第9話 夜の遊び、お金と時間をかけるみどり
みどりとのデートは、最初は真理の穴埋めのつもりだった。
けれど気づけば、穴を埋めるどころか、別の穴を掘っているような気がしていた。
「せいちゃん、今日はどこ行く~?」
待ち合わせのたびに、みどりは当然のように腕を絡めてくる。
「……知り合いの店でいいか?」
「いいよ~。せいちゃんの顔が立つところがいい」
行き先は、銀座や六本木のクラブ、キャバクラばかりだった。
本来なら男だけが行く店に、みどりは平然と女一人として座り、まるで自分の店かのように振る舞う。
「ママ、このシャンパン入れちゃおうよ。せいちゃんのツケで~」
「おい」
「だって、せいちゃん社長でしょ? ここでケチったらカッコ悪いよ?」
周囲のホステスたちは笑い、ママは「山城さん、さすがですね」と俺を立てる。
若くて美人な女を連れている優越感が、背中を押した。
一晩で五十万が飛ぶ夜が増えていった。
(俺は、何をしているんだ)
自分に問いながらも、真理と別れた後の空っぽな夜を思うと、家に一人で帰る勇気が出なかった。
みどりといると、少なくともその時間だけは、寂しさを忘れられた。
――ただ一つの不満を除いては。
誰もが振り向くプロポーションと顔立ちとは裏腹に、みどりの夜は驚くほど淡白だった。
その物足りなさが溜まるほど、減っていく預金ばかりが目につくようになる。
(これだけ金を使って、得られるものは何だ?)
家庭的なところは皆無だ。
それなのに、みどりはときどき父親の話をして、悪びれもせずにこう言う。
「パパにね、『私、かなり年上と結婚するかも~』って言っといた」
「……そうか」
「そしたら『お前の金遣いはアラブの大富豪くらいじゃないと無理だ』だって。ひどくない?」
笑いながら言うが、山城には笑えなかった。
(江東区の中小企業の社長じゃ、規模が違うな)
自嘲が増えるたびに、「俺は何をしているんだ」という問いも重くなっていった。
そんなある夜、みどりが唐突に切り出した。
「ねえ、せいちゃん」
「ん?」
「私さ、ラウンジ辞めようかなって思ってる」
「……どうして?」
「もっといいとこで働きたいの。銀座の高級クラブとかさ」
予感していた答えだった。
「高級クラブ?」
「うん。六本木のラウンジって、危ない人も多いし。銀座のちゃんとしたお客さん相
手の方が、私に合ってると思うんだよね」
冷静になれば、ここで距離を置くべきだと分かっていた。
それなのに、口が勝手に動く。
「……知り合いのママに、頼んでみようか?」
「本当? やだ、せいちゃん、最高!」
みどりがぱっと笑って、腕にさらに力を込める。
「せいちゃんが紹介してくれたって言えば、絶対ちゃんと見てくれるよね?」
「ま、まあ……」
「やっぱり頼りになるなあ、うちの社長さま」
(なんで、俺はこんなことを言ってしまうんだ)
心の中で頭を抱えつつも、後には引けなくなっていた。
数日後、銀座の高級クラブのママに連絡を入れると、返事はあっさりだった。
「山城さんの紹介なら、一度会ってみましょう」
面接はトントン拍子に決まり、みどりは即採用になった。
「せいちゃんのおかげだよ。本当にありがとう」
「……そうか」
役に立てた嬉しさと同時に、小さな警鐘が鳴る。
(これで、また金がかかるぞ)
その予感は、すぐ現実になる。
「ねえ、せいちゃん」
銀座に移ってしばらくした晩、みどりが唇を尖らせる。
「今月さ、ドレスアップの日があるんだよね」
「ドレスアップ?」
「うん。ホステス全員、違うドレス着なきゃいけないの。でさ……」
みどりは俺の顔色を伺うように、少し声を落とした。
「まだ、ドレス決まってなくて。三十万ぐらいのやつ、欲しいのがあるんだ」
三十万。社員一人の月給に近い額だ。
「……高いな」
「だよね~。でも、銀座の一軍になるには、そのくらい普通なんだって。ママもさ、『見栄えは投資』って」
そう言いながら、みどりはわざとらしく肩を落とす。
「私、せいちゃんに甘えすぎかな……?」
「……」
「やっぱり、自分で何とかした方がいいよね。カード枠、もうギリギリなんだけど」
そう言いつつ、ちらっと俺を見る。
その目に、期待と不安が半々に混ざっているのが分かる。
「……いくらするって?」
「三十万くらい」
数秒の沈黙。
みどりは、言葉を重ねる。
「せいちゃんが無理なら、断るよ? でも、せいちゃんが応援してくれたら、私、もっと頑張れる気がする」
甘えた声で腕にしがみつき、顔を寄せてくる。
「ね? 『俺の女、銀座で一番にする』って言ったら、カッコよくない?」
(俺は、なんて馬鹿なんだ)
心の中でそう呟きながらも、口から出たのは別の言葉だった。
「……分かった。見に行こう」
「ほんと? せいちゃん、大好き!」
それからは、ドレスだけでは終わらなかった。
靴、アクセサリー、バッグ――「銀座仕様」の名目で、財布を開く回数は雪だるま式に増える。
さらに、その店でのみどりの「数字」を支える役も回ってきた。
「ねえ、せいちゃん。今月、ちょっと売上ヤバくてさ」
「……そうなのか」
「せいちゃんが来てくれると、ママにも顔が立つの。『山城さんは、みどりちゃんの大事なお客様ね』って」
そう言いながら、みどりは俺のネクタイを指でなぞる。
「お願い、今月だけでいいから。週に二回ぐらい来てくれない?」
「週に二回……?」
「ね? せいちゃんがいると、私も安心して席回れるし」
断る言葉は喉まで出かかって、消えた。
週二回が、いつの間にか週三回になり、高い酒が当たり前になった。
月の支出は、気づけば「小遣い」の域を超えていた。
(百万円……)
数字をまともに直視できなくなり、ただカードと通帳を眺めてはため息をつく。
(どこかで、歯止めを考えなくてはならないな)
頭では分かっている。
当たり前のことだ。
それでも――みどりの「ねえ、せいちゃん」という甘え声を聞くたびに、その歯止めは、少しずつ溶けていった。




