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殺せない殺し屋は、殺せる少女を護りたい。  作者: 暁月 愛結


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第二話 おかしな殺し屋

「それじゃあーー」


 その言葉が落ちた、次の瞬間だった。


「……行きますね?」


 少女の足が、地面を蹴る。

 速いーーそう認識したときには、もう遅かった。

 風になびく白いワンピースが、視界いっぱいに迫りくる。振り上げられたナイフが、陽の光を弾いて、鋭く閃いた。


(っ……近っ!)


 思考が、わずかに遅れて。

 ーー当たる!

 そう理解した瞬間、ようやく体が動いた。


「っ……!」


 引き金にかけた指が、止まる。

 ……撃てない。

 その一瞬の迷いを押し潰すように、優絃は銃を振り上げた。


 ーーキィンッ‼︎


 金属同士がぶつかり合う鋭い音が、狭い路地裏に響き渡る。

 振り下ろされたナイフを、銃身で無理やり弾くと同時に、腕に鈍い衝撃が走った。


(っ……重っ……!)


 弾いた反動で、そのまま後方へ跳ぶ。


 コンクリートを蹴り、体を引き離すようにバックステップ。どうにか間合いを作る。


「はっ……」


 短く息を吐いた、その直後。

 もう一歩。

 少女の足音が、すぐ目の前で鳴った。


「……は?」


 視界に映るのは、さっきと変わらない距離。

 また、詰められている。

 さっき作ったはずの距離が、まるで最初からなかったみたいに、白が迫り来る。


(いや、ちょっーー)


 思考が追いつかないまま、優絃は再び銃を構えた。


(近い近い近い……近いって‼︎)


 あと数歩で、ナイフが肌に触れる。

 そのビジョンが脳裏に浮かんだ瞬間、優絃は咄嗟にサイレンサー付き銃の引き金を絞った。

 刹那、少女の足元スレスレを銃弾が撃ち抜いた。あくまでも牽制のつもりだった。

 けれどーー


「……」


 少女は怯むことなく、変わらぬ速度で距離を詰めてくる。

 思わず怯んだのは、優絃のほうだった。


「なんっ……はぁ⁉︎」


 心臓を狙ってくる、少女のナイフ。

 それを、すんでのところでかわしつつ、また銃身で弾き返す。

 ガキィン! と、鋭い音が反響した。

 そのまま、また少女から距離をとる。

 優絃はすでに、息があがっていた。


(いやいやいやいや、おかしくない⁉︎)


 それでも、頭の中はパニックだった。


(銃持った相手に突っ込んでくるって何⁉︎)


 頭おかしくない? と少女を睨みつける。

 その瞬間、優絃の背筋が凍った。


「っ……!」


 対峙する少女の目がーー

 冷たく研ぎ澄まされていた。

 迷いも、躊躇いもない。

 目の前のターゲットをーー殺し屋であるはずの自分を"殺す前提"な目をしている。


(ほんと、どっちが殺し屋か分かんないな……)


 頬を、嫌な汗が伝う。

 ザリッ、と少女がわずかにすり足をした。

 その直後、優絃が銃口を向けて、少女の肩スレスレを狙った威嚇射撃をした。

 これは流石にビビるはずだ、と。

 少し息を吐こうとしたーーそのとき。


 ーーキィィン!


 目の前で、鋭い音が鳴り響いた。

 次いで、カラン……と力ない音が地面に落ちて、途端に周囲が静かになる。


「……は?」


 優絃は、思わず息を止めた。

 目の前で起きた事柄に、理解が追いつかない。少しして、ようやく分かったことはーー。


(今……ナイフで、弾丸を弾いた?)


 少女の足元に、視線を落とす。

 そこには、撃ったはずの弾が、真っ二つに切り裂かれた状態で落ちていた。

 驚愕に、目を見開いてしまう。


(やっぱこいつ……普通じゃない)


 逃げたい、という思いが湧き上がる。

 けれど、その意思に反して、少女はやはり距離を詰めてくる。


「逃しませんよ?」


「ちょ、まっ」


 風を切りながら、眼前まで迫ってくる白いワンピースに、優絃はまた反応が遅れる。

 振りかぶられたナイフを、ギリギリで弾いて、また牽制弾を一発。

 それを当たり前のように避けてみせる少女に、もはや感動すら覚える始末。


「……」


 少女はさらに、間髪入れない攻撃モーションで、再び間合いを詰めにかかる。

 それに首を横に振って、制止を促す。


「待って……!」


「……」


「待ってって! 話し合いとか、事情説明とかさ! 何もないわけ⁉︎」


「ありません」


「即答⁉︎」


 キィン! と、ナイフと銃身がぶつかる。


「あなたは、見てはいけない瞬間を見ました」


「いや、それはそっちの落ち度では⁉︎」


「いいえ、勝手に見たのが悪いです」


「さすがに理不尽すぎるでしょ!」


 瞬間、また懐に飛び込んでくる。

 心臓を的確に狙ってくる軌道を、優絃はギリギリで回避した。退きながらも牽制は忘れずに、数発の射撃を入れる。


「っぶなぁ……!」


 ふぅ、と息を吐く間も無くーー


「殺し屋さんにしては、隙が多いですね?」


 滑らかな動きで、また少女が駆け出した。

 そのあまりのタフさに、優絃は思わず舌打ちをこぼしつつ、再び銃を構える。


「さすがにしつこいって!」


 言った瞬間、追加で一発。放たれた弾は、少女の頬スレスレを狙って飛んでいく。

 これで流石に止まるだろう、と。

 優絃は銃を下ろしかけたーーけれど。


「……」


「っ……まじか⁉︎」


 顔を背けることも、

 足を止めることもなく。

 少女は足を踏み出した時のまま、まっすぐに優絃に向かって突っ込んできた。

 そのあまりの気迫に、心臓が冷えた。


(こいつ、マジでやばい。普通、あんなスレスレを銃で狙われたら止まるっしょ……)


「なんで……」


 キィン! と、ナイフと銃身が再び交わる。

 そのままお互いに弾くことなく、鍔迫り合いになった。


「っ……ぐ」


 この距離になっても、彼女はやっぱり怯えも緊張もしていないのが、目を見て分かった。

 さっき会ってから今この瞬間まで、ずっと細められている目の奥がーー冷え切っている。

 次の一手で"確実に殺そう"としていることが、痛いほどに伝わってくる目だ。


(こいつ……壊れてる)


 ぎり、と歯を食いしばる。

 ナイフと銃身が押し合う中、わずかな力の均衡が崩れた瞬間、優絃は咄嗟に体を捻って刃をかわした。

 そのまま数歩、後退する。

 荒くなった呼吸を抑えきれず、肩が激しく上下するのが自分でも分かった。


「はっ……はぁっ……」


 それでも銃は下ろさない。

 下ろした瞬間にすべてが終わるーーそんな予感めいた確信があった。

 対する少女は、何も変わらない。

 呼吸一つ乱さず、ナイフを構えたまま、ただ静かに立っている。

 疲弊する自分と、何食わぬ顔をした少女。

 その温度差に、頭がくらりとした。


 ーーと。


「……あの」


 ふいに、少女が口を開いた。


「……なに」


 反射的に返す。

 警戒は解かないまま、じっと睨み返す。

 それでも少女は一歩も動かず、ただまっすぐこちらを見据えていた。


「どうして、撃たないんですか?」


「……は?」


 思わず、間の抜けた声が出る。


「いや、撃ってるけど」


 実際、何発も撃っている。

 それなのにーー


「撃っていません」


 即座に、否定された。

 ぴくり、と優絃の眉が動く。


「……あんたーー」


「正確には、"当てていない"と言うべきですね」


 優絃の言葉を遮って、少女の視線が、スッと銃口へと落ちる。


「あなたの弾、すべて急所を外れています。しかも、ほぼ同じ距離、同じタイミングで」


「っ……」


 ぐっ、と言葉に詰まる。

 無意識にやっていたことを、あっさりと見抜かれた。思わず、銃を握りしめた。


「……それも、迷って外した動きではありませんね」


 淡々と、事実だけを並べる声音。


「最初から、"当てないように撃っている"」


「……」


 言葉がーー出てこない。

 ……すべて図星だった。

 何も反論できない。

 スゥッと、背筋が冷えていく中で、優絃はわずかに視線を逸らした。


「自分が殺されるかもしれない状況で」


 そんな優絃の様子を気にも留めず、少女が静かに一歩、こちらに踏み出す。

 反射的に、銃を構え直そうとした手が、ぴたりと止まる。

 さっきまでのような殺気が、感じられない。

 ただ距離を詰めるでもなく、こちらの真意を確かめるような歩みだった。


「どうして、そんなことをするんですか?」


「……手は、抜いてない」


「……"手は"、ですか」


「っ……」


 その一言を、少女はゆっくりと反芻した。

 次の瞬間ーー

 スッ、と視線が上がる。

 冷たい瞳が、真正面から優絃を射抜いた。


「……あなた、殺し屋ですよね?」


「っ……」


 尋問するような声に、息が詰まる。

 うまく酸素が吸えない。


「それなのに」


 それでも少女は、言葉を続けた。

 ほんのわずかに首を傾げながら、


「あなたから、殺意や敵意を感じられない」


「……」


 やっぱり、何も言えない。

 誤魔化す言葉を探そうとしても、結局、何も出てこなかった。

 ただ、銃を握る手だけが、カタカタ、とわずかに震えている。


「……あなた、本当に」


 少女が、何かを言いかけたーーそのとき。


「ーーなぁ、今の音、こっちじゃね?」


 表通りの方から、声が聞こえてきた。

 複数の足音も、近づいてくる。


(……まずいっ)


 優絃の表情が、一瞬で引き締まる。

 ここには今、殺し屋である自分と、人を平気で殺すような異常者がいる。


(一般人を……巻き込む)


 その思考と、ほぼ同時だった。


「はぁ……」


 目の前から、小さなため息が聞こえた。

 ハッとして顔を上げると、少女はすでにナイフを下ろしていた。


「……潮時、ですね」


「……え?」


 あまりにもあっさりとしたその言葉に、思考が追いつかない。

 その身には、さっきまでの殺意や負のオーラは一切なくなっていて。

 唖然とする優絃に、少女はくるりと背を向けた。

 そのまま、何の迷いもなく裏路地の奥へと歩き出す。


「ちょ、待っーー」


 呼び止めようとして、言葉が止まる。

 追うべきか。


 ーーいや、違う。


 今は、このままーー。

 その一瞬の逡巡の間に、白い少女の姿は、すでに真昼の闇の中へと溶けかけていた。

 そして、ほんの一瞬だけ足を止める。

 こちらを振り返りはしない。

 けれどーー。


「……また、会いましょう」


 静かな声だけが、路地裏の空間に落ちた。


「ーーおかしな殺しターゲットさん?」


 その言葉を最後に、

 少女の気配は、完全に消えた。


「……は?」


 ぽつりと、取り残された声が漏れる。

 辺りを見回しても、あの白はもうなかった。

 静まり返った路地裏に、自分の荒れた呼吸音だけがやけに響いていた。


(……なんなの、それ)


 銃を持ったまま、しばらく動けない。

 脳裏には、少女の言葉が反芻している。


(ターゲットって……)


 意味が分からない。

 立場も、状況も。

 何もかもがぐちゃぐちゃで。

 それなのにーー。


(……なんか)


 胸の奥に、嫌なざわめきが残る。


(あいつ……)


 それを明確な言葉にはできないまま、

 優絃は、ただその場に立ち尽くした。

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