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交際クラブの男 ~会員番号の3618~  山城誠四郎  作者: 山城誠四郎
第五章 2000本超に出演したセクシー女優 保奈美
29/42

第29話 泡風呂で語られた、二十八歳デビューの真実と「一日三本」の現場

食事の後、どちらからともなくそういう空気になった。


山城は、これまで何度か交際クラブの女性と同じような時間を過ごしてきたが、相手が保奈美だと思うと、少し勝手が違った。


彼女は有名なセクシー女優である。男をどう喜ばせるかなど、誰よりも知っているはずだった。そう思っていた。

ところが、部屋に入ると、保奈美は少し落ち着かない様子でバスルームをのぞき込んだ。


「お風呂、大きいですね」


そう言ってから、彼女は山城の方を見た。


「せっかくだから、一緒に入りますか?」


言った後で、保奈美は少し照れたように笑った。


その表情を見て、山城は意外に思った。画面の中の彼女を知らない山城でさえ、保奈美がそういう場面に慣れている女性だとは思っていた。だが、目の前の保奈美は、まるで普通の女性のように少し恥ずかしそうだった。


「実は、こういうこと、少し忘れてしまったんです」


保奈美は、山城の返事を待たずに続けた。


「いつもは台本があるので」


山城は一瞬、驚いた顔をした。

保奈美はそれを見逃さなかったのだろう。少しだけ肩をすくめた。

山城は、冗談めかして言った。


「私も、男優役は初めてです」


保奈美は一拍置いて、それから声を出して笑った。


「山城さん、面白いです」


「真面目に言ってます」


「それが余計に面白いです」


二人はしばらく笑った。

笑いのツボが合うというのは不思議なもので、それだけで相手との距離が少し近くなったような気がする。


「じゃあ、一緒に入りましょう」


山城はそう言って、バスルームへ向かった。


浴槽に湯を張り始めると、棚に小さなパッケージがいくつか並んでいた。保奈美はその中から一つを手に取った。


「これ、バブルバスですね。泡になるやつ」


「ほう」


「使ったことありますか」


「ないです」


「じゃあ、入れちゃいましょう」


保奈美が浴槽に注ぐと、湯の音に混じって、白い泡がゆっくり広がっていった。山城は、その様子を眺めながら言った。


「映画みたいですね」


「映画ですよ。普段はあまり使いません」


「使わないんですか」


「だって、自分で泡風呂入る人、あんまりいないでしょう」


「言われてみれば」


「ホテルだから入るんです」


そう言って、保奈美は少し悪戯っぽく笑った。


「先に入ってください。私、後から入ります」


「いいんですか」


「私、ちょっと準備します」


山城は言われるまま、服を脱ぎ、歯を磨き、先に泡風呂へ入った。湯の温度は少し熱めで、肩まで浸かると、食事の酒と緊張がゆっくり抜けていくようだった。


しばらくして、保奈美が入ってきた。


彼女は照明のスイッチに手をかけてから、少し困ったように笑った。


「電気、消したかったんですけど、真っ暗になっちゃいますね」


「点けたままで大丈夫ですよ」


「私が恥ずかしいんですけど」


「今さらですか」


山城が言うと、保奈美は声を出して笑った。


「ひどい」


「失礼」


笑いながら、保奈美は浴槽に山城に背を向けるようにして、静かに入ってきた。


湯気と泡の中に、彼女の白い背中がゆっくり沈んだ。山城の足先に、彼女の踵が軽く触れた。それだけのことで、山城の胸の奥が小さく音を立てた。


山城は、ごまかすように手を動かし、彼女の背中に泡をすくってかけた。


「すみません、勝手に」


「いえ、嬉しいです」


「肌に触れる手つきは、自然と慎重になった。相手が保奈美であっても、山城にとって目の前にいるのは一人の女性だった。


「撮影は、月にどれくらいあるんですか」


山城が聞くと、保奈美は少し間を置いてから話し始めた。


「私、デビューが遅いんです。二十八歳の時でした」


「それまでは?」


「普通に会社で秘書をしていました」


山城は少し驚いた。


「秘書ですか」


「はい。わりとお堅い会社でした」


保奈美は笑った。


「その頃、かなり年上の人と付き合っていたんです。その人に、私の中のそういう部分を……目覚めさせられたというか。開発されっちゃって……」


そこで保奈美は少しだけ言い淀み、湯気の向こうで小さく笑った。


「自分でも、もっと知りたいと思ってしまったんです」


「ほう」


「変ですよね」


「いえ、正直な方だなと」


「正直すぎますよね」


保奈美は、恥ずかしがるというより、過去の自分を少し遠くから見ているような声で話した。


「それで、当時アダルトビデオ女優を募集している事務所があって、面接を受けました。そしたら、すぐデビューが決まって」


「すぐですか」


「はい。そこからが大変でした」


保奈美は泡を指でゆっくり崩しながら言った。

背中にいる山城に見えるように指を3本立てていった。


「一日に三本撮る日もありました。朝から夜まで、場所を変えて。家に帰ると本当にバタンキューで、ソファに座ったまま、化粧も落とさず、朝まで寝てしまうことも何度もありました」


「化粧も落とさず?」


「落とさずです。落とす力も残ってないんです」


山城は黙って聞いていた。


保奈美は笑いながら話していた。だが、その笑いの奥には、身体を削って働いてきた人間の疲れがあった。


「そんなに売れていたんですか」


「ありがたいことに」


「お給料も、それだけ? 多くもらっていた?」


「それが、全然上がらなかったんです」


保奈美はくすりと笑った。


「何度交渉しても、変わらないんです。この業界、突然、消えてしまう人も多くいて。特に、お給料が上がった瞬間に、消えたり、主演本数を制限したりする女優さんが多いから、なかなか、上げてくれないんです。事務所側は、安くて、たくさんビデオ撮影したほうが儲かるんでしょうね。だからあまりにも忙しすぎて、一度、疲れて辞めたんです。そしたら、今度は別の事務所から良い条件で話をいただいて、そこに移籍しました。でも、結局また忙しくて」


「普通の会社みたいですね」


「そうなんです。華やかに見えるだけで、中身は普通の会社よりも厳しいかもしれません」


山城には、新鮮な話ばかりだった。


華やかに見える世界にも、普通の会社と同じように搾取があり、駆け引きがあり、移籍があり、給料の不満がある。いや、普通の会社よりもずっと逃げ場が少ないのかもしれない。


「もう、あらゆるエッチは、やりましたね」


保奈美は、どこか他人事のように言った。


「縛られたり、縛ったり。複数だったり、屋内だったり、屋外だったり、車の中だったり。」


山城は、どう返していいか分からず、少し笑った。


「すみません、こんな話」


「いえ、興味深いです」


「興味深い、ですか」


保奈美はおかしそうに繰り返した。


「山城さん、言い方が学者みたいです」


「頭が悪いので、学者にはなれません」


「真面目ですよね」


「今まででの作品で、印象に残っているものはありますか」


山城が話を変えると、保奈美は考えるように天井を見た。


「うーん。実は、撮影は中身がありそうで、無いので、本当にあまり思えてないのです」


そう言って笑った。


「だから、どの作品だったか分からなくなっちゃうんですよね」


「そんなものですか」


「そんなものです。一本一本に思い入れがあるというより、その日の現場を終わらせることで精一杯でした」


その言葉は、山城の胸に残った。


「あーそうすですね、思い出しました。一つだけ覚えているのがあります」


保奈美は少し笑った。


「おじいちゃんみたいな監督が撮った作品で、戦時中の話でした。旦那さんが出征している間に、近所のおじさんたちに無理やり……という設定で」


保奈美はそこで苦笑した。


「モンペみたいな変な格好をさせられて、設定もかなり無茶苦茶で。現場ではみんな真面目にやっているんですけど、私、途中でおかしくなって笑いそうになっちゃって」


山城も思わず笑った。


「笑ってはいけない場面ですね」


「そうなんです。でも、監督だけは本気で『これは昭和の悲劇なんだ』って言っていて」


「立派じゃないですか」


「立派ですよね」


二人はまた笑った。

その笑いが、湯気の中に溶けていった。


山城は、保奈美と一緒に笑いながら、不思議な気持ちになっていた。


会う前は、セクシー女優という肩書きばかり見ていた。男を喜ばせるプロ。割り切った大人の女性。自分が本気にならずに済む相手。


そう思っていた。


だが、こうして泡風呂の中で話を聞いていると、そこにいるのは業界で疲れ、笑いながら過去を話し、どこかで普通の静かな暮らしを求めている一人の女性だった。


山城は、また自分の先入観が崩れていくのを感じた。

そして同時に、胸の奥でいつもの感情が動き出すのも分かった。


この人を、少し休ませてあげたい。

そう思ってしまった自分に、山城は心の中で小さくため息をついた。


また、始まっている。


割り切るつもりで会ったはずなのに。腕試しのつもりだったはずなのに。

結局、山城は目の前の女性の疲れや孤独を見つけると、放っておけなくなる男だった。


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