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交際クラブの男 ~会員番号の3618~  山城誠四郎  作者: 山城誠四郎
第二章 ハイスペックの女 みどり編
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第13話 山城の想い

告白の夜から、山城の心は、静かな水面に投げられた石のように、じわじわと波紋を広げ続けていた。


 震える肩を抱き寄せながら、彼はあのとき、ひとつのことを決めていた。


 ――この子を、放っておけない。


 翌朝、珍しく同じテーブルで朝食を取っていたとき、山城はコーヒーカップを置き、意を決して口を開いた。


「みどり。カウンセリングの費用、俺が出す。週一でもいい。ちゃんとしたところを探そう」




 みどりの手が、パンをちぎったところで止まる。




「え……いいの? そんな大袈裟な……」


「いいんだ。俺がやりたい。お前が楽になれるなら、それでいい」




 しばらく黙っていたみどりは、やがて視線を落とし、かすかに笑ってから小さく頭を下げた。




「……ありがとう、せいちゃん」




 それからの二ヶ月、山城は毎月十万をみどりの口座に振り込み、信頼できる女性カウンセラーを紹介した。


 カウンセリングのある日は、終わってから必ず一通のメッセージが来る。


〈今日は、少し話せた〉


〈昔のこと思い出しても、吐き気がしなかった〉


 短い文面を読みながら、山城は、胸の奥で奇妙な充足感を覚えていた。


 金で女を買うだけの関係から、ほんの少しだけ「守る」関係へと、形が変わっていくような感覚。


 その一方で、みどり自身も目に見えて変わり始めていた。


 銀座の高級クラブでの人気は、日に日に伸びていった。


 慶應卒という肩書き、モデルのような容姿、明るいキャバ嬢口調と、ときおり覗かせる脆さとのギャップ。


 客たちは、その危うさに、あっという間に飲み込まれていった。




「せいちゃん、昨日も指名三人入ったの!」


「今月ドレス代八十万いったけど、全部お客さんが出してくれた~」




 嬉しそうに報告してくる声を聞くたびに、山城の胸の中には、喜びと戸惑いが同時に湧いた。


 確かに、自分の負担は楽になっていく。


 毎月のドレス代、靴代、同伴の食事代──それらは、別の男たちの財布から出るようになった。


 みどりは、金を生む術を、驚くほどの速度で洗練させていった。


 弱さをほんの少しだけ見せる。


 依存を匂わせる。でも、決して重くはならない。


 カウンセリングで自分の過去を「言葉」にしてきた経験は、結果として彼女に、「計算ではない本音の見せ方」を教えたのかもしれない。




「せいちゃんのおかげで、私、ちょっと強くなれた気がするんだ」




 そう言って笑う瞳は、あの夜よりもずっと澄んでいた。


 精神は安定し、笑顔には芯が通り、夜の仕事の中でのみどりは、日に日に輝きを増していった。


 それに比例して、他の男たちからの貢ぎ物も増え続ける。


 山城が出す金額は、反比例するように減っていき、やがて負担は、月に一度会う際の小遣い程度に落ち着いていった。


 他の客との同伴、店での噂、指名の数。


 そんな話を聞いても、不思議と嫉妬は湧いてこなかった。


 みどりが楽しそうに笑っている、それだけで、どこか満たされていた。




 ――これでいい。最初に俺がやろうとしたことは、ちゃんと形になってきている。




 みどりが、自分の足で立ち始めている。


 それは、彼女を助けようとした自分の目的が、少しずつ達成されつつある証拠のはずだった。


 気づけば、真理のことを考える時間はほとんどなくなっていた。


 みどりを心配することが、真理への未練を、静かに上書きしていったのだろう。


 ただ、みどりへのそれは、真理に向けていた一方的な恋慕とは違っていた。


 山城自身、どこかで理解していた。




 そこにあるのは、親のような心配と、過去の自分を重ねてしまう同情に近いものだと。




 ――とはいえ、男にはどうしたって独占欲がある。




 中小企業とはいえ、一国一城の主だ。


 会社という小さな山のてっぺんに長く座り続ければ、「自分のもの」という感覚には、どうしたって慣れてしまう。


 みどりのように頼られれば、一肌脱ぎたくもなる。


 だがそれは、「この女を全部自分のものにしたい」という恋愛感情とは、どこか違うような気がしていた。


 銀座の灯りの下で笑うみどりは、女優とまでは言わないまでも、舞台の上がよく似合う。


 照明を浴び、視線を集める側の人間だ。


 彼女は銀座の世界で、確かに輝いている。


 ただ、その光景を思い浮かべるたびに、山城は冷静に結論づける。




 ――あのステージは、俺の世界じゃない。




 三十年以上、会社を回しながら、山城はいろいろな経営者を見てきた。


 羽振りが良さそうに見えても、長く続く人間は少ない。


 派手な売上を自慢している奴ほど、気づけば消えている。


 堅実に、コツコツと計画を立てる人間が、結局は強い。


 それが山城の持論だった。




「売上自慢する奴は会社を潰す。どれだけ利益を残せたかを語る奴が、会社を伸ばす」




 若いころからずっと、そう後輩たちに言い続けてきた。


 それは、夜の世界にも当てはまるのだろうと、長年の付き合いから知っている。


 売上だけを追いかけるホステスは、数字が落ちた瞬間に居場所を失う。


 逆に、自分の軸を持ち、関係を丁寧に積み重ねられる女だけが、長く残る。


 みどりは、たぶん後者になれる素材を持っている。




 ――だったら、なおさら俺の出る幕じゃねぇ。




 そう思おうとする一方で、別の思いが胸の奥で膨らみ始めていた。


 それがはっきりと形を取った夜があった。


 その夜も二人は、いつものようにホテルのベッドで横になっていた。


 みどりが、ぽつりと漏らしたのだ。




「せいちゃんがいなかったら、私、誰とエッチしたらいいの?」




 あまりにまっすぐな問いに、山城は一瞬、言葉を失った。


 怖いのだと、彼女は続けた。客とはできない、と。




 「せいちゃんとだから、少しずつ平気になってきた」と、真顔で言った。




 胸が痛んだ。


 だが同時に、どこかで冷静な自分もいた。




 ――それは、俺じゃなきゃいけないのか?




 彼女がトラウマから少しずつ解放されていく過程に、自分が立ち会えたのは事実だ。


 けれど、その役割をいつまでも自分だけが担い続けることが、本当に彼女のためなのかどうか。


 脚光を浴びるべき人間と、地道に積み上げてきた人間。


 遊びのような夜を仕事に変えていく人間と、遊びをほとんど知らずに生きてきた人間。


 同じベッドに横になっていても、その生き方は根っこから違っている。


 ベッドに横たわったまま、山城は天井を見つめた。


 暗がりの向こうで、みどりの笑顔が、いくつものバージョンで浮かんでは消える。


 夜の店のカウンターでの笑顔。


 カウンセリング帰りに送ってきた、少し疲れたけれど安堵の混じった笑顔。


 ベッドの上で、子どものように甘える笑顔。


 そのどれもが、愛おしい。


 だが、その笑顔の行き先に、自分はどこまでついて行けるのか。




「世界が違うから」という言葉は、単なる逃げかもしれない。


 だが、世界が違うことを認めずに、同じところに立ち続ける方が、よほど卑怯なのではないかとも思う。


 ――俺が求めてるのは、長く遊べる相手じゃない。長く一緒にいられる人だ。




 自分の本音は、そこにある。


 家で飯を作り、一緒にテレビを見て、たまに近所を散歩する。


 派手ではないが、静かで、生活の匂いがする日常。


 それは、銀座で「今」を燃やして生きるみどりの時間とは、まるで違うリズムだ。


 ベッドの上で、山城はゆっくりと息を吐いた。


 胸のどこかが、きしむ音を立てる。


 みどりは、銀座で生きるべき人間だ。


 自分は、自分の世界で生きるしかない人間だ。


 その事実を、そろそろ彼女にも伝えなければならない。


 いつまでも中途半端な優しさで繋いでおくことは、どちらのためにもならない。


 いつか、自分は彼女の前で、「何か」を決めなければならない。


 脚光を浴びる人間と、地道に支えてきた人間が、どこまで同じ道を歩けるのか




──その答えを。




 その夜、まだ言葉にはならないその決意だけが、静かに形を取り始めていた。

初めてネットの小説を書いているので

色々と手順がわからないところが多くあります

色々とご意見を頂ければ幸甚です


昭和なおじさんが、娘ほどの女性に翻弄されていく

姿を今後も描ければと思います

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