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交際クラブの男 ~会員番号の3618~  山城誠四郎  作者: 山城誠四郎
第四章 銀座クラブ上がり ジジ転がしのプロ 恋愛HOW TO 紗季先生登場
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第24話 紗季先生の女心とLINEの基本講義

そのあと、軽くシャワーを浴びてから、二人は場所をベッドからソファへ移した。

 窓際の小さなソファに並んで腰を下ろす。テーブルにはコンビニのコーヒーと、封も切っていないお菓子の袋が、さっきのままの形で置かれている。


「ねえ、紗季」


 紙コップを片手に、山城がぽつりと言った。


「ちょっと、LINEのこと、聞いてもいい?」


「お、出た。次のお題はLINEね」


 紗季は、楽しそうに目を細めた。


「じゃあ先生モード、オンにしよっか」


「……先生モードってなんだよ」


「女心教えるモードだよ。ちゃんと授業料払ってもらうからね」


「授業料って?」


「本音をちゃんと話すこと。それが一番高いんだよ、男って」


 そう言って、紗季はクッションを抱きかかえ、片膝をソファにのせた。


「で、何? LINEでやらかした?」


「やらかした……のかなぁ」


 山城は、スマホを取り出して、画面を見つめたまま続ける。


「恵美ともそうだったし、前の子ともさ。

 メッセージ送っても、すぐ返ってこないと不安になるんだよ」


「どれくらいで不安になるの?」


「うーん……既読ついて、数時間とか。

 次の日まで返ってこないと、『あ、これ、冷められてるな』って思っちゃう」


「なるほどね」


 紗季は、少しニヤリと笑った。


「じゃあ、今日の授業は“既読・未読・放置の女心”から始めましょう」


「単位もらえるのか、それ」


「ちゃんと聞いてればね」


 紗季は指を一本立てた。


「まずね、山城さん。女がLINEを返さない理由、男が思ってるよりずっと種類が多いの」


「多い?」


「うん。例えば――」


 紗季は、指を一本ずつ折りながら、読み上げていく。


「仕事で本当にバタバタしてて、物理的に返せない」


「内容は見たけど、ちゃんと返事したいから、落ち着いてから返そうと思ってる」


「返したいけど、何て返せばいいか迷ってる」


「ちょっと距離を取りたいから、わざと時間を空けてる」


「通知だけ見て、そのまま忘れた」


「わざとじらして、山城さんの反応を見てる」


「最後の、性格悪くないか?」


「悪いよ。でも、やる子、いる」


 紗季はあっさり認めた。


「でもね、男の人って、女から返事が来ないとき、すぐ一番ネガティブな理由“だけ”を選ぶの」


「一番ネガティブ?」


「『冷められた』『もう興味ないんだ』『嫌われた』。

 そう決めつけて、勝手に凹んで、勝手に動かなくなる」


「う……耳が痛いな」


「でもね、女側からすると――

 “いやいや、そうじゃないんだけどな”ってケースも、けっこう多いの」


「例えば?」


「例えばね」


 紗季は、テーブルのコーヒーを一口飲む。


「女の子が、『この人のこと、ちょっといいかも』って思い始めたとき。

 最初は嬉しくてすぐ返すけど、だんだん“慎重モード”になるタイミングがあるの」


「慎重モード?」


「簡単に言うと、『軽く見られたくない』モード。

 ずっと即レスしてると、“この人、俺に惚れてるな”って思われるんじゃないかって、怖くなる」


「ああ……」


「だから、わざと少し時間を空けたり、短文で返したりする。

 そのときにね、男の人が『あれ、最近そっけないね』とか送っちゃうと――」


「送ったことある……」


「ほら、やらかしてんじゃん」


 紗季は、笑いをこらえきれない様子で肩を揺らした。


「女の子はその一言で、『あ、この人、すぐ不安になるタイプなんだ』『ちょっとめんどくさいかも』って思い始める」


「うわぁ……」


「だから、まず覚えてほしい女心ルールその1」


 紗季は、真面目な口調に戻る。


「“返信のスピード=気持ちの大きさ”じゃない」


「……でも、気持ちがあるなら、早く返してくれてもいいじゃないか」


「それは“男の理屈”。女は、気持ちとは別のところもすごく気にしてるの」


「別のところって?」


「自分のプライド、余裕のある女でいたい気持ち、

 “追いかけられていたい”本能、仕事や生活のリズム、家族の目……いろいろ」


「めんどくさい生き物だな」


「そのめんどくささを、“面白がれる男”がモテるの」


 紗季は、いたずらっぽく笑った。


「でね、山城さんに一番直してほしいのは、“自分の不安を、そのままLINEに書いちゃう癖”」


「痛いところを……」


「例えば、『なんで返事くれないの?』『俺、何か怒らせた?』とかさ。

 そういうの、送ったことない?」


「……ある」


「それ、女からするとね、“自分のタイミングで動く自由”を奪われた気がするの。

 『今、忙しいだけなのに』『考えてるだけなのに』って」


「じゃあ、どうすればいいんだ?」


「まず、既読になってから半日〜1日くらいは、何も送らない」


 紗季は、きっぱりと言った。


「既読スルーが1日くらい続いてても、慌てず騒がず。そのまま置いておく」


「でも、心配になるだろ」


「心配になるのは分かるけど、そこで“追いLINE”を重ねると、女の中で山城さんの株が下がる。

 『この人、私の時間を尊重してくれないんだ』って」


「……なるほど」


「じゃあ、次のルール。女心ルールその2」


 紗季は、二本目の指を立てた。


「“追いLINEは、明るく、軽く、一回だけ”」


「一回だけ?」


「うん。例えば、1日以上返事がなくて、どうしても何か送りたいなら――

 『忙しいのかな? 体調大丈夫?』みたいな、相手を気づかう一言にする」


「責めないで、心配にするってことか」


「そう。『なんで返事くれないの?』じゃなくて、『返事はいつでもいいから、無理してないといいな』って感じ。

 そうすると、女の子は『あ、この人、私をコントロールしようとしてないんだな』って安心する」


「たしかに、それなら重たくないかもな」


「でね、もう一つ大事なのが、“LINEの内容”」


 紗季は、スマホを取り出して、自分のトーク画面をスクロールした。


「山城さん、よくやりがちなNGパターン、たぶんこれ」


「どれ?」


「質問ラリーにしようとしすぎる」


 紗季は、画面を指で示すような仕草をしながら続けた。


「『今日は何してた?』『仕事どう?』『ご飯何食べた?』って、尋問みたいになってない?」


「う……心当たりがある」


「男の人は、“会話をつなげるための質問”のつもりで聞いてるんだけど、

 女からすると、『私、報告係か?』ってなることもあるの」


「じゃあ、何を送ればいいんだ」


「女心ルールその3」


 紗季は、三本目の指を立てる。


「“質問よりも、まずは自分の小さな日常を差し出す”」


「自分の?」


「うん。例えば――

 『今日は打ち合わせが長引いて、クタクタ。コンビニのコーヒーが妙にうまい』とか。

 『電車で隣に座ってた子供が、ずっと歌ってて、なんか和んだ』とか」


「そんなこと、送って意味あるのか?」


「ある。女の子はね、『この人の日常のワンシーンに、私が招待されてる』って感じるの。

 それから、『そうなんだ〜大変だったね』『かわいいねその子』って、自然に返しやすくなる」


「ああ、“話題のタネ”を渡す感じか」


「そうそう。

 そこから、最後に一言だけ、軽く質問をつけるならまだいい。

 『○○ちゃんは、今日はどうだった?』くらいにね。

 でも、“質問だけ”が連打されると、女は疲れる」


「……気をつけるよ」


「あとね」


 紗季は、少し言いにくそうに、しかし真面目な声で続けた。


「これは恵美さんとのことでも、絶対に注意してほしいんだけど――」


「なんだ?」


「“気持ちの確認をLINEで何度もしない”」


「……グサッとくる言い方だな」


「『俺のこと、どう思ってる?』『まだ好きでいてくれてる?』って、何回も聞かない。

 一回、ちゃんと向き合って聞いたなら、それで十分。

 それ以上は、LINEで補おうとしない」


「でも、不安になるんだよ」


「不安になる気持ちは分かるよ」


 紗季の声が、すこし柔らかくなった。


「でもね、不安をそのまま相手に投げると、相手の心の中に、“守ってあげたい”じゃなくて、“支えきれないかも”って感情が生まれることがあるの」


「……それ、恵美にも、してたかもしれない」


「だからこそ、今ここで練習してるんだよ」


 紗季は、ふっと笑う。


「LINEって、便利だけど、“不安を増幅させる道具”にもなるからね。

 山城さんには、“相手を楽にするLINE”ができる男になってほしい」


「相手を、楽にするLINE……」


「うん。

 『無理に返さなくていいよ』ってメッセージを、言葉じゃなくて、“スタンス”で伝える。

 “いつでも話せるし、返事が遅くても俺は大丈夫だよ”って空気を、文章ににじませる」


「そんなこと、できるかな……」


「できるように、私が先生するんでしょ」


 紗季は、クッションで軽く山城の肩を小突いた。


「今度、実際に送ろうとしてるLINE、下書き見せなよ。

 『それは重い』『それはOK』って、赤ペン入れてあげる」


「添削かよ……」


「女心の添削。恵美さんと、いつかちゃんと向き合うとき、絶対役に立つから」


 紗季は、まっすぐ山城を見た。


「そのとき、山城さんが“重くて不安な男”じゃなくて、“落ち着いていて、言葉を選べる男”だったら――

 きっと、あの子の心に届き方、変わるよ」


 山城は、ゆっくり息を吐いた。

 スマホの画面は、まだ真っ白なトーク画面を映したままだ。


「じゃあ先生」


 山城は、照れ隠しのように笑った。


「まずは、“やっちゃいけないLINE”から、チェックしてもらおうか」


「いいね、それ」


 紗季は身を乗り出した。


「さあ、黒歴史をこの場で全部出しなさい」


「そんなにあるのか、俺の黒歴史」


「LINEのトーク履歴なんて、黒歴史の宝庫だよ」


 笑い声が小さな部屋に柔らかく響いた。

 どこか痛みを含んだ会話なのに、不思議と空気は軽かった。

 山城は、その軽さに救われている自分に、少しずつ気づき始めていた。



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