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交際クラブの男 ~会員番号の3618~  山城誠四郎  作者: 山城誠四郎
第五章 2000本超に出演したセクシー女優 保奈美
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第31話 台本のない夜、セクシー女優は「普通の人は、こういうことしますか?」と俺に聞いた

ベッドの上でも、保奈美は山城の想像とは違っていた。


もっと慣れていて、もっと余裕があって、男を手玉に取るような女性なのだと思っていた。長くその世界で生きてきたのだから、当然そうだろうと、山城はどこかで決めつけていた。


しかし、バスローブを羽織ってベッドの端に腰を下ろした保奈美は、驚くほど普通の女性だった。


濡れた髪をタオルで押さえながら、彼女は少し照れたように笑った。


「私、多分、普通の人が一生でする分くらいは経験していると思うんですけど」


そこで保奈美は、自分で言っておかしくなったように笑った。


「でも、それはほとんど仕事でした」


山城は黙って聞いていた。


「だから、こういうのが逆に難しいんです。普通に人と出会って、普通に食事して、普通にいい雰囲気になるっていうのが」


保奈美は視線を落とした。


「私がさすがに出会い系サイトを使うわけにもいかないですし。業界の人は、正直、あまり信用できない人も多いですし」


少し笑って言ったが、その声には疲れがあった。


「すごく悩んだんですけど、交際クラブに登録しました。変ですよね。こういう仕事をしてきたのに、普通の出会いが分からなくなってしまって」


山城は、胸の奥が少し重くなるのを感じた。


「あ、ごめんなさい」


保奈美は慌てたように顔を上げた。


「私、喋りすぎですよね」


そう言いながらも、まだ何か言葉を探しているようだった。

山城は、その姿を見て、ふと気づいた。

保奈美は緊張しているのかもしれない。

男慣れしている。場慣れしている。自分の身体をどう見せればよいかも知っている。


それでも、今この場では緊張している。

喋りすぎている。


場慣れしているはずの女が、今夜は言葉を止められずにいる。


山城は、それに気づいた。


それは、サキ先生と話すようになってから、山城が少しずつ身につけてきた心の目だった。耳に届く言葉の意味ではなく、その言葉を口にしている女の気持ちを見ようとする目。以前の山城なら、保奈美のお喋りをそのまま受け取って、「よく喋る女性だな」と思っただけだったかもしれない。


だが、今は違った。


喋りすぎるのは、余裕があるからではない。黙るのが怖いからかもしれない。自分を説明し続けていないと、相手にどう見られるか不安なのかもしれない。


「保奈美さん」


山城は静かに名前を呼んだ。


「はい」


「無理に話さなくても大丈夫です」


保奈美は一瞬、言葉を止めた。

山城は、ゆっくりと手を伸ばした。彼女が避けないことを確かめるように、頬に触れる。

保奈美の肌は、少し熱かった。

山城はそのまま顔を近づけ、優しくキスをした。


保奈美は目を閉じて、それを受け入れた。


その瞬間、山城は不思議な感覚に包まれた。


相手は有名なセクシー女優である。世の中の多くの男が、画面越しに彼女を知っている。だが今、山城の前にいる保奈美は、画面の中の女ではなかった。


緊張して、喋りすぎて、少し疲れていて、普通の出会い方を忘れてしまった一人の女性だった。

保奈美は、山城の胸に手を置いたまま、少しだけ身を乗り出した。


「普通の人は、こういうこと、しますか?」


その言い方は、冗談のようでもあり、本気で尋ねているようでもあった。


「普通って、何ですか」


「分かりません」


「私も、分かりません」


「じゃあ、二人とも普通じゃないってことで」


保奈美は小さく笑い、ゆっくりと体を重ねてきた。

その重みは、思ったよりも柔らかかった。


画面の中で見られるための身体ではなく、今、自分の上にいる一人の女性の身体だった。山城は、彼女の髪が頬にかかるのを感じた。髪の匂いと、肌の熱が近づいてくる。


保奈美は山城の目を見た。


「変ですか?」


「いや」


山城は首を振った。


「変じゃないです」


その答えを聞くと、保奈美は少し安心したように笑った。

そして、山城の額に軽く唇を落とした。次に、まぶた。頬。耳元。首筋。


上から順に、ゆっくりと降りていく。


その一つ一つが、急いで男を喜ばせるための動きではなかった。むしろ、山城の反応を確かめながら、自分自身も何かを思い出そうとしているように見えた。


山城は、息をするのを忘れそうになった。


保奈美の唇が触れるたびに、体の奥で小さな熱が灯る。彼女の手は慣れていた。けれど、その慣れの中に、どこか愛情のようなものも混じっていた。


その動きは、拙さの残る素人のものではない。

長くこの世界にいて、数えきれない男の上で試され続けた身体だけが覚える、男のツボを知り尽くして迷いのないリズムだった。それが山城には、たまらなく生々しかった。


「こういうの、仕事だと早いんです」


保奈美が、山城の胸元に顔を寄せたまま言った。


「時間も決まっているし、段取りもあるし、次に何をするかも、だいたい決まっていて」


山城は彼女の髪に手を置いた。


「今は?」


保奈美は少し黙った。


「今は、分からないです」


その声は小さかった。


「だから、ゆっくりでいいですか」


「もちろん」


保奈美は、また山城の胸に唇を落とした。


山城は、彼女を強く抱き寄せたい衝動を覚えた。だが、強く引き寄せることはしなかった。ただ、彼女の背中に手を回し、そこにいることを伝えるように、ゆっくりと撫でた。


保奈美の呼吸が少し変わった。


吐息がわずかに乱れ、肌の熱が一段上がる。それは演技かもしれない。仕事で身についた反応かもしれない。


だが、山城はもう、それを見抜こうとは思わなかった。

見抜くことより、今この瞬間、彼女が少しでも安心していることの方が大事だと思った。


保奈美は顔を上げ、山城を見た。


「山城さん、優しいですね」


その言葉に、山城は苦笑した。


「また、それですか」


「だって、本当にそう思ったから」


そう言って、保奈美はもう一度、山城に口づけた。

今度のキスは、さっきよりもずっと深い。

舌をゆっくりと絡めながら、彼女はキスそのものを味わうように、息を溶かしてくる。

舌先がそっと触れあった瞬間、保奈美の喉の奥から、小さな声が漏れた。


舌先がそっと触れ、保奈美の喉の奥から、小さな声が漏れた。


山城は、彼女の身体を受け止めながら、胸の奥で静かに思った。


この女性は、男を知り尽くしているのではない。知り尽くしたように見せなければ、生きてこられなかったのだ。


そのことに気づいた時、山城の中の欲望は、ただの欲望ではなくなっていた。

守りたい。休ませたい。しかし、背負ってはいけない。

その三つの気持ちが、同時に胸の中で揺れていた。


山城は、急がなかった。


彼女の首筋に触れ、肩に触れ、壊れ物を扱うように距離を縮めていった。保奈美も、いつもの仕事の呼吸ではなく、山城の動きに合わせるように、静かに身を預けてきた。


「山城さん」


保奈美が小さく言った。


「はい」


「こういうの、久しぶりです」


「仕事ではないこと?」


「はい」


その一言に触れた途端、山城の胸のどこかで、さっきまであったアダルトビデオ女優という好奇心の火が、静かにしぼんでいくのを感じた。

もともとこれは、腕試しのつもりだった。本気になることもなく、軽い遊びで済む相手だと思っていた。

アダルト業界の女なら、こちらが感情を履き違えることもないだろう——そんな都合のいい計算もしていた。

けれど、それらはすべて、山城一人の思い上がりにすぎなかった。

保奈美は、そっと山城の胸に額を預けた

お互いが心を通わせるような時間だった

―――――――

二人は、ベッドの上で、また、会話が始めた。


「名前が出てしまっているので、普通の人とはなかなか付き合えません。最初は普通に見てくれても、途中で変わるんです」


「変わる?」


「興味本位になる人もいます。急に雑になる人もいます。逆に、妙に神聖視する人もいます」


保奈美は小さく笑った。


「どれも、私じゃないんです」


山城は、その言葉を聞いて黙った。


…… どれも、私じゃない。……


その一言は、山城の胸に深く残った。


山城もまた、彼女を見ていなかったのではないか。セクシー女優という肩書きの向こう側にいる保奈美自身を、見ようとしていなかったのではないか。


「私は、保奈美さんと話していて、少し驚きました」


「何にですか」


「普通の人だなと」


言ってから、山城は少し失礼だったかと思った。

しかし保奈美は、怒らなかった。むしろ、少しほっとしたように笑った。


「それ、嬉しいです」


「嬉しいんですか」


「はい。普通って言われること、あまりないので」


山城は、彼女をそっと抱き寄せた。


その夜、二人の間にあったのは、派手な興奮だけではなかった。むしろ、静かな時間の方が長かった。言葉が途切れても、どちらも無理に埋めようとはしなかった。


保奈美は、時々ぽつりと過去の話をした。


売れていた頃の忙しさ。一日に何本も撮影が入っていたこと。家に帰っても何も考えられず、化粧を落とす前に眠ってしまったこと。ファンに支えられたこと。それでも、いつの間にか自分が空っぽになっていくように感じたこと。


山城は、ただ聞いた。


聞きながら、彼女の背中に手を置いていた。それは欲望のためというより、そこにいることを伝えるための手だった。


やがて保奈美は、山城の腕の中で静かに息を吐いた。


「山城さんって、不思議ですね」


「何がですか」


「急がないところ」


山城は苦笑した。


「年のせいかもしれません」


「違うと思います」


保奈美は目を閉じたまま言った。


「ちゃんと、相手を見ようとしてくれる感じがします」


山城は返事をしなかった。

…… そんな立派な男ではない。そう言いたかった。……


実際、山城は何度も間違えてきた。相手を見ているつもりで、自分の寂しさを見ていた。支えているつもりで、見返りを求めていた。優しくしているつもりで、相手を自分の物語に引き込もうとしていた。


だが、この夜だけは、少し違ったかもしれない。


保奈美を救いたいと思う気持ちは、確かにあった。それは山城の悪い癖でもあった。


けれど今は、救うというより、ただ休ませてあげたいと思った。


何かを買うためでもなく、何かを得るためでもなく、目の前の女性が少しだけ安心して眠れるなら、それでいいと思った。


しばらくして、保奈美はぽつりと言った。


「私、もう少ししたら本当に辞めたいんです」


山城は、彼女の髪に触れながら聞いた。


「辞めた後は?」


「分かりません。小さい店でもやれたらいいなって思うこともあります。美容でも、喫茶店でも。派手じゃなくていいんです」


「静かに暮らしたい?」


「はい。朝起きて、昼間に働いて、夜に眠るような生活がしたいです」


その言葉は、あまりにも普通だった。


だが、保奈美にとっては、その普通が遠かったのだろう。


「いいですね、そういう生活」


保奈美は小さく笑った。


「山城さん、そういうの応援してくれそう。私の本名は、鈴木たか子って言います

普通っぽいでしょ」


保奈美は、自分の本名を伝えた。

山城は、その言葉に少しだけ危うさを感じた。


…… 応援してくれそう。……


その一言で、また自分の中の古いスイッチが入りそうになる。

金を出そうか。店を探してやろうか。何か力になれないか。

そんな考えが、瞬間的に浮かんだ。


山城は、それをすぐに飲み込んだ。


今は違う。ここで何かを背負えば、また同じことになる。相手の人生を支えているつもりで、自分の存在価値を確かめようとしてしまう。


サキ先生の言葉が、頭の隅で響いた。

山城さんは、優しいんじゃなくて、少し背負いすぎるんです。

山城は深く息を吐いた。


「応援はします。でも、保奈美さんの人生は、保奈美さんのものです」


保奈美は少し驚いたように山城を見た。


「なんだか、先生みたいですね」


「最近、少し勉強しているんです」


「何をですか」


「女性との距離感を」


保奈美は一瞬きょとんとして、それから声を出して笑った。


「それ、面白いですね。

 あっ、勘違いしないでくださいね。お金は結構、稼ぎました。」


山城も笑った。

二人の笑い声は、夜の部屋に静かに広がった。


やがて、保奈美は山城の腕の中で眠りに落ちた。仕事で見せる顔ではなく、画面の中の顔でもなく、ただ疲れた一人の女性の寝顔だった。


山城はしばらく眠れなかった。


彼女の寝息を聞きながら、窓の外の夜景を見ていた。


この出会いは、これまでの女たちとは違うのかもしれない。


そう思った。


だが同時に、違うと思いたがっているだけかもしれないとも思った。


山城は、自分を信用しすぎないことにした。


目の前の女性を大切にする。しかし、勝手に背負わない。救おうとしない。恋愛だと決めつけない。


そう心の中で何度も繰り返した。


保奈美の寝息は、静かだった。


山城はその音を聞きながら、初めて少しだけ、交際クラブの女性と「何かをする」ことよりも、「何もしないで一緒にいる」ことの方が難しく、そして豊かなのかもしれないと思った。



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