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交際クラブの男 ~会員番号の3618~  山城誠四郎  作者: 山城誠四郎
最終章 第六章 元キャンパスクイーン インスタグラマー 祐未
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3618の同僚、もう一つの番号

「で、あの“パーティー”のあとですよ」


佐伯は、ジョッキをテーブルに置いて言った。

泡が少しこぼれて、テーブルにリング状の跡が残る。

店は、会社からそう離れていない居酒屋だった。チェーン店ではないが、サラリーマンで賑わう、ごく普通の飲み屋だ。

カウンターとテーブルがぎっしり埋まり、テレビからはスポーツニュースが流れている。


「パーティーのあと?」

「はい。山城社長と別れてから、俺も一人、お持ち帰りしたんですよ」

「聞いてないな」

「言ってませんから」


佐伯は、焼き鳥の串を皿に置きながら続けた。


「まあ、あの雰囲気ですしね。向こうもそのつもりっぽかったし」

「どんな女だ」

「派手めの、美容系でした。まつエクサロンやってるって言ってましたね。化粧も服も、“いかにも銀座慣れしてます”って感じの」

「楽しそうじゃないか」

「最初はね」


佐伯は、少し苦笑した。


「酒も入ってたし、ノリもよかったし、“これはこれでアリだな”って思ったんですけど……性格というか、価値観というか」

「合わなかったのか」

「合わなかったですね。向こうは、“いかに男にお金使わせるか”がゲームみたいになってて」

「ゲーム?」

「“この前の人は、バッグ買ってくれた”とか、“こないだは、時計もらった”とか。それを、武勇伝みたいに喋るんですよ」

「そういう女は、分かりやすいな」

「分かりやすすぎて、逆に冷めました」


佐伯は、枝豆を一つ取って口に放り込んだ。


「まあ、一回きりならそれでもいいかなと思ったんですけど……正直、こっちが疲れちゃって。それっきりです」

「向こうからは、連絡があったのか」

「ありましたよ。“また飲もうよ”って」

「返事は」

「“仕事が忙しくて”って、やんわりフェードアウトしました」

「賢明だな」

「社長に言われたおかげですよ」

「俺が何か言ったか」

「“楽しいだけじゃ続かないぞ”って。あの夜、帰り際に」


山城は、言った覚えがあるような、ないような気分でビールを口に運んだ。


「まあ、あの会はあの会で、いい勉強になりましたけどね」

「そうか」

「社長は?」


佐伯が、少し身を乗り出した。


「“あの子”、どうなりました?」

「あの子?」

「ほら。小さくて、ボインでアナウンサーみたいな顔の。 ……名前、なんでしたっけ」

「村上祐未だ」

「そう、それ。あの子」


佐伯の目が、分かりやすく興味で光った。


「続いてるんですか」

「続いてるな」


山城は、隠すことなく言った。


「何回か会ってる」

「へえ。やっぱり」

「やっぱりとは、なんだ」

「いや、なんか、“あの子だけ空気が違った”じゃないですか。場慣れしてるようで、してないようで」

「あいつは、あいつでいろいろやってきた女だよ」

「ミスキャンって言ってましたね」

「ああ。そのあたりの話も、少し聞いた」

「どうです?交際クラブの女っていうより、“今どきの二十代後半女子”って感じでしたけど」

「そうかもしれないな」


山城は、箸を置き、少しだけ言葉を探した。


「クラブの“商品”って感じが、あまりしない」

「商品」

「真理やみどり、恵美や保奈美には、良くも悪くも“商品としての自覚”があった。プロとしての距離の取り方というか」

「たしかに」

「祐未は、そういう意味では、まだ“試している途中”なんだろう」

「試してる?」

「自分の魅せ方とか、男との距離とか。

 仕事とのバランスとか」

「なるほど」


佐伯は、感心したようにうなずいた。


「で、社長は。また本気になりかけてるとか、ないですよね」

「どうだろうな」

「出た、“どうだろうな”」


佐伯は、呆れたように笑った。


「社長、分かりやすいんですよ。“続いてる”って言うときの顔」

「そうか」

「そうですよ。俺も長いですからね、付き合い」


ビールを追加で頼み、二人分のジョッキがテーブルに並んだ。


「でも、今回の子は、山城社長の今まで聞いていた子たちとは少し違う気がしますけどね」

「どこがだ」

「なんとなくですけど」


佐伯は、少し考えるような顔をした。


「あの子、最初から“全部賭けてない”感じがしたんですよ」

「全部、か」

「そう。生活のため、とか、子どものため、とか、そういう背負ってる感じが、あんまりなかった」

「それは、そうかもしれないな」

「だから、逆に、社長がどこまで踏み込むのかなって」

「俺の問題か」

「社長の問題ですよ」

そう言って、佐伯は笑った。

 

「そういうお前は、さっきの女以外に、誰か続いてる相手はいないのか」

山城が聞き返すと、佐伯は「うーん」と唸った。


「仕事が忙しいのもありますけど……正直、あの会のあと、ちょっと怖くなったんですよね」

「怖い?」

「はい。社長見てて」

「俺を見て?」

「“本気になったら、こうなるんだな”って」

「余計なお世話だ」

「でも、そういうの見てると、“自分は、あそこまで行けるかな”って考えちゃって」


佐伯は、焼き魚の骨を箸で外しながら言った。


「家族もいるし、会社もあるし。そこまで抱え込む甲斐性が、自分にあるかって言われると……ちょっと微妙だなって」

「自分で分かってるだけ、マシだろう」

「そうですかね」

「無自覚で突っ走る男の方が、よほど危ない」

「それもそうか」


二人で、ほぼ同時にジョッキを傾けた。

 

「でも、またああいう会があったら、俺、多分行きますけどね」

「懲りてないな」

「懲りてないですよ。“怖い”と“楽しい”って、だいたいセットですから」

「名言のようで、ろくでもないな」

「社長に言われたくないです」


笑い声が、店のざわめきに紛れて消えた。

 

***


店を出ると、夜風が少しひんやりと感じられた。繁華街のネオンが、通りを明るく照らしている。


「じゃあ、俺こっちなんで」


佐伯が、駅と反対方向を指さした。


「気をつけて帰れ」

「社長こそ。祐未ちゃんのところ、行かないんですか?」

「今から行くほど、俺も若くない」

「そうですかねぇ」


軽口を交わして別れたあと、

山城は一人で駅へ向かう道を歩き出した。


——怖いと、楽しいは、だいたいセット。


さっきの佐伯の言葉を思い返しながら、心のどこかで「それは、そうかもしれない」と認めている自分に、苦笑した。

このときは、まだ知らなかった。

この夜からそう遠くない日、

別の場所、別の時間帯に——

自分と佐伯が、同じ女を挟んで立つことになるとは。

 



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