音が聞こえた。
「マラソンクイズって何です? 垂須さん」
スタッフの用意したジョギングシューズを足に慣らしながら尋ねるが。
「我々挑戦者は走りながら問題を聞き、早押しをするのですぞ」
垂須さんではなくて、何故か接近して来た李野くんによって回答が得られた。
「走りながら」
「ええ。ウルティモはINT値VIT値FORTUNE値ですからな。VITに特化したクイズ形式なのですよ」
成程。
スタッフは二組のデュラハンにカボチャの馬車を繋ぎ、その後部に早押し台が三つだけ並んでいる。
俺たち挑戦者は現在12名。
「だいぶ解答席足りなくない?」
「通例は回答権があるのは先頭の三名のみで、他者の正答、あるいはお手付き誤答で、先頭が最後部に回り、二番目が先頭に出て回答権を得る。こんな流れっス」
ボーイが俺の疑問を埋めてくれる。
先頭にいるうちにポイント稼がないとチャンスを暫く失う形式なのね。
「まあ鉄板のクイズ形式だよね。僕の時にもあったよ……」
垂須さんが少し遠い目で話題を続ける。
「というか、僕の時が初回だった。まだ洗練される前の形式でね。走行距離が…… それはとてもとても長くて…… ふふ」
「放映では大部分がカットされたそうですな。何でも名勝負だったとか」
「名勝負っていうか泥仕合だったよ。全員一列走行で、誤答がマイナスポイントでさ。僕ともう一人、お互いマイナス5ポイントまで行ったから」
「なるほど、歴史の真実とはそのようなものだったのですね」
なんか目をキラキラさせて茂侍までもが話題に参入してきた。
「……ていうか何で今回に限って俺の周りにソサメン集まってるん?」
「ちょっとキングがピリついてるんスよ」
「ピリついてなどおらん! ただ我々が集中して頂きたいだけだ」
茂侍の言葉に墨市氏も頷く。
彼等の目線の先――ひとりアップをする荒火。
獅子の如く散らしていた長髪を縛り、まとめ、頭頂に乗せていた。
常のオール黒革コーデを脱いで、ランニングに短パン、ジョギングシューズといった我々と同じいで立ちだった。
まあ、全て黒で統一しているが。
「あれ、自前の装備っス」
「勝ち進めば必ずこの形式のクイズが来ることは分かっていたこと。我が王に準備の抜かり無し」
「ここがキング最大の鬼門ですな」
「鬼門?」
「我が王は体重が貫禄ありすぎるので」
「膝への負担が大きいのですぞ」
ああ納得。
でも以外。
あの荒火に苦手があるなんて。
全てのクイズ形式に完璧な対策を打ってきてるもんだとばかり思ってた。
「このクイズ形式の為に痩せるって対策は取らなかったんだね」
「王には一目でわかる貫禄が必要だ。局所の対策よりも王としての在り様を優先するのだと言っておられたよ」
ブレないな王様。
憧れはしないが尊敬はするぜ。
なんて雑談をしている路上に、突如強烈な電子的キック音が響き渡った!
チュ、ランラン、デューワーラッ! パン!
聞き馴染みのある電子的なキーボードのリフとキレのいいハンドスラップ。
チュ、ランラン、デューワーラッ! パン!
迫ってくる。
踊りながら。
五十人……五十体にも届きそうな、アンデッドの群れが。
ただの群れじゃない。
統率されている。
振りが揃っている。
明らかに練習してきた動きだ。
骨が鳴るたびにカチャカチャとリズムを刻み、ミイラの包帯は風を切ってヒュンと鳴り、ゴーストたちは音もなく滑るようにフォーメーションを変える。
生と死の境界が曖昧になったような、不気味なのにどこか洗練されたダンス。
その先頭に飛び込む、真っ赤なレザースーツの中年。
「あっはっはーー!」
チュ、ランラン、デューワーラッ! パン!
踊り出した。
ゾンビメイクの黄石が。
たるんだ腹肉をわななかせて。
「アぉウ!」とか言って。
おいおい。
意外と芸達者なのはわかったが、月歩は別の曲だぞ?




