交際クラブの男 ~会員番号3618~ 山城誠四郎 リアルで、残酷で、たまに優しい。 大人だけが知る、禁断の支援関係を描く長編エロティックロマンス。
【あらすじ】
警備会社を一代で築き上げた58歳・山城誠四郎。
会社は軌道に乗ったが、妻とは離婚し、孤独だけが残った。
「六十になる前に、誰か欲しい」——そんなささやかな願いから足を踏み入れた交際クラブ。
そこで出会ったのは、知的な元外資系・真理、慶應卒ラウンジ嬢・みどり、子持ちの清楚系・恵美……。
金と欲望と孤独が交錯する夜。
美女たちとの甘く濃密な時間は、彼の心を確実に蝕んでいく。
「この女は特別だ」と思った瞬間から、すべては幻想だった——。
第一章 「真理編」
第1話 会員番号3618
山城誠四郎、五十八歳。
警備会社を立ち上げて三十年になる。
若い頃から、考えるより先に体が動く男だった。
まず現場に飛び込み、転び、傷を負い、それから覚える。そういう生き方をしてきた。
そのせいで、失敗も多かった。
一度は会社ごと破産しかけたことがある。資金繰りが詰まり、取引先への支払いも遅れ、銀行の担当者の顔色が変わっていくのを、山城は肌で感じていた。夜中に事務所で一人、机の上に並べた請求書を見ながら、これで終わりかと思ったこともある。
しかし、山城は逃げなかった。
払えない時は払えないと頭を下げ、待ってほしい時は待ってほしいと頼んだ。いつまでにいくら返すのか、できる限り正直に伝えた。
その言動を、周りの債権者たちは見ていた。
「山城さんは逃げない」
そう言って、何人かは返済の時間を与えてくれた。
山城はその時間にすがり、寝る間を削って現場に出て、営業に回り、古い知り合いに頭を下げた。家族を守るため、社員を守るため、会社を潰さないために、ただ必死だった。
そして実際に、会社は持ち直した。
だが、その代償は大きかった。家は手放し、妻とは離婚した。
子どもはまだ学生だった。
親の都合で進学だけは諦めさせたくなかった。どれほど苦しくても、大学まで行かせると決めていた。
約束を守ること。借りたものは返すこと。子どもにだけは親の失敗を背負わせないこと。
その三つだけは、山城の中で最後まで折れなかった。
会社は、苦しい時を超えて、大きくなり、金にも余裕ができた。
腹は少し出たが、身長は175センチ。中年としてはまだ引き締まっている方だと、自分では思っている。服装にも気を使い、時計も靴も安物ではない。
離婚してから、女性とまったく縁がなかったわけではない。飲み屋のママや取引先の女性、昔の知人と食事をすることはあった。だが、それはどこか仕事の延長だった。
子どもがいるせいで、自分だけ再婚することに気が引けていた。子どもたちはすでに成人している。それでも、父親が急に若い女性を連れてきたらどう思うだろう。そう考えると、積極的に女性へ近づく気にはなれなかった。
とはいえ、男としての自信がないわけでもない。
会社を経営し、それなりの立場になり、金にも余裕がある。何より、自分は女には優しく接する方だと自負していた。
男ばかり四人兄弟の末っ子として育ったせいか、若い頃から女性をどこか特別視していた。女には優しく、大事にするものだ。重い荷物は持ってやる。店は先に決め、支払いで迷わせない。そういう古い作法を、自分なりの誠実さだと思っていた。
仕事では厳しい。しかし、女には優しい。
山城は、自分をそういう男だと思っていた。
ただ、ふと気がつくと五十八歳だった。
「六十までには、相手がほしいかな」
再婚とまではいかなくていい。毎日一緒にいる相手でなくてもいい。時々食事をして他愛のない話をし、帰り際に少し名残惜しくなるような相手がいればいい。
そう思うことが増えていた。
そんな折、飲み屋の知り合いから、ある話を持ちかけられた。
「山城さん、交際クラブって知ってます?」
最初に聞いた時、山城は顔をしかめた。
「なんだ、それ。怪しいやつか」
「いやいや、ちゃんとしたところですよ。経営者とか、弁護士とか、医者とか、そういう人が会員になるんです」
なんでも、世間を騒がせた資産家も、そういう交際クラブで若い女性と出会い、結婚したのだという。
山城は半分笑って、半分呆れた。
「俺はいいよ。そういうのは」
その時は断った。
金を払って女を紹介してもらうというだけで、山城の中の用心深い部分が反応した。
しかし、あるきっかけで、山城はその交際クラブを使うことになる。
きっかけは、社長仲間の一言だった。
その男は山城より少し年下で、もちろん結婚していた。家庭もあり子どももいる。だが、飲みの席では妙に軽かった。
「山城さん、顔広いでしょ。女の子紹介できる人、誰か知らないですか」
その時、山城はふと思い出した。
そういえば、あの飲み屋の知り合いが交際クラブの話をしていた。
軽い気持ちで、その社長に交際クラブを紹介した。自分が使う気はなかった。ただ、聞かれたから教えただけだった。
ところが、話はそこで終わらなかった。
「えー、山城さんも入らないと心配ですよ。紹介だけして、自分は知らないってわけにもいかないじゃないですか」
社長仲間は笑いながら言った。
「一緒に見に行きましょうよ。社会勉強ですよ、社会勉強」
山城は渋ったが、結局押し切られた。
会員費は二十五万円。一度入れば更新料はないという。警察への届け出もしている、と担当者は説明した。
仕組みは単純だった。
男は女性を一人紹介してもらうごとにクラブへ紹介料を払い、その後は二人で会う。会うたびに、あらかじめ決まっている額を女に渡す。
交際クラブは、あくまで人を紹介するだけだ。
その先で何をするかは、すべて当人同士の責任だと担当者は繰り返した。
山城は、その説明を聞きながら、妙に合理的だと思ってしまった。
仕事であれば、条件が見えない取引ほど危ない。金額、責任、範囲、期限が曖昧な契約は必ず揉める。
その意味では、この世界は意外なほど明確だった。
そして、女性のリストを見せられた。
ゴールド。シルバー。プラチナ。ブラック。
ランクごとに料金が違い、リストの中には、どこかで見たことがあるような芸能人、元アイドルのような肩書きの女もいた。もちろん一般人の方が多いが、全体で千人以上は登録されているようだった。
写真は、美しく加工されたものもあれば、自然な雰囲気のものもある。全身写真、顔写真、簡単なプロフィール。年齢、職業、身長、スリーサイズ。豊胸の有無、タトゥーの有無まで記載されている。
「ここまで書くのか」
と思いながらも、山城は見入っていた。
「情報が少し古いようにも見えますね」
山城が言うと、担当者はすぐに答えた。
「古いものもありますが、毎月スカウトやプロダクションとの連携があり、女性はどんどん増えています。もちろん入れ替わりもあります」
「なるほどね」
山城はそう言いながら、画面をスクロールした。
選ぶ権利があるのは、基本的には男の側だ。女は顔写真と条件を載せ、男からの申し込みを待つ。
画面をなぞる指先が、人間ではなく「商品」をめくっているように感じられ、胸のどこかがざらついた。
人間を、値札付きのカタログに並べているような冷たさがあった。
それでも、次の写真を見た瞬間、その感覚は薄れた。
「こんな子が、おじさんとデートしてるんですかね」
思わず口にすると、担当者は笑った。
「もちろんですよ。性格のいい子を集めています。会員さんは経営者、弁護士、お医者さんなど、それなりの方が多いので、女性側も安心して会えるんです」
それなりの方。
その言葉に、山城は小さく苦笑した。自分も、その中に入るのか。
若い頃、資金繰りに追われ、銀行の前でため息をついていた自分が、今では「それなりの方」と呼ばれている。悪い気はしなかった。
気がつくと、紹介者の社長よりも真剣に、山城はリストを見ていた。
最初は付き合いのつもり、社会勉強のつもりだった。怪しい世界を少し覗いて笑い話にするつもりだった。
だが、五分も経たないうちに、画面の中の女たちを、社長より熱心に眺めている自分に気づいた。
二十代前半の大学生。昼間は受付をしているという女。大手企業勤め。元アイドル。元ミスキャンパス。
一人につき数枚の写真の下に、年齢、身長、職業、趣味、希望条件が淡々と並んでいる。
「最初は、あまり派手な子より、会話がちゃんとできる子がいいと思います」
担当者がいくつかのプロフィールを選び直した。その中の一人に、山城の目が止まった。
三十二歳。有名私大卒。元外資系勤務。現在はフリーランス。趣味は読書、映画、美術館。
希望は「落ち着いた男性と穏やかに食事を楽しみたい」。
写真の女は、美人というより知的な顔をしていた。派手ではなく、少し横を向き、こちらを見透かすような目をしている。
「この子は?」
山城が聞くと、担当者は少し声の調子を変えた。
「ああ、その方は人気があります。会話が上手で、礼儀もきちんとされています。ただ、少しプライドは高いかもしれません」
「プライドが高い?」
「ええ。お金だけで動く感じではないですね。条件は条件として、相手を見る方です」
相手を見る。
その言葉に、山城は妙な引っかかりを覚えた。
この世界では、金を払う側に選択権がある。男が女を選ぶ──そう思っていた。
だが、女にも目があり、判断があり、断る理由がある。当たり前のことだった。
「この子、会えますか」
気がつくと、山城はそう言っていた。
担当者は、待っていましたという顔でうなずいた。
「確認してみます。おそらく大丈夫だと思います。山城様のご年齢、ご職業でしたら、先方も安心されると思います」
山城はできるだけ平静を装った。好みを見透かされている気がして、顔に出したくなかった。
数日後、クラブから連絡が入った。
「真理様、山城様とお会いしたいとのことです」
社長室でその電話を受けた時、山城は思わず立ち上がり、窓際まで歩いた。
眼下では、制服姿の若い警備員たちが出動前の確認をしている。無線機の音、車のエンジン音、笑い声。いつもの会社の風景だ。
だが、その日だけは少し違って見えた。
今から会いに行くのは、取引先でも接待相手でもない。金で決められた約束とはいえ、生身の女で、自分も一人の男として向かう。
「社長、どうかしましたか」
古くからいる部長が背後に立っていた。
「いや、何でもない」
山城はスマートフォンを内ポケットにしまった。
その仕草が、少しだけ若返ったように感じられた。
待ち合わせは金曜日の午後七時。場所は銀座の店だ。
山城は、銀座の高級クラブを接待でよく使っていた。一代で会社を作り、人と話すことも、女と話すことも決して苦手ではない。場を和ませ、相手を褒めることもできる。
ただ、きれいな女を前にすると、昔から妙な癖があった。
女性を崇めてしまうのだ。
美しい女を、お姫様のように見てしまう。大事に扱わなければならない。嫌な思いをさせてはいけない。困らせてはいけない。そう考えすぎて、かえって距離が縮まらない。
口説くことも冗談を言うこともできる。だが、その先へ踏み込めない。
金を払えば応じるものだと考える男を、どこか軽蔑していたからだ。
少なくとも、自分は違う。
そう思っていた。
だが、今夜は少し違っていた。
最初からそういう仕組みの中で会う。食事をする。条件は決まっている。相手もそれを理解している。
だからこそ、山城は落ち着かなかった。
普段は秘書代わりの事務に店選びを任せるが、今回はそうもいかない。慣れない山城は、食事サイトと地図アプリと格闘しながら二時間も店とホテルを探し、結局、なじみの店を自分で予約した。無駄な時間だとは思わなかった。期待の方がはるかに大きかった。




