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交際クラブの男 ~会員番号の3618~  山城誠四郎  作者: 山城誠四郎
第四章 銀座クラブ上がり ジジ転がしのプロ 恋愛HOW TO 紗季先生登場
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第25話 山城の重すぎる男のLINE手術

テーブルの上には、飲みかけのコーヒーと、開けかけて止まっているポテトチップスの袋。

 部屋の空気はどこか緩んでいるのに、山城の手元だけが、妙に固かった。


「……よし、覚悟を決めた」


 そう言って、山城はスマホを紗季の方へ差し出した。


「なにその、遺書を書くみたいな言い方」


 紗季は笑いながらスマホを受け取る。


「どれどれ。山城さんの“重いLINEコレクション”を見せていただきましょうか」


「コレクション扱いはやめてくれ……」


 画面には、送信ボタンを押すかどうか迷っている長文の下書きが表示されていた。

 紗季は、黙ってスクロールし、途中でふっと息をついた。


「――うん」


「……なんだ、その“診断結果が重い”みたいな顔は」


「いやぁ……期待を裏切らないね、山城さん」


「悪い意味でか?」


「ほぼ満点で“重い男”って感じ」


 紗季は、悪びれずに言った。


「じゃあ、音読します」


「やめろ、それだけは……!」


「いいから聞きなさい。これも授業の一環」


 咳払いをひとつして、紗季は読み上げる。


「『久しぶり。最近どうしてる?

 前に会ってから、ずっと恵美さんのことが頭から離れません。

 あのとき、俺はいろいろと間違えてしまったと思っています。

 もしよかったら、もう一度会えないでしょうか。

 直接会って、ちゃんと話したいです。

 俺はまだ恵美さんのことを大切に思っています。

 返事がなくても構いません。

 でも、この気持ちだけは伝えたくて、メッセージしました』」


 読み終えると、紗季はスマホをテーブルに置き、深いため息をついた。


「……終身刑レベルに重いね」


「そんなにか」


 山城は頭を抱えた。


「俺としては、だいぶ抑えたつもりだったんだが」


「まずね」


 紗季は、一本ずつ指を立てていく。


「重いポイントを整理しようか」


「まだ切るのか俺のこと……」


「切らないと治らないの。恋愛のクセって、外科手術だから」


 淡々とした口調で続ける。


「重いポイントその1――“自己感情の連打”」


「自己感情?」


「『ずっと頭から離れません』『まだ大切に思っています』『気持ちだけは伝えたくて』。

 ほぼ全部、“俺は”“俺は”でしょ?」


「ああ……」


「読む側の恵美さんからすると、“あなたの気持ち”の圧が強すぎるの。

 女の子はね、“自分がどう感じるか”を大事にしたいのに、

 この文章だと、“あなたの感情を受け止める役”を押しつけられてる感じになる」


「……たしかに、『そう返さなきゃ』って義務感が出そうだな」


「そう。それが重さの正体。

 で、重いポイントその2――“答えにくいお願いの仕方”」


「『会えないでしょうか』ってやつか?」


「そう」


 紗季はうなずく。


「『もう一度会えないでしょうか』『ちゃんと話したいです』って、

 読んだ瞬間に、“これ断ったら悪い人みたいだな”って、罪悪感を刺激するの」


「でも、会いたいんだから、そう書くしかないだろ」


「会いたいのは分かるけど、そのままストレートに書くと“お願いの重さ”がすごい。

 女の子からすると、“この人の期待を裏切る決断を、私がしなきゃいけないんだ”ってなる」


「……確かに」


「そして、重いポイントその3――“保険の一文が、さらに重い”」


「保険?」


「これだよ」


 紗季は画面を指さす。


「『返事がなくても構いません』」


「それは、相手に負担をかけないようにと思ってだな……」


「気持ちは分かる」


 紗季は柔らかく頷く。


「でもね、女から見ると、“返事がなくても構わない”って言いながら、

 めちゃくちゃ返事を欲しがってるのが透けて見えるの」


「う……」


「『構いません』って言葉の裏には、“でも本当は返事がほしい”って匂いがあるから、

 読んでる側は余計に重く感じるの。

 だったら、最初から書かない方がまだマシ」


「そうか……」


「で、最後」


 紗季は、優しい目をしつつも、きっぱりと言う。


「重いポイントその4――“相手の今を、想像していない”」


「どういう意味だ?」


「この文章、全部『俺がどうしたいか』でしょ?

 『恵美さんが今、どんな状況か』『読んだとき、どう感じるか』に、配慮が足りないの」


「……ぐうの音も出ないな」


「だからと言って、“全否定”するつもりはないよ」


 紗季は、ふっと笑う。


「気持ちはすごく真っ直ぐだし、嘘もない。

 ただ、“そのままぶつけたら相手がつぶれる”ってだけ」


「じゃあ、どう直せばいい?」


「はい、ここからが添削タイムです」


 紗季はスマホを山城に返し、自分のスマホを取り出した。


「今の文章を、女が受け取りやすい形に“翻訳”してみる」


「翻訳?」


「そう。

 “俺の気持ちの告白文”から、“相手のペースを尊重するお便り”に変えるの」


 紗季は、自分のスマホにさらさらと打ち込みながら、口に出していく。


「まずね――最初の『久しぶり。最近どうしてる?』は、そのままでいい。

 シンプルで、重くない」


「お、それはセーフか」


「うん。問題はその後」


 紗季は、元の文章を見ながら、短く区切っていく。


「元の文は、こうでしょ?」


・前に会ってから、ずっと恵美さんのことが頭から離れません。

・あのとき、俺はいろいろと間違えてしまったと思っています。


「これを、こう変える」


「『前に会ってから、いろいろ考える時間がありました。

 あのとき、自分の気持ちばかりを優先して、恵美さんのことをちゃんと考えられていなかったな、と反省しています。』」


「だいぶ変わったな」


「ポイントは、“俺がつらい”じゃなくて、“相手に対して悪かった”に軸を置くこと。

 “苦しかったアピール”じゃなくて、“ちゃんと謝る姿勢”の方が、女は受け取りやすい」


「たしかに、印象が違うな」


「次」


 紗季は、さらに続ける。


・もしよかったら、もう一度会えないでしょうか。

・直接会って、ちゃんと話したいです。


「ここが一番重いところだから、こうする」


「『もし、恵美さんの負担にならないようであれば、

 どこかで少しだけ話す時間をもらえたらうれしいです。

 無理にとは言いません。今の状況や気持ちを一番に考えてください。』」


「“会えないでしょうか”が、だいぶ柔らかくなったな」


「そう。『会ってくれ』じゃなくて、『あなたのペースを優先するから、もし余裕があれば』って伝える。

 “要求”じゃなくて“提案”に変える感じ」


「なるほど……」


「そして問題の『俺はまだ大切に思っています』と『気持ちだけは伝えたくて』」


「そこは削るのか?」


「全部は削らない」


 紗季は首を横に振る。


「せっかくの正直な気持ちだからね。ただ、まとめ方を変える」


「『気持ちをどう表現するか』が大事なんだよ」


「例えば――」


「『今でも、恵美さんとの時間は、自分にとって大切な思い出です。

 だからこそ、あのときちゃんと向き合えなかったことを、きちんと謝りたいと思いました。』」


「“まだ大切に思ってる”が、“大切な思い出です”に変わったのか」


「今の恵美さんに、“まだ好きだ”“まだ大事だ”って直接ぶつけると、

 相手は、“その気持ちに応えるかどうか”を選ばなきゃいけなくなるでしょ?」


「たしかに」


「でも、“思い出として大切”なら、

 『そう思ってくれてるんだな』って受け取るだけで済む。

 そこから先に進むかどうかは、恵美さんの自由にできる」


「つまり、逃げ道を残すってことか」


「そう。“自由度”を残してあげるってこと」


 紗季は、静かに微笑む。


「最後の『返事がなくても構いません』は――」


「やっぱり、いらないか?」


「うん。でも、その代わりを入れる」


 紗季は、新しく一文を打ち込んだ。


「『ここまで読んでくれるだけでも、ありがたいです。

 返事は、恵美さんのタイミングで大丈夫です。』」


「それなら、ちょっとは軽いかもな」


「“構いません”じゃなくて、“ありがとう”に変えるのがポイント。

 相手に『返事をしない選択をする自由』と、『いつ返してもいい権利』を渡しておく」


「ふむ……」


「じゃあ、全部つなげて読んでみるね」


 紗季は、自分のスマホの画面を見ながら、ゆっくり読み上げた。


『久しぶり。最近どうしてる?

前に会ってから、いろいろ考える時間がありました。

あのとき、自分の気持ちばかりを優先して、恵美さんのことをちゃんと考えられていなかったな、と反省しています。


今でも、恵美さんとの時間は、自分にとって大切な思い出です。

だからこそ、あのとききちんと向き合えなかったことを、ちゃんと謝りたいと思いました。


もし、恵美さんの負担にならないようであれば、

どこかで少しだけ話す時間をもらえたらうれしいです。

無理にとは言いません。今の状況や気持ちを一番に考えてください。


ここまで読んでくれるだけでも、ありがたいです。

返事は、恵美さんのタイミングで大丈夫です。』


 読み終えると、部屋にしばし沈黙が落ちた。

 山城は、自分の胸のあたりを押さえるように、ゆっくり息を吐いた。


「……同じことを言ってるはずなのに、だいぶ違って聞こえるな」


「内容はほぼ同じだよ」


 紗季は、軽く笑う。


「“俺がどうしたいか”を前に出すか、“相手をどう扱いたいか”を前に出すか。

 その違い」


「相手を、どう扱いたいか……」


「そう。女心的にはね、

 『俺はまだこんなに好きだ!』って叫ぶ男より、

 『あなたの立場や気持ちを優先したい』って言える男のほうが、ずっと響くの」


「……紗季」


「なに?」


「お前、マジで先生だな」


「でしょ?」


 紗季は、得意げに胸を張る。


「これで、“重い男→少し余裕のある男”に、レベルアップだよ」


「少し、か……」


「いきなり“モテ男”にはならなくていいの」


 紗季は、やわらかく微笑む。


「ただ、“自分の気持ちを相手に押しつけない男”になれたら、それで十分」


「これ、送るべきだと思うか?」


 山城の問いに、紗季はすぐには答えなかった。

 少しだけ考えてから、まっすぐ彼の目を見て言う。


「送るかどうかは、山城さんが決めること。

 でもね――“この文面なら、相手を追いつめずに済む”っていうところまでは、一緒に来れたよ」


「……ああ」


「送るときは、ひとつだけ覚えておいて」


 紗季は、静かに続けた。


「このメッセージは、“やり直しを迫るためのもの”じゃなくて、

 『あのとき、ごめん』をちゃんと言うためのもの。

 結果がどうであれ、“ちゃんと謝れた自分”を守るためのLINEにしてほしい」


「結果じゃなくて、送り方、か」


「そう。女の子の心ってね、“結果だけ”じゃなくて、

 “プロセス”をちゃんと見てるから」


 山城は、しばらく黙って画面を見つめ、それからそっとスマホを握りしめた。


「じゃあ先生」


 口元に、少しだけ苦くて、でも晴れやかな笑みを浮かべる。


「この“修正済み”のやつ、保存しておく。

 送るタイミングが来たら……もう一回、お前に見せるよ」


「いいね、それ」


 紗季は、安心したように笑った。


「そのときは、最終チェックしてあげる。

 “重い男”の最終検査」


「そんな検査、二度と落ちたくないな」


「落ちてもいいよ。そのたびに直せば」


 紗季の声は、どこか優しく、あたたかかった。


「恋愛なんて、赤点からのやり直しばっかりだから」


 山城は、その言葉に少しだけ救われた気がして、深く息を吸い込んだ。



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