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交際クラブの男 ~会員番号の3618~  山城誠四郎  作者: 山城誠四郎
第四章 銀座クラブ上がり ジジ転がしのプロ 恋愛HOW TO 紗季先生登場
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第26話 既読スルーとスタンプの女心

時計は、すでに夜の十一時を回っていた。

 テレビは消えていて、部屋にはエアコンの低い音だけが響いている。

 山城と紗季は、さっきからずっとソファに並んで座り、テーブルの上には、空になったコーヒーの紙コップが二つ。


「なあ、紗季」


 山城が、スマホをいじりながら口を開いた。


「もう一つ、聞きたいことがあるんだけど」


「授業の延長戦?」


 紗季は、少し笑って片眉を上げた。


「今日の生徒さん、なかなか熱心だね」


「授業料は、そんなに高くしないでくれよ」


「内容によるかな」


 紗季は、クッションを抱えて体の向きを少し変える。


「で、何?」


「既読スルーと、スタンプだけ返されるやつ」


 山城は、画面を見つめたまま言った。


「正直、あれが一番つらい。何考えてるのか、さっぱり分からん」


「お、大テーマ来たね」


 紗季は、ふっと息を吐いて笑う。


「じゃあ今日の講義タイトルは――

 『既読スルーとスタンプの女心』ね」


「その講義、録音しておきたいくらいだな」


「録音する前に、ちゃんと頭に入れなさい」


 紗季は、軽く冗談めかしてから、真面目な顔になる。


「まず、“既読スルー”って一言で言ってるけど、女側のパターンはいくつかあるの。

 山城さんが全部“嫌われた”で片付けてるのは、ちょっともったいない」


「じゃあ、その『いくつか』ってやつを教えてくれ」


「よし、分類しよっか」


 紗季は指を一本立てる。


「既読スルー・タイプA:

 “本当に忙しくて、頭が回らない”」


「それはまあ、分かる」


「仕事でバタバタしてたり、職場でLINEを開いちゃって、

 『あとでちゃんと返そう』と思ってるうちに、一日過ぎるパターン。

 これ、社会人女子にはめちゃくちゃ多い」


「それ、忘れてるのと何が違うんだ?」


「“返したい気持ちはある”ってところが違う」


 紗季は、さらっと答える。


「ただ、帰ってきて倒れ込んで、そのまま寝ちゃう。

 朝起きたら、もう別の連絡が上に来てて、埋もれる」


「ああ……」


「タイプB:

 “ちゃんと返したいから、時間を置いている”」


「それは……どういうことだ?」


「例えばさ、山城さんから、ちょっと重めの相談とか、

 深い内容のメッセージが来たとするじゃない?」


「……心当たりがありすぎるな」


「そのときに、“適当な返事はしたくない”って思う子は、

 スマホを見て、『落ち着いた時間に返そう』って決めるの」


「それで、既読だけついて止まるのか」


「そう。でも、その間に仕事や予定が入るでしょ?

 で、夜になって、ベッドに入ってから思い出すんだよ。

 『あ、まだ返してなかった』って」


「で、そこで返すのか?」


「真面目な子は返そうとする。

 でも、夜中の長文になりそうだなって思って、また翌日に回す。

 それが2周すると――」


「……そのまま?」


「そのまま。

 返したい気持ちはあるのに、“今さら何て書いたらいいか分からない”ゾーンに入って、

 結果として“既読スルー状態”になる」


「……それ、嫌われてるわけじゃないんだな」


「少なくとも、このタイプは違うね」


 紗季はうなずく。


「ただ、男側から見ると、“あれから返ってこない”って事実しか見えないから、

 “全部まとめて嫌われた”に分類しちゃう」


「たしかに、そうしてたかもしれない」


「じゃあ次」


 紗季は指を三本目まで立てた。


「タイプC:

 “ちょっと距離を取りたい、様子見中”」


「それは……やっぱり危険信号か?」


「まあ、これはやや黄色信号寄りだね」


 紗季は苦笑する。


「『この人、最近ちょっと重いな』『ちょっと押しが強いな』って感じたときに、

 あえて“すぐには返さない”ことで、

 『もう少し距離を置きたい』ってメッセージを送ってる」


「返さないこと自体が、メッセージってことか」


「そう。

 でもね、このときに男の人が“追撃LINE”を送ると、

 黄色信号が一気に赤になる」


「……やってたな」


「『なんで返事くれないの?』『俺、何かした?』って送るでしょ?」


 紗季は、山城の顔色を伺うように笑った。


「それを見た女の子は、『ああ、この人、本当に余裕ないんだ』って思って、

 さらに返しづらくなる」


「じゃあ、どうすればよかったんだ?」


「タイプCのときはね、“触らず、静観”が一番。

 少し時間を置いて、明るくて短いメッセージを一回だけ送る。

 それでダメなら、『そういう時期だったんだな』って受け入れる」


「……難しいな」


「難しいけど、それが“大人の距離感”」


 紗季は、淡々と言った。


「最後、タイプD」


 紗季は、四本目の指を立てる。


「“フェードアウトしたい”」


「……それは、さすがに分かる」


「これはもう、そのまんま。

 『これ以上、関係を深めたくない』『これ以上期待させたくない』ってときに、

 あえて返さずに、相手に察してもらおうとしてる」


「それ、はっきり言ってくれた方が楽なんだけどな」


「言える子ばかりじゃないからね」


 紗季は、少し肩をすくめた。


「それに、はっきり言ったら言ったで、『なんでだ』『理由を教えてくれ』って、

 “理由を求められる”怖さもある」


「……ああ、そうか」


「女の子の中には、“説明して怒られるくらいなら、距離を置いて終わらせたい”って子もいる。

 だから、既読スルー=全員が悪意ってわけじゃない。

 “怖さ”とか“気まずさ”とか、“自信のなさ”も混ざってる」


 山城は、しばらく黙り込んだ。

 自分が勝手に「嫌われた」と決めつけていた顔が、いくつも頭に浮かぶ。


「……じゃあ、既読スルーされたとき、俺はどうするのが正解だったんだ?」


「正解は一つじゃないけどね」


 紗季は、少し考えてから、穏やかに口を開いた。


「最低限のルールとして、

 “返事を催促するLINEは送らない”

 これだけは守ってほしい」


「それ、前にも言ってたな」


「それくらい大事ってこと。

 代わりに送るとしたら――

 時間をおいてから、“相手を責めない、軽い一言”」


「例えば?」


「“忙しそうだけど体調大丈夫?”とか、

 “返事はいつでもいいから、無理しないでね”とか」


「それ、本当に送ってもいいのか?」


「送り方次第だね。

 毎回そればっかり送ってたら、逆に重いけど」


 紗季は、少し笑う。


「でも、少なくとも“なんで返事しないの”よりは、百倍マシ」


「ふむ……」


「でさ」


 紗季は、テーブルの上のスマホを指さす。


「既読スルーとセットで、男の人が悩むのが“スタンプ問題”なんだよね」


「ああ、それも聞きたかった」


 山城は、身を乗り出した。


「文章じゃなくて、スタンプだけポンって返ってくるとき。

 あれ、正直何を考えてるのか、全然分からん」


「よし、じゃあ次のコマ。

 “スタンプの意味、5割は優しさ、3割は逃げ、2割はノリ”講義」


「細かい配分だな……」


「まずね、スタンプだけ返す女の子の心理は、大きく分けて三つ」


 紗季は、指を一本立てる。


「スタンプ理由その1:

 “ちゃんと返したいけど、今は余裕がない”」


「さっきの既読スルーのタイプBに近いか?」


「そうそう。

 文章を考える気力はないんだけど、

 『読んでるよ』『無視してるわけじゃないよ』ってサインだけ送りたいとき。

 このときのスタンプは、かなり“優しさ”寄り」


「なるほど」


「スタンプ理由その2:

 “これ以上会話を広げたくないけど、無視もしたくない”」


「それは、ちょっと痛いな」


「例えばさ、山城さんからのメッセージが

 “オチもない報告”だったり、“どう返せばいいか分からない内容”だったりするとね」


 紗季は、少し苦笑する。


「『ありがとう』『了解』って意味のスタンプ一個で、会話を締めてる」


「会話の終わりの印みたいなものか」


「そう。

 “ここで終わりにしたいです”って、やんわり伝えるサイン。

 なのに、そこでまた質問を重ねると――」


「……嫌がられる?」


「正直、ちょっと“空気読めない人”認定されることもある」


 紗季は、さらっと言った。


「スタンプ理由その3:

 “本当にそのスタンプを使いたいだけ”」


「そんなこと、あるのか?」


「あるある。

 新しく買ったスタンプを使いたいとか、

 そのときの気分にぴったりな絵があって、“これ以外の言葉いらない!”ってときもある」


「それ、どうやって見分ければいいんだ?」


「正直、一個一個のスタンプだけを見ても、分からない」


 紗季は、きっぱり言う。


「大事なのは、その前後の“流れ”」


「流れ?」


「例えば――

 普段から、文章とスタンプをよく混ぜてくる子が、

 そのときだけスタンプ一個、っていうなら、

 『今日はテンションで返してるだけ』『軽いノリ』の可能性が高い」


「普段の癖を見るってことか」


「そう。

 逆に、“今までちゃんと文章で返してくれてたのに、急にスタンプだけになった”なら、

 『ちょっと距離を取りたいのかな』って考える余地がある」


「……怖いな、そのギアチェンジ」


「でもね、その変化って、

 『疲れてるのかもしれないな』『忙しいタイミングなのかも』って可能性も同時にあるの」


「じゃあ、どう受け取ればいいんだ?」


「“自分に都合よく受け取らないけど、一番悪い方にも決めつけない”」


 紗季は、静かに答えた。


「例えば、こんな感じ」


 紗季は、自分のスマホに、例文を打ち込みながら説明する。


「山城さん:『今日は仕事でこんなことがあってさ〜(少し長めの話)』

 女の子:『笑ってるスタンプ一個』」


「あるな、こういうの」


「このときにさ、

 『なんだ、スタンプだけか、つまんないのかな』って落ち込むんじゃなくて、

 “忙しい中でも、笑いのリアクションだけ返してくれたんだな”って受け取るのも一つ」


「ポジティブに考えすぎじゃないか?」


「そう思うでしょ?」


 紗季は、にこっと笑う。


「でもね、女の子って、興味のない話にはスタンプすら押さない子も普通にいるの。

 スタンプ一個でも返してくれるってことは、“つながりは切らしたくない”ってサインでもある」


「……そういう見方もあるのか」


「大事なのはね、

 “スタンプ一個に、いちいち自分の価値をかけないこと”」


「自分の価値?」


「『スタンプだけ=俺はどうでもいい男なんだ』って、すぐ自分を下げない。

 女の子側の“余裕のなさ”“言葉にするのが苦手な気分”が、

 スタンプに逃げてることも多いから」


 山城は、自分の過去のトーク履歴を思い返しながら、小さくうなずいた。


「……じゃあ、既読スルーとかスタンプだけのとき、

 俺が一番やっちゃいけないのは、なんだ?」


「2つある」


 紗季は、二本の指を立てる。


「1つ目、“相手を責めるメッセージを送ること”。

 『なんで返事くれないの?』『スタンプだけって、どういう意味?』みたいなやつ」


「……はい」


「2つ目、“自分の価値を勝手に下げて、拗ねたメッセージを送ること”。

 『俺の話、つまらなかったよね』『もう送らない方がいいかな』とか」


「それも、やってたかもしれないな」


「この2つは、どっちも女の子にとって“重い”し、“扱いづらい”」


 紗季は、少し申し訳なさそうに言う。


「正直に言うと、そういうLINEを見ると、

 『この人とやりとりを続けるの、大変そうだな』って思われちゃうこともある」


「じゃあ、どうすればいい?」


「既読スルーやスタンプに対して、

 “何も返さない”っていう選択肢も、ちゃんと持っておくこと」


「返さない?」


「そう。

 相手の様子を見て、数日あけてから、

 “新しい話題”で軽く送る。

 『この前言ってた仕事、どうなった?』みたいに」


「前の未返信には、触れないのか?」


「触れない。

 “あれに返せなかったことを責めない男”って、

 女からすると、すごく楽なの」


「……なるほどな」


「山城さん」


 紗季は、少し真剣な声で呼びかけた。


「既読スルーやスタンプに過剰反応しない男は、それだけで“余裕がある”って見られる。

 余裕のある男は、女にとって安心できる相手」


「余裕か……今まで一番遠いところにあったな」


「だから、今、練習してるんでしょ」


 紗季は、やさしく笑った。


「大事なのはね――

 “女の反応”を見て、自分の価値を毎回揺らさないこと。

 既読スルーもスタンプも、『その子の今の状態』であって、『山城さんの価値』じゃない」


 山城は、その言葉を、ゆっくり噛みしめるようにうなずいた。


「……少しだけ、気持ちが楽になった気がする」


「それが今日の授業の合格ライン」


 紗季は、満足そうに微笑む。


「女心の正解を全部当てる必要はないの。

 ただ、“相手を責めない”“自分も責めすぎない”でいられたら、それでいい」


「紗季先生」


 山城は、半分冗談まじりに言った。


「俺、単位もらえそうか?」


「ギリギリ及第点かな」


 紗季は、わざとらしく考えるふりをしてから、笑った。


「でも、こうやってちゃんと質問してくる男は、伸びるタイプだから」


「伸びるタイプ、ね」


「うん。

 どうせなら、女の既読スルーとスタンプに振り回される男じゃなくて、

 “ああ、今はこういう状態なんだろうな”って、一歩引いて見られる男になろ?」


「……努力するよ」


「そのうち、“あ、この子、今ちょっと距離を取りたいんだな”ってときも、

 ちゃんと分かるようになるよ。

 そのとき、追いかけない選択ができたら――それが一番カッコいい」


 部屋の時計の秒針が、静かに時間を刻む。

 山城は、スマホを伏せて置き、大きく一度、息を吐いた。


「紗季」


「ん?」


「お前と話してると、自分のダメなところばっかり見えてくるけど――

 不思議と、そんなに苦しくはないな」


「それ、最高の褒め言葉だね」


 紗季は、少し照れくさそうに笑った。


「じゃあ、その調子で。

 次は“デートの誘い方”講義でも、やろっか」


「それは……恵美にも、関係ある話になりそうだな」


「もちろん」


 紗季は、いたずらっぽく片目をつぶってみせた。


「“誘い方”を間違えると、既読スルーまっしぐらだからね」




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