第23話 銀座クラブ上がりの相談役 紗季
今日より、第四章です
第四章は、山城の恋愛指南をしてくれる紗季先生の登場です
LINEの仕方からエッチの仕方まで教えてくれます
紗季は、交際クラブから紹介を受けた女性だ。
今は普通のOLをしているが、元々は銀座で夜の仕事をしていた。
いわば、ジジ転がしのプロ。
二十八歳。
切れ長の目に通った鼻筋、銀座の女だったと言われれば、誰もが納得するような顔立ちだ。
この年下の女性に対して、山城は最初から一線を引いていた。
あくまで大人の付き合い。
深入りはしない――つもりだった。
しかし紗季は、妙に人の懐に入り込む。
姉御肌で、サバサバしていて、何でも笑い飛ばすようでいて、肝心なところはきちんと聞いてくれる。
気づけば山城は、ベッドの上でプライベートなことまで話してしまう自分に、時々苦笑していた。
その夜も、ホテルの天井には、淡い黄色の照明が輪のように広がっていた。
並んで横になり、二人とも天井を見つめたまま、しばらく無言の時間が流れる。
「実はさぁ……」
山城が、不意に口を開いた。
「交際クラブで出会った女の子に、振られちゃったんだよね」
紗季は、横目でちらりと山城を見た。
「ふられちゃった? 山城さんが?」
「そう。俺が勝手に本気になったのが原因みたいでさ。
『ここを結婚相談所と間違えていませんか?』って言われちゃったよ」
笑いながら話そうとするが、その笑いはどこか寂しかった。
紗季は、その力のない笑いを聞き逃さなかった。
「ふーん……それ、いつ頃の話?」
「そんなに前じゃないよ。つい最近」
山城は、天井に視線を固定したまま続ける。
「俺だけだと思ってたんだよね」
「独占状態だと?」
「いや、まあ、交際クラブだし、他にも男はいるって頭では分かってたけどさ。
少なくとも、その期間は“俺だけ”だと思ってた。実際、そうだったみたいだし」
「ふうん」
「でも、ある日言われたんだよ。
『母親に男性を紹介してもらうことにしました。結婚前提で』ってさ」
そこまで言って、山城は小さく息を吐いた。
「だけどな、その後に、『山城さんとは、今の関係をそのまま続けたい』って言われたんだ」
「おお」
紗季は、少しだけ体を横向きにして、興味深そうに笑った。
「それはまた……リアルに“女”って感じのセリフだね」
「俺、そのとき、頭に血が上ってさ」
山城は、苦笑する。
「『そんな都合のいい話があるかよ』って、きっぱり切っちゃったんだよね。
『彼氏作るなら、俺との関係は終わりだ』って」
紗季はあごに手を当てて、少し考え込む。
「その子さ」
紗季は、ゆっくり言葉を選ぶように話し出した。
「山城さんのこと、結構好きだったんじゃない?」
「え?」
「普通さ、本当にどうでもいい男に対しては、わざわざ聞かないものよ」
紗季は、指を一本立てる。
「私だったらね、本人に許可なんか取らずに、黙って男作るよ。
というか、正直、元から複数いることもあるしね、私(笑)」
冗談めかして言いながらも、その目はどこか真剣だった。
「……そういうもんか?」
「そういうもん」
紗季は、さらりと言い切る。
「本当に気にしてない相手には、“報告”なんてしない。
『結婚前提の彼氏できるけど、あなたとは関係続けたい』って、あえて言うってことはさ。
その子の中で、山城さんが“ちゃんとした存在”になってたってことだよ」
「ちゃんとした……」
「うん。都合のいいだけの男なら、黙って切り替える。
でも、その子は、山城さんを“捨てたくない男”の枠に入れてたわけ」
山城は、しばらく黙り込んだ。
さっきまで軽く笑っていた口元が、硬く閉じられる。
「そうか……本当に俺のこと何とも思ってなかったら、黙って男を作ればいいだけか。
素直に、俺に話してくれてたんだな……」
自分でも気づかないうちに、その言葉は少し震えていた。
「そう。それを、山城さんが“男としての正しさ”で、ピシャッと切っちゃった」
紗季は、意地悪そうではなく、事実を伝える口調で言う。
「それが悪いってわけじゃないよ。むしろ多分、それが“正論”」
「でも、仕方ないだろ?」
山城は、自分に言い聞かせるように続けた。
「俺だって、彼氏いる女と続けたいとは思わない。
自分の気持ちが持たないしさ」
「うん。そこがね、男の人の“真面目なところ”なんだよね」
紗季は、くすっと笑う。
「女は、『気持ち』と『関係』を、結構平気で分けて考える」
「どういうこと?」
「まぁ、男も一緒だけどね。山城さんだって、こうして私と一緒にいるじゃない」
「まぁね」
「女性だって、風俗で仕事したり、男性との関係を作る仕事をしても、プライベートは分ける。特に仕事と思うとさらにはっきり分ける。」
「例えばさ」
紗季は、天井を指さす。
「交際クラブの女の子って、“彼氏がいても続けられる”って感覚の子、多いの。
それはね、クラブでの関係を“仕事”や“特別枠”として切り分けてるから」
「特別枠?」
「そう。日常とは別の箱に入ってる感じ。
普段の恋愛とか結婚とかとは、別フォルダー」
紗季は少し笑って、続ける。
「その子にとって、山城さんは、“結婚とは別軸の、大事な男の人”だったんじゃないかな。
だから、彼氏作っても、別フォルダーとしては残しておきたかった」
「……都合よすぎないか?」
「うん。都合いいよ。女って、けっこう都合いい生き物だよ」
紗季は肩をすくめた。
「でもね、“都合よく扱える男”の中に入ってるだけなら、
わざわざ話し合いなんてしないって言ったでしょ?」
「つまり?」
「つまり、その子にとって山城さんは、“ちゃんと向き合う価値のある男”だったってこと。
だから、『結婚するかもしれない。でも、あなたとも続けたい』って、正直に言った」
山城は、目を閉じた。
あのときの彼女の表情が、鮮明に蘇ってくる。
「俺、あのとき……すごく腹が立ったんだ」
「うん、だろうね」
「『俺は何なんだよ』って。
『結婚する男よりも軽いのか? それとも遊びなのか?』って。
だから、『じゃあ、俺はもういいよ』って」
「それが“男のプライド”だよね」
紗季が、少し優しい声になる。
「でもね、女って、その“プライドの炎上ポイント”を、よく分かってないこと多いの」
「分かってない?」
「そう。
『結婚する人は結婚する人』
『山城さんは山城さん』
っていう、変な二重構造で生きてる子、少なくないよ」
「そんなこと、許されるのか?」
「道徳的にどうかは置いといてね」
紗季は、あえてそこには踏み込まない。
「ただ、女性心理として言うなら――
女の子は、『全部を一人にまとめる』ことに、男の人ほどこだわってない場合がある」
「一人にまとめない……?」
「うん。
『結婚するなら安定感があって、親に紹介できる人』
『恋愛的にドキドキするのは、別のタイプ』
『話をちゃんと聞いてくれるのは、また別』
こうやって、役割で分けてる子、けっこういるよ」
「役割分担みたいだな」
「そう、“恋愛の役割分担”。
で、山城さんは、多分その子にとって、
『話を聞いてくれて、甘えられて、ちょっと特別な夜をくれる人』だった」
「……都合のいい男じゃないのか?」
「その言い方をすると、まあそうだけど」
紗季は少し笑って、首を振る。
「ただね、“都合がいい”っていうのは、女にとっては『安心して甘えられる』とも近いの。
だから、“都合のいい男”=“どうでもいい男”ではないんだよ」
山城は、しばらく考え込んだ。
自分が、あのとき切り捨てたものの重さが、じわじわと胸に広がる。
「……もう少し、話を聞いてやればよかったのかもな」
「そうだね」
紗季はきっぱりと言った。
「ちゃんと自分のルールは伝えた上でね」
「ルール?」
「うん。例えばこう」
紗季は、少し声色を変えて、例を示すように話し始めた。
「『結婚前提の彼氏を作るのは、君の自由だと思う。
でも俺は、自分が“二番手”になる関係は続けられない。
だから、彼氏を作るなら、俺とはきっぱり終わりにしよう』
って、落ち着いて伝える」
「……俺、そんな冷静じゃなかったな」
「でしょ?」
紗季は、くすっと笑う。
「でも、それを“落ち着いて言える男”はね、女からしたら、すごく魅力的なの」
「へえ……」
「“感情的に怒る男”より、“自分の境界線を静かに伝える男”の方が、ずっと怖いし、ずっと格好いい。
女は、“怒鳴る男”より、“線を引く男”に弱いんだよ」
「線を引く男、ね……」
「だからね、山城さん」
紗季は、少しだけ真剣な目でこちらを見る。
「山城さんは、あのときたぶん正しかった。でも、やり方は“男のやり方”だった。
女心的には、もう少し“説明”してほしかったと思うよ」
「説明?」
「『俺がどんな気持ちでいたか』をね。
女の子は、行動だけじゃなくて、“言葉”で教えてもらわないと、分からないことが多いの」
「なるほどな……」
「山城さん」
紗季は、少し照れくさそうに笑いながらも、きっぱり言う。
「今度、もし似たようなことがあったら、“怒る前に説明”してあげて。
『俺はこういう付き合い方しかできない』って」
「それで相手が離れていったら?」
「そのときは、そこまでの縁だったってこと。
でもね、“ちゃんと説明した上で終わる恋”は、次の恋の栄養になるの」
「栄養か……ずいぶんポジティブだな」
「女の人生、失恋の数だけ栄養だから」
紗季は冗談めかして笑う。
「山城さんも、その子とのこと、ちょっとは栄養にしなよ」
「紗季先生、今日はずいぶん厳しいな」
「先生だからね、私は」
紗季は、胸を張るような仕草をしてみせた。
「これからも、女心の家庭教師してあげるよ。授業料は……そうだな」
そう言って、わざと間をあける。
「今みたいに、ちゃんと本音を話してくれること。それでいい」
山城は、やっとそこで、心からの笑いをもらした。
天井のぼんやりした光の輪が、少しだけ明るくなったような気がした。




