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殺せない殺し屋は、殺せる少女を護りたい。  作者: 暁月 愛結


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第一話 殺し屋とターゲット?

(やばいやばいやばいっ……!)


 夜の街を、全速力で駆け抜ける。

 細い路地を抜けて、さらに曲がって、また走る。肺が焼けるみたいに痛いのに、足を止めるという選択肢は頭に浮かばなかった。

 背後から、何かが追ってきている気がする。

 そんなはずはないと分かっているのに、振り返る勇気はなかった。


(なんなんだよ、あいつ……)


 呼吸が荒くなる。喉の奥がヒリついて、うまく空気が入ってこない。

 鉄の味が口に広がっていく感覚に襲われる。


(普通に殺してたんだけど……人)


 思い出したくないのに、頭の中に焼き付いて離れない。


 ーー血が噴き出す音。

 ーー崩れ落ちる体。

 ーーあの女の、微笑み。


「っ……」


 足がもつれそうになるのを、無理やり踏ん張る。背中にじっとりと嫌な汗が張りついて、気持ち悪い。

 重くなってくる足をなんとか動かし続けた。

 何度も何度も、人気のない路地を抜けて、ようやく明るい表通りに飛び出した。

 人通りはまばらで、住宅街の控えめな光がやけに眩しく感じる。


(もう、いいでしょ……さすがに……)


 それでも足は止められなくて、そのままアパートの自室へと駆け込んだ。

 鍵を差し込む手がもたついて、すぐには解錠できなかった。やっとの思いでドアを開けて、勢いよく閉める。

 カチッ、と鍵をかける音が、やけに大きく響いた。


「はぁ……っ、は……っ……」


 荒い呼吸音が、静かな部屋に響く。

 ドッ、と扉に背中を預けたまま、ずるずると床に崩れ落ちる。そのまま座り込んで、しばらく動けなかった。

 呼吸をするたびに、肺が痛んだ。

 ようやく落ち着いてきたとき、自分の手が小刻みに震えていることに気づく。


(……撃てなかった)


 ぽつりと、頭の中で後悔が滲む。


(いや、違う)


 すぐに打ち消す。


(撃たなかった、でしょ……)


 どっちだ?

 分からない。


(撃たなくて、よかった……?)


 自分の判断が正しかったのかすら、もう分からなくなっていた。

 視界の奥に、あの光景がよみがえる。

 月明かりに照らされた、白いワンピース。

 それが、赤く染まっていく様子。

 ナイフに付着した血。

 そしてーー


(……あいつ、笑ってた)


 ぎゅっと、拳を握る。

 もう関わりたくない。

 あんなの、普通じゃない。

 殺し屋がこんなことを思うなんて、あってはいけないと思うけれど。

 それでも、やっぱりおかしい。


(それに……あたし以外にも、狙ってる奴がいた)


 しかも、あっさり殺された。

 ナイフでひと突き。普通の人間に、そんな芸当ができるわけがない。

 あれは、明らかに異常だ。


(……もう、誰かがやってくれればいい)


 自分は喜んで手を引きたい。

 そんな弱気なことを思ってしまった自分に、小さく舌打ちをする。

 殺し屋という仕事から、逃げられるわけもないのに。

 優絃は「はぁ」と小さくため息をつくと、ゆっくりと立ち上がって、脱衣所へと向かった。

 服を脱いで、浴室に入る。蛇口をひねると、シャワーの水音が狭い空間に響いた。

 全部、洗い流してしまいたかった。

 路地裏で見た、あの光景を。

 いや、それ以前に。

 頭の中も、感情も、"過去"もーー全部。

 なのに、消えてくれない。

 あの微笑みだけが、ずっと残り続けていた。



 昨夜の緊張からか、泥のように眠っていた優絃は、最大音量の目覚ましのアラームで、無理やり意識を浮上させられた。

 瞼を持ち上げ、ぼんやりと天井を見上げる。

 差し込む朝日も。

 見慣れた天井も。

 一人きりの空間も。

 いつもと、なんら変わらないはずなのに。


(……なんだろ、この感じ)


 頭の中に、モヤがかかったような感覚。

 昨日の出来事が、まるで夢でも見たように感じられるのに、記憶はやけに鮮明で。


(あの女のせいだ……)


 眉間に皺を寄せる。

 思わず舌打ちをしかけて、ため息をつく。

 こんなときは、気分転換するしかない。


「こういう日は……」


 呟きながら、ベッドから起き上がる。


「甘いの、食べるしかないっしょ」


 簡単に身支度を整えて向かったのは、行きつけのこぢんまりとしたカフェ。

 扉を開けた瞬間、カラン、と鈴が鳴った。

 いつもと同じ席に窓際の一番奥に座って、いつもより多めに注文する。


 ミルクたっぷりコーヒー。

 山盛りクリームのパンケーキ。

 とろ〜りカスタードプリン。

 フルーツ盛り盛りパフェ。

 それから、ショートケーキ。


(っし、食べるぞ!)


 ずらりと並べられた甘味たちを見て、自然と口角があがっていく。


(甘いの爆食いしてれば、だいたいのことはどうにかなるもんよ!)


 フォークとナイフを手に取って、パンケーキを切り分ける。

 たっぷりのクリームを絡めて、口に運ぶ。

 大きく口を開けて、ばくっと頬張った。


(ん〜、甘い!)


 クリームの優しい甘さと、イチゴソースの甘酸っぱさが口いっぱいに広がっていく。

 嚥下して、さらにもうひと口。

 それを、何度も何度も繰り返す。

 いつもなら、これだけで嫌だったこと全部がどうでもよくなるのに。

 今日はーーどこか違った。


(……甘い、けど)


 フォークを持つ手が、少しだけ止まる。


(なんか、足りない)


 胸の奥が、ザワザワと落ち着かない。

 埋まらない。

 満たされない。

 どれだけ食べても、何かが引っかかってスッキリとしない。


(……やっぱり、あのターゲットのせいか)


 はぁ、と深く息を吐いて、甘いスイーツたちを次々に頬張っていく。

 それでも、口に広がる甘みの隙間から、昨夜の光景が顔を覗かせてくる。


(っ……くそ)


 逃げずに、応戦するべきだった?

 ……いや、それは悪手だったと思う。

 撤退が最善の選択だったはずだ。


(もう、二度と会いたくない……あんなヤバい女)


 白いクリームにかけられたストロベリーソース。その見た目に、あの赤く染まったワンピース姿を想像してしまって、思わず睨みつけた。

 苦虫を噛み潰した顔で、最後のひと口を放り込む。乱暴に咀嚼して、無理やり飲み込んだ。

 甘いはずなのに、後味はどこか苦かった。

 モヤモヤした感覚を抱えたまま会計を済ませて、店の外に出た。

 昼下がりの街は、人の往来と車の走行音の混ざり合うざわめきに包まれていた。

 

 どこにでもある、平和な日常。

 ーーのはずなのに。


 ふいに、背中がぞわりと粟立った。


「……っ」


 思わず、足が止まる。

 心臓が、一瞬だけ強く跳ねた。


(なに、今の……)


 ゆっくりと、振り返る。

 視線の先には、通りを行き交う人々。

 特に変わった様子はない。


(気のせい……だよね?)


 そう自分に言い聞かせるように、小さく息を吐く。

 ……気にしすぎだ。

 昨夜のことが尾を引いてるだけなんだ。

 そう思って、再び歩き出す。

 ーーけれど。

 数歩進んだところで、また同じ感覚がした。


「っ……!」


 今度は、さっきよりもはっきりと。

 背後を突き刺すような、冷たく鋭い視線。

 ただ、見られているだけじゃない。

 首筋に、ゾワリとした悪寒が走る。


(これ、殺意……?)


 その一言が脳裏に浮かんだ瞬間、喉の奥が、きゅっと締め付けられた。

 自然と足が止まる。

 そっと振り返る。

 けれど、やっぱり誰もいない。

 さっきまでと変わらない風景の延長線上。

 通り過ぎる人々は、誰一人としてこちらに関心を向けていない。


(……違う)


 けれどーー

 長年の直感が、否定する。


(これ……気のせいじゃ、ない)


 背筋に、冷たいものが走る。


(……いる)


 この風景の、どこかに。

 確実に、溶け込んでいる。


(……見られてる)


 呼吸が、浅くなる。

 指先が冷えていく。

 隠せない恐怖心から、無意識のうちに周囲を見渡していた。

 けれど、異変は見つからない。

 どこにも、怪しい姿はない。


(どこに……いるの?)


 出かかった舌打ちを呑み込んだ。

 このまま人混みの中にいれば、安全かもしれないーーなんて考えたけれど。

 それじゃあ、埒が明かない。

 相手の正体が分からないままじゃ、落ち着かない。

 そもそも、このままずっと張られていては、帰宅することもできない。

 優絃は、覚悟を決めて歩き出した。

 往来の激しい表通りから少しずつ外れて、人通りのほとんどない裏道へ抜ける。

 道に迷ったように見せかけて。

 来るなら来い、と言わんばかりの心持ちで。

 コツン、コツン、と。

 自分の足音だけが、やけに大きく響く。

 そのまま、さらに数歩進んで。

 そしてーー足を止めた。

 シン、とした静寂に包まれる。

 さっきまでの街の喧騒が、まるで嘘みたいに遠く感じられた。

 視線は、今も続いている。

 それでも優絃は……ゆっくりと振り返る。


 視界の中には、


 ーー誰もいない。


 ……はずだった。


「ーーっ!」


 刹那、視界が激しく揺れた。

 次の瞬間ーー

 目と鼻の先に、"それ"はいた。


 白いワンピース。

 ゼロ距離の位置に。

 大きく振りかぶられたナイフが、陽の光を反射してギラリと光る。

 直後、反射的に体が動いていた。

 勢いよく、横へ飛ぶ。

 風を切る音が、耳元を掠めていった。


「っ……ぶな」


 そのまま、バックステップで距離をとる。

 広がった視界の中で、さっきまで自分のいた場所に、ナイフが振り下ろされたのが見えた。

 地面に突き立つ、鋭い刃。

 そしてーー


「……はぁ、かわされましたか」


 残念そうに呟かれた、静かな声。

 そこに立っていたのはーー


 昨夜の少女ターゲットだった。


 血で赤く染まっていたはずの白いワンピースは、何事もなかったかのように元の色を取り戻している。

 けれど、その目だけは、昨夜と同じだった。

 冷たくて、

 澄み切っていて、

 一切の迷いがない。


「見つけましたよ、"ターゲット"さん」


「……は?」


 思わず、間の抜けた声が出た。


「ターゲット……?」


 自分を指差して、訊き返す。

 少女は、微笑みながら頷いた。


「はい」


 当然のように、笑って言う。


「あなたはーーわたしのターゲットです」


「いやいやいや、ちょっと待って⁉︎」


 思わず、一歩退いた。


「なんであたしが⁉︎」


 意味が分からない。

 完全に立場が入れ替わっている。

 自分こそが殺し屋で、相手はーー。


「見られてしまいましたから」


「え、あ……」


 一瞬、何を言われたのか分からなくて。

 遅れて、言葉の意味を理解した。


 そうだ。

 見た。

 見てしまった。

 あの場面をーー

 彼女が、人を殺すところを。


「なので」


 少女は一度、言葉を区切る。

 そのまま、ゆっくりとナイフを構え直した。


「今度こそーー」


 ザリッ、と。

 一歩、こちらに足を踏み出した。


「……殺しますね?」


 空気が、凍りつく。

 優絃は、反射的に銃へと手を伸ばした。


 けれどーー

 引き金に指をかけた瞬間、指先が震える。


(……いや、ちょい待ち)


 湧き上がる戸惑いや躊躇いを、表情にはおくびにも出さない。

 それでも、思うところはありすぎる。


(なんであたしが狙われんの? 納得いかないんですけど)


 どうしてこうなった? なんて。

 理解も、納得も追いつかない。


(殺し屋が、ターゲットに狙われるとか……)


 乾いた笑いが、喉の奥で引っかかる。


(どんな冗談だっての……!)

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― 新着の感想 ―
甘いものでニマニマしていたと思ったら。 緊張感がひしひしと伝わってきました。 これこらどんな会話が交わされるのか、とても楽しみです。
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