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交際クラブの男 ~会員番号の3618~  山城誠四郎  作者: 山城誠四郎
第一章 知的な女 真理編 
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交際クラブの男 ~会員番号3618~ 山城誠四郎 第二話 知的な女真理

第2話 知的な女・真理


会食の店は、山城が普段、同伴や接待で使う銀座の店を選んだ。

少し見栄を張った。いや、かなり見栄を張った。

初めて会う女に、安っぽい男だと思われたくなかった。

午後六時五十五分。

山城はすでに席についていた。五分前どころか、二十分前には店の近くにいた。店の前をうろうろし、「もういいか」とビルに入り、エレベーターに乗った。店は十一階の窓際だ。

席に案内され、上着を預け、水を一口飲み、メニューを開いては閉じた。

時計を見る。

スマートフォンを見る。

入口を見る。

また時計を見る。

自分でも、そわそわしているのが分かった。

五十八にもなって、初めてデートに来た若者のようだった。

その時、スマートフォンが鳴った。

登録のない番号を見て、山城は背筋を伸ばした。

「はい、山城です」

「佐川真理です。クラブから紹介された者です」

電話の向こうの声は、写真の印象とは少し違っていた。写真では知的で静かな、どこか近寄りがたい女に見えた。

だが、声は明るく、弾んでいた。緊張している山城の心など関係ないように、自然で、以前からの知り合いのように落ち着いていた。

「お店の前に着きました」

「あ、そうですか。入口まで行きますね」

山城は、なぜか普段より柔らかい声になった。

電話を切るとすぐ席を立ち、店員に会釈してエレベーターで一階へ向かった。

エレベーター内の鏡に映った自分の顔を見て、少し眉をしかめる。

顔が硬い。仕事の商談ならもっと自然に笑える。銀行との交渉でも役所への挨拶でも、相手の目を見て話せる。だが今は、ただ女を迎えに行くだけで喉が乾いていた。

一階に着き、扉が開く。

入口の近くに、一人の女が立っていた。

写真の女だと、すぐに分かった。

目が合う。

山城は反射的に背筋を伸ばした。

「山城誠四郎です」

声を出して軽く会釈する。

「真理です。よろしくお願いします」

女は笑顔で言った。その笑顔は、思っていたより柔らかかった。

山城は、その顔を確認するように、少しこわばった表情で見つめてしまった。相手が笑顔で応じたのとは対照的だった。

しまった、と思った。

それでも視線を外せない。

写真より、きれいだった。

最近の写真はいくらでも加工できる。肌を白くし、目を大きくし、輪郭を細くできる。実際に会うと別人ということもあると身構えていた。

だが、真理は違った。

写真の方が、むしろ控えめに見えるほどだった。

背が高く、姿勢がいい。派手な服ではない。体の線が自然に出る細身のニットのワンピースを着ているだけだが、その方がかえって大人の女らしさを際立たせていた。

細い首筋。すっと伸びた背中。歩くたびにわずかに揺れる腰の線。

露出は多くないのに、目を離しにくい。

鼻筋の通った顔立ちで、目元には知的な落ち着きがあった。笑う時も大きく崩れず、口元だけが少しやわらぐ。その控えめな表情が、余裕に見えた。

若さだけの華やかさではない。

自分がどう見られているかを知っている女の、静かな色気があった。

このような女が、今夜、自分のものになる。

そう思った瞬間、山城の喉がかすかに鳴った。

ニットの下に隠れている線を、指先で確かめる自分の姿を、頭のどこかで想像してしまう。触れたことのない肌の温度を、勝手に決めていた。

いけない、と分かっているのに、一度浮かんだ光景は簡単には消えなかった。

山城はプロフィールを読み込んだつもりだった。年齢も職業も身長も写真も確認したはずだ。

しかし、目の前に立つ真理を見て、初めて「この女を指名したのだ」と実感した。

自分の心が不意に高鳴るのが分かった。

落ち着け。

そう自分に言い聞かせる。

「上です。行きましょうか」

「はい」

二人は並んでエレベーターに乗った。

エレベーターの鏡に、二人の姿が並ぶ。

真正面から見ると視線を持て余しそうで、山城はガラス越しに彼女の横顔と胸のあたりのふくらみを盗み見た。

今夜、この距離がもっと近くなるかもしれない。

そう考えた途端、喉の渇きとは別のところで、体の重心が落ち着かなくなる。

会話が出てこないのは、話題がないからではない。

言葉より先に、視線と想像だけが暴走していた。

短い時間だったが、山城には妙に長く感じられた。

何か話さなければ。黙っているのは感じが悪い。

天気の話か。道に迷わなかったか。銀座にはよく来るのか──頭の中でいくつも言葉が浮かんでは消えた。

結局、何も言えないまま、エレベーターは店のフロアに着いた。

店員に迎えられ、そこからは体が自然に動いた。

何度もしてきた接待の手順だ。真理を奥の席へ通し、椅子を引き、上着を預けるか尋ね、飲み物の好みを聞き、メニューを見せる。

五十八歳の大人として、エスコートはできた。

真理が席に座り、山城も向かいに腰を下ろす。

テーブルには磨かれたグラスと白い皿。柔らかな照明。窓の外には銀座の夜。

山城は水を一口飲み、ようやく口を開いた。

「今日は、来てくれてありがとう」

真理は微笑んだ。

「こちらこそ、お誘いいただいてありがとうございます」

礼儀正しい返事だが、どこか山城の緊張を見通しているようでもあった。

この女は、自分より落ち着いている。

金を払い、店を選び、時間を決めたのは自分だ。それでも、この席の主導権は向こうにあるのかもしれない──山城はそう感じた。

「お飲み物は、何にしますか」

「最初はシャンパンを少しだけいただいてもいいですか」

「もちろん」

山城は店員を呼んだ。

シャンパンが注がれ、グラスが軽く触れ合う。

「乾杯」

「乾杯」

真理のグラスを持つ指は細く、動きに無駄がない。山城は、そんなところまで見てしまう自分に気づいた。

しばらくは、よくある質問をした。

「ご出身はどちらですか」

「神奈川です。横浜の方です」

「横浜ですか。都会育ちですね」

「どうでしょう。横浜といっても広いですから。私のところは、そんなに華やかではないですよ」

真理は自然に笑う。その笑い方に、山城の肩の力が少し抜けた。

「大学は東京ですか」

「はい。東京の大学です」

「有名私大ってプロフィールにありましたね」

「そこまで有名かは分かりませんけど、一応、そう書いていただいています」

「謙遜ですね」

「そう聞こえたなら、よかったです」

軽く首を傾げる仕草も、よく出来ている。

「今は、フリーランスと聞きましたが、どういうお仕事を?」

「文章を書いたり、企業の資料を作ったりしています。あとは、知り合いの会社の広報を手伝ったり」

「へえ。今どきですね」

「今どきと言えば、今どきかもしれません。でも、毎月決まったお給料があるわけではないので、けっこう大変です」

「大変でしょうね。独立すると、全部自分でやらないといけない」

「山城さんはどのようなお仕事ですか? 男性の情報は、私は知らないので」

「私は警備会社を作って、もう三十年になります」

「すごいですね」

真理は、そこで初めて少し目を大きくした。演技か本心か分からない。

だが、悪い気はしなかった。

「すごいというより、しつこかっただけです。何度も失敗しましたよ」

「でも、続けられる人って少ないと思います」

「続けるしかなかったんです」

そう言った時、自分の声が少し低くなったことに気づいた。

真理はそこを深追いしない。

「警備会社って、やっぱり人を見るお仕事なんですか」

「そうですね。結局、人ですね。現場も人。営業も人。トラブルも人。最後は全部、人です」

「なんだか、怖いですね」

「怖い?」

「山城さん、嘘とかすぐ見抜きそうなので」

真理が笑う。山城も笑う。

「いや、そんなことはないですよ。何度も騙されています」

「そうなんですか」

「騙されて、覚えるんです」

「それは、少し分かります」

真理はそう言って、グラスに口をつけた。その言い方に、山城はわずかな引っかかりを覚えた。この女も何かを騙されて覚えてきたのだろうか。

「でも山城さんは、人を騙しそうもないですね」

「えっ、なんでそう思いますか?」

「さっき、エレベーターの下でのお名前の名乗り方です」

真理はそう言って、椅子の上でくいっと身体をよじり、微笑んだ。

細身のニットのワンピースが、その動きに合わせて胸のあたりを持ち上げる。柔らかそうなふくらみのラインが、さっきよりくっきりと布越しに浮かんだ。

山城は会話を続けながらも、視線のやり場に困った。

見てはいけないと思うほど、目だけがそこに引き寄せられる。

「『山城誠四郎です』って、下のお名前まできちんと言った方は、初めてでした」

真理はおかしそうに笑った。

山城は、自分のフルネームと、そのすぐ下で揺れるニットの丸みとを同時に意識してしまい、返事が一拍遅れた。

彼女には、どこか慣れているところがあった。

男の目がどこへ落ちるのかまで、知っているような仕草だった。

それでも、必要以上に近づきすぎず、冷たくもならない距離感を保っている。

山城には、それが不思議だった。

会話は自然に続いた。

仕事の話、横浜の話、好きな店の話──真理は聞き上手で、必要なところで必要な相づちを打つ。

「真理さんは、どうしてこのクラブに?」

「あの……お金です」

あまりにまっすぐな答えだった。山城はかえって驚いた。

「正直ですね」

「変に言っても、仕方ないので」

「生活のため?」

「生活もあります。フリーランスなので仕事の波もありますし、将来のためにも貯めたいです。あと、普通に働いているだけでは会わないような人と話せるのは、勉強にもなります」

「勉強ですか」

「はい。山城さんみたいな経営者の方と、普通に生活していたら二人で食事することはないので」

「そんなに面白いものでもないですよ」

「でも、三十年会社を続けている人の話は、やっぱり面白いです」

本心か、上手く乗せられているだけなのか分からない。

それでも、山城は心地よくなっていった。

料理が運ばれ、前菜、魚、肉と続いた。真理は箸やナイフの使い方も自然で、大げさに喜ぶことはないが、一口ごとに「美味しいです」と静かに言った。

山城はいつの間にか、創業の苦労や現場の話をしていた。

初対面の女には普段話さないようなことも、笑い話のように話していた。

真理は「それは大変でしたね」「逃げなかったんですね」と、要所だけを拾う。

山城は、自分が思っていた以上に話していることに気づいた。

「私ばかり話していますね」

「いえ。面白いです」

「本当に?」

「はい。山城さんの話は、きれいな成功談だけじゃない感じがします」

この女は、ただ褒めているだけではない。

見ている。こちらを、ちゃんと見ている。それが怖くもあり、嬉しくもあった。

食事が終わる頃には、山城の緊張はかなり解けていた。会話もうまくいき、笑いもあった。真理も退屈しているようには見えない。

それでも、次の問題が残っていた。

このあと、どうするのか。

クラブの仕組みは理解している。条件も確認済みだ。近くのホテルは、すでに予約してある。

だが、本当に誘っていいのか。

このような知的な女が、本当に一度会っただけでホテルへ来るのか。

古い男が、そこで立ち止まっていた。

相手が嫌がったら。

失礼だと思われたら。

がっついていると思われないか。

そもそも、そういう約束だったのか──考えれば考えるほど分からなくなる。

真理は、食後の紅茶をゆっくり飲んでいる。

山城は水を一口飲み、グラスを置いた。

言うなら今だ。

そう思った。

「あの」

「はい」

真理が顔を上げる。

「近くのホテルを予約していますが、よろしいですか」

自分でも驚くほど、まっすぐな言い方になった。

言った瞬間、胸が強く鳴った。

真理は少しも驚かなかった。

最初から次の言葉を知っていたかのように、静かにうなずいた。

「はい。大丈夫です」

当たり前のことのように。

あまりにも簡単に決まって、山城は少し怖くなった。

今まで女性をホテルへ誘うことに、これほど苦労しなかったことはない。

会計を済ませ、店を出る。

<第三話 ホテル>

真理は山城の少し横を歩いた。近すぎず、遠すぎず、自然な距離だ。

銀座の夜風は少し冷たく、店の看板の光が濡れたように歩道に落ちている。タクシーが流れ、酔った男たちの笑い声が遠くから聞こえてくる。

山城は隣を歩く真理の姿を横目で見た。

背筋が伸び、歩幅がきれいだ。コートの下で、身体のラインがふと浮かぶ。そのたびに、心はまた落ち着かなくなる。

見てはいけない。

そう思いながら、見てしまう。

真理はそれに気づいているのかいないのか、前を向いたまま歩いていた。

山城は、自分が知らない場所へ向かっているような気がした。

銀座の道は何度も歩いたことがある。接待でも、同伴でも、仕事帰りでも歩いた。だが、この夜の道だけは違っていた。

五十八歳の男が、金で決められた約束に向かっている。

そのはずなのに、胸の奥には若い頃のような期待と、取り返しのつかない扉を開けるような怖さが同じ重さで沈んでいた。

ホテルに着いても、山城は落ち着かなかった。

フロントで名前を告げ、カードキーを受け取る間も、隣に立つ真理の存在が気になる。

部屋に入り、ドアが閉まり、外の音が消える。

銀座のざわめきも、廊下を歩く人の気配も遠くなった。柔らかな照明と整えられたベッド、窓の外の灯りだけがある。

山城は上着を脱ぎ、ハンガーに掛けた。

「先に、シャワーを浴びてください」

自然を装って言う。

「はい」

真理は白いタオルを取り、バスルームに消えた。




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