第27話 ― キスと余韻の講義
薄暗い照明の下、二人はさっきと同じベッドの上に並んでいた。
天井の明かりは落とされ、スタンドライトだけが、柔らかく輪を作っている。
「なあ、紗季」
山城が、枕に頭を預けたまま、横目で紗季を見る。
「さっきの話、続きがあるって言ってただろ。
“終わったあとの振る舞い”とか、“翌日の連絡”とか」
「お、ちゃんと覚えてるじゃん」
紗季は、シーツの上で肘をつき、頬に手を当てた。
「そこ、かなり大事なところなんだよね。男の人が一番、気が抜けちゃうタイミングでもあるから」
「そこもダメ出しされるのか……」
「される覚悟、できてるんでしょ?」
口調は軽いが、目は真剣だった。
「じゃあ順番にいこっか。 “キスのテンポ” → “終わったあとの抱きしめ方・声のかけ方” → “翌日の連絡”。今日のカリキュラムは、この三本立て」
「立派なカリキュラムだな」
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1.キスのテンポ ―「スイッチ」じゃなく「会話」にする
「まず、キス」
紗季は、少しだけ身体を近づけながら言った。
「男の人ってさ、キスを“スイッチ”だと思ってること多いんだよね」
「スイッチ?」
「“ここからエロモードです”っていう、切り替えボタンみたいな扱い」
紗季は、わざと真顔で言う。
「でも、女からすると、キスって“会話”に近いの」
「会話?」
「うん。キスが上手いかどうかって、テクニックじゃなくて、“相手のリズムを感じようとしてるかどうか”」
紗季は、指先でシーツをゆっくり撫でながら、言葉を続ける。
「男の人のNGパターン、いくつかあるんだけどね――」
「またNGか……」
「これは本当に多いから言うよ」
紗季は指を折る。
「キスNG例 ・いきなり深くしすぎる(舌から入る) ・時間が常に同じで、休憩がない
・相手の唇の動きや呼吸を見ない」
「……耳が痛いな」
「キスってね、“触れるだけの軽いの”と、“少し長めの深いの”を混ぜて、間に“間”を入れてあげると、すごく安心するの」
「間、か」
「そう。例えば――」
紗季は、天井を見ながらイメージを言葉にしていく。
「最初は、軽く触れるくらい。そこで一回、離れる。相手の目を見て、少し笑って、もう一度近づく。これだけで、女は『選べる余裕』を感じられる」
「選べる余裕?」
「“この人に、ついていくかどうか、私が決めていい”って感覚。間もなく、ずっと押し込まれると、“流されてるだけ”って感じて、心が引いていくこともある」
「じゃあ、深いキスはどうなんだ」
「深いのがダメなんじゃなくて、“最初から最後まで深いの一本”がきついの」
紗季は、少し笑う。
「軽いの → ちょっと深いの → ふっと離れる → また軽く触れるみたいに、強弱つけてくれると、女は呼吸が整えやすい」
「呼吸か」
「そう。女のキスの気持ちよさって、“呼吸が乱されすぎないこと”も大事だからね。男の人はすぐに、“どれだけ激しくできるか”に意識いっちゃうけど」
「……思い当たることしかないな」
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2.終わったあとの抱きしめ方と、たった一言の差
「じゃあ次」
紗季は、少し真顔になる。
「“終わったあとの男の振る舞い”」
「それが一番、怖いところかもな」
「正直に言うよ?」
紗季は、布団を指でつまんで、きゅっと握る。
「どれだけ途中が良くても、終わったあとに雑に扱われると、女はその日全体を“失敗だった”って感じることがある」
「そんなにか」
「そんなに。 例えば――」
紗季は、過去の光景を思い出すように、静かに話した。
「“終わった瞬間に、すぐスマホを見る”“すぐシャワーに行って、戻ってきてもタオルを投げるだけ”“横を向いて寝る、または背中を向ける”」
「……よく聞くな、それ」
「これをされるとね、“さっきまでの私は、何だったんだろう”って、急に虚しくなるの」
「じゃあ、どうしてほしいんだ?」
「難しいことはいらないよ」
紗季は、ふっと微笑んだ。
「たった三つだけ」
「三つ?」
「1つ、“すぐ離れないで、少し抱きしめる”2つ、“短くてもいいから、言葉をかける”3つ、“相手の身体を気遣う一言を入れる”」
「具体的に言うと?」
「例えば――」
紗季は、仰向けのまま、イメージを紡ぐ。
「終わったあと、そのまま少し抱き寄せる。ぎゅうっとじゃなくて、ゆるく。そこで、一言」
紗季の声が、少しだけ柔らかくなる。
「『大丈夫?』『痛くなかった?』『疲れてない?』」
「そんな簡単な言葉でいいのか?」
「うん。 “できた男っぽいセリフ”はいらない。それより、“ちゃんと今の私を見てる?”って確認が欲しい」
「……たしかに、それなら俺にも言えそうだ」
「そして、できればもう一つ」
紗季は、少し照れくさそうに視線をそらした。
「『ありがとう』って、一言言ってくれる男は、かなりポイント高い」
「ありがとう?」
「そう。“させてくれてありがとう”って意味じゃなくて、“一緒に時間を過ごしてくれてありがとう”って感覚でね」
「なるほどな……」
「私ね」
紗季は、少しだけ遠くを見る目になる。
「昔、“終わったあとに、何も言わずに寝られたこと”があってさ。それまで楽しいふりしてたけど、その瞬間に、“あ、この人とは長く続かないな”って、どこかで悟ったんだよね」
「きついな、それは」
「逆に、“終わったあと、何度も抱きしめてくれて、『大丈夫?』って聞いてくれた人のことは、今でもちゃんと覚えてる」
紗季の頬が、少しだけやわらかくゆるむ。
「そういうセックスは、身体の記憶だけじゃなくて、“安心の記憶”になるから」
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3.“終わり方”と“翌日の一通”で、全体の印象が決まる
「最後、“翌日の連絡”ね」
紗季は、仰向けから横向きになり、山城の方に顔を向けた。
「ここ、地味に一番差が出るところ」
「正直、今までは“まあ、そのうち連絡すればいいか”くらいだったな」
「それ、かなりもったいない」
紗季は苦笑する。
「女の子の中で、“昨日のことがどんな意味を持つか”って、
翌日の連絡でかなり決まるの」
「そんなにか」
「例えばNGの例――」
紗季は、指で「バツ」を作る。
「・何も連絡をしない ・数日あけてから、いきなり“また会おう”だけ送る・『昨日は楽しかったね(だけ)』で終わる」
「最後のもダメなのか?」
「“楽しかったね”だけだとね、“都合のいい楽しい時間だった”って感じになりやすいの」
紗季は、静かに言う。
「“楽しかった”のはいいんだけど、そこに“どう扱いたいか”のニュアンスが欲しい」
「じゃあ、どう送ればいい?」
「理想はね――」
紗季は、自分のスマホを取るふりだけして、声に出して例を作る。OK寄りの翌日LINE例
『昨日は一緒にいてくれてありがとう。ちょっと緊張してたけど、○○の話が聞けて嬉しかった。 今日はゆっくり休めてる? また、無理のないタイミングで会えたらうれしいです。』
「……なるほど」
「ポイントは三つ」
紗季は、指を折る。
「1.“ありがとう”で始める 2.“体”じゃなく、“話したこと”や“時間そのもの”に触れる 3.“また会いたい”を押しつけずに、“無理のないタイミングで”と添える」
「“体じゃなくて時間に触れる”ってのは、分かりやすいな」
「そう。『昨日はすごく気持ちよかった』みたいなことを、翌日にいきなり書かない。あれは本当にやめた方がいい」
紗季は、はっきり言い切った。
「それを言われて嫌じゃない女の子もいるけど、“それだけだったの?”って、モヤッとする子も多いから」
「……たぶん、俺はそこまで露骨には送ってなかったが、 どこかで“楽しかったね”だけで終わってたかもしれないな」
「そこにちょっと、“その人をちゃんと見てた”ニュアンスを足すといいよ」
紗季は、やわらかく笑う。
「例えば――」
「『あのとき、少し緊張してるように見えたけど、大丈夫だった?』
とか、『帰り道、ちゃんと寒くなかった?』とかね」
「細かいな」
「でも、その細かさが、“ああ、この人はちゃんと見てくれてたんだな”って安心になるの。
セックスの上手さより、“見てくれてる人”かどうかの方が、ずっと大事」
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4.“終わり方”を丁寧にできる男へ
「山城さん」
紗季は、少しだけ真面目な目で見つめる。
「最初の誘い方とか、ベッドでの振る舞いもそうだけど――“終わり方を丁寧にできる男”って、本当に少ないの」
「終わり方、か」
「うん。終わり方が丁寧だとね、たとえ関係が続かなかったとしても、その女の子の中で、“悪い思い出”になりにくい」
「……それは、恵美にも、してやれなかったことかもしれないな」
「だからこそ、次からでいいんだよ」
紗季は、そっと言う。
「全部を取り返そうとしなくていい。ただ、“これからどうするか”は、いくらでも変えられるから」
「そう簡単に、変われるかな」
「変わろうとしてる時点で、半分は変わってるよ」
紗季は、やわらかく笑う。
「女心講義もLINE講義も、セックス講義も、
全部“女を攻略するため”じゃなくて――」
少しだけ間をあけて、続けた。
「“恵美さんに、胸を張って会える男になるため”だと思ってて」
その言葉に、山城は小さく息を呑んだ。
目の奥のどこかが、じんと熱くなる。
「紗季」
「なに?」
「……ありがとうな」
「お、今日は“ありがとう”が多いね」
紗季は、わざと冗談めかして笑う。
「でも、その“ありがとう”を、本当に言うべき相手に、いつかちゃんと言えるといいね」
「恵美に、か」
「うん」
紗季は、静かに頷いた。
「そのとき、“昔のままの山城さん”じゃなくて、ちゃんと“今の山城さん”として、会えるように」
ベッドの上で、二人はしばらく黙って天井を見ていた。
夜の静けさの中で、その沈黙は、以前より少しだけやさしいものになっていた。
ただ、山城は、恵美に会うことはないだろうなと理解はしていた
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第四章「紗季編」、最後までお読みいただきありがとうございました。
銀座のクラブ上がりの紗季は、山城がこれまで会ってきた女たちとは、また違う種類の女でした。
五十八歳の男が、四十を過ぎた女と向き合う時間──それは、若い女たちとの時間とは別の重みを持っていました。
次章「保奈美編」では、現役のセクシー女優・保奈美が登場します。
これまでで最も派手な、そして最も生々しい章になります。
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