エピローグ そして、暗闇が明ける
優絃が初めて、実弾の込められたリボルバーを引き絞った日から、数日後が経った。
薄暗い路地裏に、乾いた音が響いた。
複数人の足音と怒号が反響する中で、最後の一人が、ゆっくりと崩れ落ちていく。
遅れて――静寂が戻ってきた。
二人分の呼吸音だけが、辺りに響いている。
「……相変わらず、狙われるじゃん――詩花」
銃口を下げながら、優絃がぼやく。
パーカーの袖で、頬についた煤を拭いながら、背後を振り返った。
「それでも」
対する詩花は、ナイフにべっとりとついた血を、軽く払って笑った。
「護ってくれるんでしょう――優絃?」
「……うっさいな」
頬が、わずかに熱くなるのを感じた。
少しだけ視線を逸らして、唇を尖らせる。
「言われなくても、分かってるくせに」
「ふふ」
くすくす、と控えめな笑い声がして。
でも、と。
かすかに、震えた声が続いた。
「言われないと……少しだけ、不安になるので」
ハッとして、隣を一瞥する。
ほんのわずかに、揺れる青い瞳。
不安を隠しきれていない、その表情に――。
(……しょうがない奴だな、ほんと)
ホルスターに銃をしまいつつ、
「……護るよ」
頬をかきながら、変わらない意思を伝えた。
「あたしが」
「っ……ふふ、頼もしいですね」
「……ふん」
言い終えてすぐ、そっぽを向く。
余裕ぶる感じは相変わらずだな、とため息がこぼれた――そのときだった。
ブブッ、と。
ポケットの中でスマホが震えた。
すぐに取り出して、画面を見る。
「ジュジュか」
ぽつりと呟いて、届いたメッセージを開く。
『懸賞金、また上がったよー』
「……まじかよ」
簡潔な一文に、思わず小さく吐き捨てる。
ジュジュから届く最近の連絡は、どれも悪い報せばかりだ。
「また、ですか……?」
察したらしい詩花が、不安げに眉を下げる。
指先が、かすかに震えているのが見えた。
「まぁ、こんだけ暴れてりゃね」
優絃はあえて、おどけるように肩をすくめて答えた。
シン、とした沈黙があってから。
「あの」
「ん?」
「後悔……してますか?」
「え、してないけど」
その問いに、当たり前のように答えた。
詩花の目が、じわ……と見開かれる。
それを見ないふりして、優絃はなんでもないふうに腕を伸ばした。
「……っはー」
大きく、長く息を吐く。
「次、どこ行こっかね」
雲ひとつない星空を見上げた。
何事もなかったみたいに、スマホをポケットへ滑り込ませて、軽く肩を回した。
「世界中が、敵でも……?」
後ろからまた、震える問いが投げかけられた。
「しつこいな」
言葉とは裏腹に、優絃は軽快に振り返って、ニッと笑ってみせる。
「それでも護るって、言ってんじゃん」
そのまま、手を差し出す。
「ほら、行くよ――詩花」
「っ……はい、優絃」
小さな震えを残しながら、それでも確かに。
詩花の手が、優絃の手を取った。
あまりにもぎこちない動きで。
それでも、お互いに決して離さない。
どちらからともなく、握りしめる手にぎゅっと、力を込めて――。
「それで、次はどこに行くんですか?」
「んー、何も決めてないけど」
「相変わらず、無計画なところは変わりませんね」
「うっさいなー!」
どん、とわざと肩をぶつける。
その衝撃に軽くよろめきながらも、詩花はおかしそうに、くすりと笑った。
「それに、逃避行ってさ」
優絃が、前を向いたまま言う。
「行くあてが決まってないから、いいんじゃん」
「そういうものです?」
「そういうもんなの!」
同じ歩幅で、道無き道をひた歩く。
昏い夜が、ゆっくりと明けてきた。
大空に散りばめられていた星たちが、少しずつ薄くなっていく。
これから先、何度も命を狙われるかもしれない。
何度も、危ない目に遭うかもしれない。
それでも、後悔だけはしないと――
優絃は知っている。
"護りたい"と思える人に、出会えたから。
何があろうとも、彼女の隣にいることを選びとったから。
殺せなかった殺し屋は、殺せる少女の隣を歩いていく。
殺し屋として、ではなく――
凶器を手にした、護り屋として。




