第24話 紗季先生の女心とLINEの基本講義
そのあと、軽くシャワーを浴びてから、二人は場所をベッドからソファへ移した。
窓際の小さなソファに並んで腰を下ろす。テーブルにはコンビニのコーヒーと、封も切っていないお菓子の袋が、さっきのままの形で置かれている。
「ねえ、紗季」
紙コップを片手に、山城がぽつりと言った。
「ちょっと、LINEのこと、聞いてもいい?」
「お、出た。次のお題はLINEね」
紗季は、楽しそうに目を細めた。
「じゃあ先生モード、オンにしよっか」
「……先生モードってなんだよ」
「女心教えるモードだよ。ちゃんと授業料払ってもらうからね」
「授業料って?」
「本音をちゃんと話すこと。それが一番高いんだよ、男って」
そう言って、紗季はクッションを抱きかかえ、片膝をソファにのせた。
「で、何? LINEでやらかした?」
「やらかした……のかなぁ」
山城は、スマホを取り出して、画面を見つめたまま続ける。
「恵美ともそうだったし、前の子ともさ。
メッセージ送っても、すぐ返ってこないと不安になるんだよ」
「どれくらいで不安になるの?」
「うーん……既読ついて、数時間とか。
次の日まで返ってこないと、『あ、これ、冷められてるな』って思っちゃう」
「なるほどね」
紗季は、少しニヤリと笑った。
「じゃあ、今日の授業は“既読・未読・放置の女心”から始めましょう」
「単位もらえるのか、それ」
「ちゃんと聞いてればね」
紗季は指を一本立てた。
「まずね、山城さん。女がLINEを返さない理由、男が思ってるよりずっと種類が多いの」
「多い?」
「うん。例えば――」
紗季は、指を一本ずつ折りながら、読み上げていく。
「仕事で本当にバタバタしてて、物理的に返せない」
「内容は見たけど、ちゃんと返事したいから、落ち着いてから返そうと思ってる」
「返したいけど、何て返せばいいか迷ってる」
「ちょっと距離を取りたいから、わざと時間を空けてる」
「通知だけ見て、そのまま忘れた」
「わざとじらして、山城さんの反応を見てる」
「最後の、性格悪くないか?」
「悪いよ。でも、やる子、いる」
紗季はあっさり認めた。
「でもね、男の人って、女から返事が来ないとき、すぐ一番ネガティブな理由“だけ”を選ぶの」
「一番ネガティブ?」
「『冷められた』『もう興味ないんだ』『嫌われた』。
そう決めつけて、勝手に凹んで、勝手に動かなくなる」
「う……耳が痛いな」
「でもね、女側からすると――
“いやいや、そうじゃないんだけどな”ってケースも、けっこう多いの」
「例えば?」
「例えばね」
紗季は、テーブルのコーヒーを一口飲む。
「女の子が、『この人のこと、ちょっといいかも』って思い始めたとき。
最初は嬉しくてすぐ返すけど、だんだん“慎重モード”になるタイミングがあるの」
「慎重モード?」
「簡単に言うと、『軽く見られたくない』モード。
ずっと即レスしてると、“この人、俺に惚れてるな”って思われるんじゃないかって、怖くなる」
「ああ……」
「だから、わざと少し時間を空けたり、短文で返したりする。
そのときにね、男の人が『あれ、最近そっけないね』とか送っちゃうと――」
「送ったことある……」
「ほら、やらかしてんじゃん」
紗季は、笑いをこらえきれない様子で肩を揺らした。
「女の子はその一言で、『あ、この人、すぐ不安になるタイプなんだ』『ちょっとめんどくさいかも』って思い始める」
「うわぁ……」
「だから、まず覚えてほしい女心ルールその1」
紗季は、真面目な口調に戻る。
「“返信のスピード=気持ちの大きさ”じゃない」
「……でも、気持ちがあるなら、早く返してくれてもいいじゃないか」
「それは“男の理屈”。女は、気持ちとは別のところもすごく気にしてるの」
「別のところって?」
「自分のプライド、余裕のある女でいたい気持ち、
“追いかけられていたい”本能、仕事や生活のリズム、家族の目……いろいろ」
「めんどくさい生き物だな」
「そのめんどくささを、“面白がれる男”がモテるの」
紗季は、いたずらっぽく笑った。
「でね、山城さんに一番直してほしいのは、“自分の不安を、そのままLINEに書いちゃう癖”」
「痛いところを……」
「例えば、『なんで返事くれないの?』『俺、何か怒らせた?』とかさ。
そういうの、送ったことない?」
「……ある」
「それ、女からするとね、“自分のタイミングで動く自由”を奪われた気がするの。
『今、忙しいだけなのに』『考えてるだけなのに』って」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「まず、既読になってから半日〜1日くらいは、何も送らない」
紗季は、きっぱりと言った。
「既読スルーが1日くらい続いてても、慌てず騒がず。そのまま置いておく」
「でも、心配になるだろ」
「心配になるのは分かるけど、そこで“追いLINE”を重ねると、女の中で山城さんの株が下がる。
『この人、私の時間を尊重してくれないんだ』って」
「……なるほど」
「じゃあ、次のルール。女心ルールその2」
紗季は、二本目の指を立てた。
「“追いLINEは、明るく、軽く、一回だけ”」
「一回だけ?」
「うん。例えば、1日以上返事がなくて、どうしても何か送りたいなら――
『忙しいのかな? 体調大丈夫?』みたいな、相手を気づかう一言にする」
「責めないで、心配にするってことか」
「そう。『なんで返事くれないの?』じゃなくて、『返事はいつでもいいから、無理してないといいな』って感じ。
そうすると、女の子は『あ、この人、私をコントロールしようとしてないんだな』って安心する」
「たしかに、それなら重たくないかもな」
「でね、もう一つ大事なのが、“LINEの内容”」
紗季は、スマホを取り出して、自分のトーク画面をスクロールした。
「山城さん、よくやりがちなNGパターン、たぶんこれ」
「どれ?」
「質問ラリーにしようとしすぎる」
紗季は、画面を指で示すような仕草をしながら続けた。
「『今日は何してた?』『仕事どう?』『ご飯何食べた?』って、尋問みたいになってない?」
「う……心当たりがある」
「男の人は、“会話をつなげるための質問”のつもりで聞いてるんだけど、
女からすると、『私、報告係か?』ってなることもあるの」
「じゃあ、何を送ればいいんだ」
「女心ルールその3」
紗季は、三本目の指を立てる。
「“質問よりも、まずは自分の小さな日常を差し出す”」
「自分の?」
「うん。例えば――
『今日は打ち合わせが長引いて、クタクタ。コンビニのコーヒーが妙にうまい』とか。
『電車で隣に座ってた子供が、ずっと歌ってて、なんか和んだ』とか」
「そんなこと、送って意味あるのか?」
「ある。女の子はね、『この人の日常のワンシーンに、私が招待されてる』って感じるの。
それから、『そうなんだ〜大変だったね』『かわいいねその子』って、自然に返しやすくなる」
「ああ、“話題のタネ”を渡す感じか」
「そうそう。
そこから、最後に一言だけ、軽く質問をつけるならまだいい。
『○○ちゃんは、今日はどうだった?』くらいにね。
でも、“質問だけ”が連打されると、女は疲れる」
「……気をつけるよ」
「あとね」
紗季は、少し言いにくそうに、しかし真面目な声で続けた。
「これは恵美さんとのことでも、絶対に注意してほしいんだけど――」
「なんだ?」
「“気持ちの確認をLINEで何度もしない”」
「……グサッとくる言い方だな」
「『俺のこと、どう思ってる?』『まだ好きでいてくれてる?』って、何回も聞かない。
一回、ちゃんと向き合って聞いたなら、それで十分。
それ以上は、LINEで補おうとしない」
「でも、不安になるんだよ」
「不安になる気持ちは分かるよ」
紗季の声が、すこし柔らかくなった。
「でもね、不安をそのまま相手に投げると、相手の心の中に、“守ってあげたい”じゃなくて、“支えきれないかも”って感情が生まれることがあるの」
「……それ、恵美にも、してたかもしれない」
「だからこそ、今ここで練習してるんだよ」
紗季は、ふっと笑う。
「LINEって、便利だけど、“不安を増幅させる道具”にもなるからね。
山城さんには、“相手を楽にするLINE”ができる男になってほしい」
「相手を、楽にするLINE……」
「うん。
『無理に返さなくていいよ』ってメッセージを、言葉じゃなくて、“スタンス”で伝える。
“いつでも話せるし、返事が遅くても俺は大丈夫だよ”って空気を、文章ににじませる」
「そんなこと、できるかな……」
「できるように、私が先生するんでしょ」
紗季は、クッションで軽く山城の肩を小突いた。
「今度、実際に送ろうとしてるLINE、下書き見せなよ。
『それは重い』『それはOK』って、赤ペン入れてあげる」
「添削かよ……」
「女心の添削。恵美さんと、いつかちゃんと向き合うとき、絶対役に立つから」
紗季は、まっすぐ山城を見た。
「そのとき、山城さんが“重くて不安な男”じゃなくて、“落ち着いていて、言葉を選べる男”だったら――
きっと、あの子の心に届き方、変わるよ」
山城は、ゆっくり息を吐いた。
スマホの画面は、まだ真っ白なトーク画面を映したままだ。
「じゃあ先生」
山城は、照れ隠しのように笑った。
「まずは、“やっちゃいけないLINE”から、チェックしてもらおうか」
「いいね、それ」
紗季は身を乗り出した。
「さあ、黒歴史をこの場で全部出しなさい」
「そんなにあるのか、俺の黒歴史」
「LINEのトーク履歴なんて、黒歴史の宝庫だよ」
笑い声が小さな部屋に柔らかく響いた。
どこか痛みを含んだ会話なのに、不思議と空気は軽かった。
山城は、その軽さに救われている自分に、少しずつ気づき始めていた。




